第116話 イフリートの答え

 こいつはどうしたものか。

 まさか会いにきたはずの王を吹き飛ばしてしまうとは……


 こうなったら直接聞いてしまおう。いくつか引っかかることもあるし。


「イフリート」

「なんだ?」

 

「王に会うのが契約の条件だったよな」

「そうだ」


 知恵を示すのが本来の目的だ。

 だが、王に会うことを知恵の証明としてしまった。

 目的は達しているが、条件は満たしていないという状態。

 これをどうとらえるかだが……


「こういう場合はどうなるんだ?」

「さて、キサマはどう思う?」


 なるほど、聞き返してきたか。

 となると、俺の予想は正しいかもしれない。


「俺は条件を満たしていると考える」

「ほう、その根拠は?」


 ワナと問いをくぐりぬけて王の座まできたのだから知恵の証明は終わっている。そう答えたいところだが、ちょっと違う。それでは不合格と判断されるだろう。


「王にはもう会っているからだ」

「え!?」


 驚きの声を上げたのはルディーだ。

 理解できないといった表情でこちらを見ている。


「なあ、イフリート。王はおまえじゃないのか?」


 最初から王には会っていた。

 もともと条件はクリアーしていたのだ。

 問題はそれに気がつくかどうか。それが、知恵の証明の本当の意味ではないのか。


「え! まさか……」


 ルディーは驚きを隠しきれないようだ。

 いっぽうウンディーネは無表情だ。

 こいつは気づいてたのかもしれないな。


「なぜそう思った?」


 イフリートが問いただしてくる。


「理由はふたつある」

「ほう」


「ひとつ目はお前と出会ってから他の悪魔に会わなくなったこと。王の居城に近づいているのに、逆に会わなくなるなんて不自然だ。王がそばにいたからと考えるべきだろう」

「……」


「ふたつ目は城が見えなかったことだ。存在すれど、俺にはまったく見えなかった。しかし、ルディーやウンディーネには見えていた。そしてお前にも。なぜだ? 俺だけが見えなかったのか? ――いや、違う。お前たちにだけ見えていたんだ」

「……」


「おまえはもともと精霊だったと言ったな」

「ああ」


「だからお前に見えたものが、ルディーやウンディーネにも見えた」

「……」


「俺が思うに、ここにはおまえ以外にも神によって悪魔におとしめられた精霊や妖精がたくさんいるのではないか?」

「……」


 これが魔界でも問題なく精霊魔法がつかえる理由だろう。


「そのおとしめられた精霊、妖精をたばねたのがイフリート、おまえだ。だから王の居城が精霊と妖精だけに見えるのだ。あるいは悪魔にも」


 イフリートは答えない。

 炎の奥にある瞳で、こちらをじっと見つめている。


「たしかに言われてみたらそうだね。イフリートが王。マスター、よくそんなことわかったね」


 ルディーはしきりに感心している。

 単純なやつだ。そんなこっちゃ、わるいヤツに騙されちゃうぞ。


「いや、テキトー言ってるだけだ」

「ええっ! ちょっと!!」


 ははは。わるいわるい。

 自分で言っといてなんだが、情報が足らないんだよね。

 あれだけで特定するのはムリがある。城が精霊だけに見えたかどうか定かではないし、ほかにもけっこう穴があるはずだ。

 いい線はいってるとは思うんだけど、もし違ったら困るだろ。

 だから、ここは保険をかけておくべきなんだ。

 おまえに説明するふりをして、そいつをイフリートにアピールさせてもらう。


「いいか、ルディー。この問題は正解かどうかは重要じゃないんだ」

「え? どういうこと?」


「たとえば一階と二階のワナ、そしてガーゴイル。あれが本当に知恵で乗り越えられると思うか?」

「う~ん。でもマスターはちゃんとクリアしたじゃん」


「力技だよ。風のシールドと念動力がなかったら死んでた」

「あ、うん」


「逆に言えばそのふたつがあれば抜けられるってことだ。なんなら回避せずにそのまま突っ切ってもいい」

「まあ、たしかに」


「スフィンクスの問いなんかもっと露骨ろこつだ。あれを知恵でどうこうできると思うか?」

「うん、できないね」


 だろ? 最後なんか三択ですらなかったし。


「結局は問題に直面ちょくめんしたときに、どう考え、どう行動したかが重要なんだ。それをイフリートは、身近でずっと観察していた」

「うん」


「自分の、いや、ここにいる精霊たちが命をあずけるにたる存在かどうかを、ずっと見ていたんだ」


 あくまでイフリートが本当のことを言っていた場合だけどな。

 最初からでまかせを言っていたら、それはもうどうにもならん。


 とりあえず、ここまでイフリートを観察していて、大きなウソはなかったように感じたが、さて。


「さあ、イフリート。あらためて聞く。俺は契約にたる存在か?」


 イフリートは答えない。

 瞳を閉じると、大きく息を吐いた。

 そして……


「フフフフ。いや、想像以上だ。――そう、キサマの言うようにわれが王だ」


 やはりそうか。


「ここにいる精霊たちは二つに分かれる。身も心も悪魔に染まってしまった者たちと、精霊としての過去を捨てきれない者たちだ。もちろん、われは後者。そんな捨てきれない者たちを束ねてわれは王となったのだ」


 なるほど。悪魔も一枚岩ではないわけだな。

 そこは人間と変わらないんだろう。

 まあ、そのへんはおいおい聞かせてもらうとして……


「で、どうなんだ。けっきょく合格か?」

「もちろんだ、召喚士殿。このイフリート、わが身が燃え尽きるまであなたに従うと誓いましょうぞ」



 こうしてイフリートと契約することになった。

 彼の支配下にある、もと精霊や妖精もいっしょに。




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