第168話 アスタロト

 魔界への門を抜けると、そこには変態がいた。

 全裸に王冠だけとか正気の沙汰さたではない。


 露出狂なのか?

 まごうことなき変態の第一形態だ。


「おい、アイツあんなチクチクした毛の上に裸でまたがっているぞ」


 ルディーとヒソヒソ話し合う。

 ネズミもどきの毛はすごく堅そうなのに、ヤツは平気で座っているのだ。

 あんなもん、チ〇コもケツも、どエライことになるだろうに。


「痛くねえのかな?」

「さあ? すっごくオシリの皮が厚いのかも」


 岩ケツ悪魔か。

 針ていどではビクともしないと。

 なるほど。威厳を保つためにヤセ我慢をしているワケではないのだな。

 

「あ、もしかして貧乏なのかな?」


 ルディーより新しい説がでてきた。

 ほうほう。お金がなかったので服が買えなかったと。

 だったらあれこれ言うのは失礼だな。

 しかし――


「でも王冠してるぜ」


 金がなきゃ王冠を売ればいい。

 それでパンツでも買えばエ~ねん。

 それともアレか。

 体がデカすぎて生地きじが足りなかった的な?


 などと勝手な会話を続けていると、変態巨人が話しかけてきた。


「ニンゲンか。よく来たな」


 あれ? バレてる?

 実はフルーレティの能力で、俺たちは透明化していたのだ。

 この能力はなかなかに強力で、姿のみならず、気配や匂いといったものまで遮断してくれるのだ。

 しかし、変態巨人にはアッサリと見破られたようだ。

 けっこう距離もあるし、かなりヒソヒソ声だったんだけどな。なんたる地獄耳。

 う~ん、やっぱコイツがアスタロトなのかね?

 三大悪魔の一角をになう大公爵。たしかにこの大きさだと、門の通過はまだまだ出来そうにない。


「……」


 とりあえず無視する。

 声が聞こえただけで、姿は見えていない可能性だってある。

 確かめるため、音を立てないように、念動力で浮いたままツツツと場所を変えた。

 しかし、変態巨人はこちらの動きを目でしっかりと追ってくるのであった。


 うん、完璧に見えてるね。

 ならば仕方ない。コンタクトをとるか。


「おまえがアスタロトか?」

「そうだ」

 

 返ってきたのは地響きのような声。

 かなりの音量。それに、声にこめられた力というか、魔力みたいなものが強く感じられた。


 コイツは強敵だな。

 底知れぬ力みたいなものがビンビン伝わってくる。

 じかに見るまでは楽に勝てるかと思っていたが、そう簡単にはいかなさそうだ。


「アスタロト。おまえ、俺たちが門をくぐった時から見ていたな」


 門をくぐってから魔界へ出るまで、奇妙な感覚があった。

 ジッと見られているような不快感だ。

 暗闇特有の不安からくるものではなく、実際に見られていたか。


「もちろんだ。もてなすために、客人を見定めるのも礼儀であろう」


 ふ~ん。

 俺がくること自体は知っていたみたいね。

 やっぱネビロスの言った通りか。


 ネビロスによるとアスタロトは全てを見通す目を持っているそうだ。

 過去、現在、未来といった、時間の流れすらも飛び越えて物事を見る能力があると。

 てことはだ。俺が来るタイミングも、なにをしようとしているかも全部お見通しってことだな。

 では、この問い自体にどれほどの意味があるかわからんが、一応ツッコんでおくか。


「裸で、もてなすのか? 魔界で流行ってんのかソレ?」


 初対面で裸の付き合いはちょっと遠慮したいところだ。

 交渉するにしても、戦うにしても、ブランブランさせたままってのはいかがなものか。


「ハハハハハハ!」


 アスタロトは笑い出した。

 どうやら冗談みたいなものは通じるようだ。

 しかし、あれだな。

 未来が見えるなら、俺がなんて言うか知っているだろうに。


 ……もしかして、全てを見通せるというのはウソか?

 確かめてみるか。


「アスタロト。いくつか質問しても?」


 俺の問いにアスタロトは静かにうなずく。


 さて、何を質問するかだが……神話によると人は知恵の実を食べて魔力を得たという。その実は黄金のリンゴとも黄金のイチジクとも言われている。

 ぶっちゃけ興味はないが、どちらか聞いてみよう。

 二問目はそうだな……


「答えよう。一つ目は黄金のリンゴ、二つ目はベルゼブブだ」


 なんと、俺が問うより前にアスタロトが答えを言った。


 これは!!

 やはり未来が見えるのか!


 ――いや、待て。心を読んだ可能性もあるか?

 ……ないな。二問目はまだ考えている最中だった。

 どうせなら能力を探るだけでなく、有益な情報でも引き出せないかと思案していたとこだった。


 たぶんこうだ。『アスタロト、ベルゼブブ、強いのはどちらか?』

 俺ならそう聞いていたかもしれない。


「愚問だな」


 アスタロトはクククと笑った。

 このヤロウ。

 だが、たしかにそうだ。

 問いじたい意味がない。なぜなら――


「勝つのが分かっていればすでに戦っている。勝つ未来が見えているからだ。戦わないのは負ける未来が見えているから。そうだろう? ニンゲンよ」


 アスタロトは続けてそう言った。

 コイツ!!

 思考を先回りしてきやがる。

 マズイな。これはやりにくいぞ。

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