第166話 新たな決意

「ふう。さすがに疲れた」


 なんやかんやで契約は終わった。大きく息をつくと、天をあおぐ。


「マスター、水」

「ああ、ありがとう」


 ルディーからコップを渡される。

 気がきくな。右手に持つと、コップを傾け一気に飲み干せ……なかった。

 コップの中には一滴の水もなかったのだ。


「なんにも入ってないじゃん」

「うん、これ」


 口を尖らせて文句を言うものの、今度はやけに小さなコップを渡される。

 これもカラだ。

 どういうことよコレ?

 ……まさか。


「もしかして水を出せってこと?」

「だってわたし水魔法使えないもん」


 マジかよ。大きいコップは俺で、小さいコップがルディーのもの。

 くれるんじゃなくてヨコセってことか。

 でも、なんでそんなエラそうなの?

 なんかパワーバランスおかしくない?

 

「ルディーおまえ――」

「だって書記やらせたじゃん。対価としてはささやかなものだよ」


 たしかに。

 そう言われるとそんな気もする。

 そら気が利かなくてすまんだね。

 よっこらしょと立ち上がると、股間のあたりでジョロジョロジョロと水をそそいだ。


「出し方!」


 ルディーになにやら文句を言われた。

 まったく。なんのかんのとうるさいのう。

 仕方がないので、コップの水を魔法でキンキンに冷やした。


「これでチャラだ」

「まだマイナスよ!」


 採点が厳しいな。

 これならどうだ? つぎは花の妖精デイジーの力で花を咲かすと、ひとひらちぎってコップに浮かべた。


「これは?」

「合格ね」


 なんでそんな上からなの。

 ――まあ、エエけど。


 ルディーとふたりでグビリと水を飲む。

 おいちい。暑いから、ただの水もとんでもなく旨く感じる。


 しかし、増えたな。

 今回契約した悪魔たちを改めて見る。

 なかなかのツラがまえだ。この世の邪悪を煮詰めたようなやつらばかり。

 以前の俺なら確実にオシッコちびっていただろう。


 しかし、俺も強くなったし免疫もついた。この程度ではビクともせん。

 なんなら愛おしく思えるぐらいだ。


 にしても、意外と質素な願いが多かったな。

 対価を求めない者もかなりの数がいた。おかげで契約は思いのほかスムーズにいった。

 貶められた地位の回復、幽閉された魔界からの解放、これら二つで納得しているのだろう。


 ただ、気になったのは、俺の身につけているものを欲しがる者が、けっこうな数いたことだ。

 おかげで俺はパンツ一丁になった。

 まあ、服などまた買えばいい。いくらでもくれてやるさ。

 とはいえ、渡したブーツをベロベロ舐めているヤツにはさすがに引いたが。


「しかし、俺の持ち物なんかもらってどうするつもりなんかね?」

「神様の像を拝むのと似たようなものじゃないの?」


 なるほど。

 ルディーの答えに妙に納得してしまった。

 と同時に、自身が後戻りできない状況まで来ていることに気づく。


 新たな神か。

 ネビロスの妄想などと笑っていたが、本当に現実味をおびてきた。

 これだけの悪魔を従えてしまっては、もはや言い訳などできん。


 それにだ。

 俺の心情が、どうも悪魔よりになっている気がする。

 配下の悪魔どもが俺から精神的な影響を受けるように、俺もなんらかの影響を受けているのだろうか?

 悪魔をあれだけ嫌っていたのになあ。


 ウンディーネに目をむける。

 彼女は俺が変わっていないと言うが、本当にそうだろうか?


 俺の影響を受けて悪魔が変わる。それは精霊であるウンディーネも同様だ。

 変わってしまったやつの言う変わってないは、果たして正しいのだろうか?


「まあ、なるようにしかならんか」

「ん?」


 何の話? と首をかしげるルディーに、なんでもないと首を振ると、人間界への門へと向かう。

 ルディーがいて助かったよ。

 彼女がいるからこそ、大きく傾かずにすんでいるに違いないしな。


 さてと。

 いよいよ三大悪魔とご対面か。

 スタートス近郊に開いた二つの門。それぞれアスタロトとベルゼブブが待ちかまえているだろう。

 蹴散らすか、従えるか。

 負けるビジョンなどまるで浮かばない。

 待ってろ。魔界も帝国も、新たな秩序で書き換えてみせる。

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