第49話 行商へいく

 冒険者の数は五十人は下らない。

 いくら交易都市とはいえ、ひとつの依頼に集まるには数が多すぎる。


「ええっと、これは……」


 俺が戸惑っていると、受付嬢はたんたんと説明をし始めた。


「実は領主様より緊急要請が入りまして」

「はい、はい」


「村を襲ったゴブリンを討伐せよと」

「へえ~」


 だから軍を動かせよ軍を。


「ですので出立しゅったつ前にこの中から選んでいただこうと思いまして」


 ああー、なるほど。

 やっぱりこいつらゴブリンの討伐に駆り出されたやつらか。

 そりゃそうだわな。護衛依頼に、そんな集まるわけないもの。


 でもそうなってくると、俺が雇うやつがいなくなっちゃうワケじゃん?

 だからその前に選ばせてくれるってことなんだな。

 なかなかやるじゃん、この受付嬢。

 だから急いでたんやね。かんしん、かんしん。


「その際に発生する仲介料なのですが」

「うん」


 仲介料。雇い入れ時に俺がギルドに払う金やね。

 たしか値下げして一人につき銅貨15枚だったな。


「今回はいただかないことになりまして」

「え! マジで!?」


 ビックリした。まさかのタダとは……

 嬉しいのだが、ちょっと信じられない。

 困惑する俺をよそに受付嬢は話を続ける。


「実はゴブリン討伐にあたり、領主様の方から補助金がでまして」

「うん……」


 補助金ねえ。領主は軍をだすかわりに金をだすことにしたんか。

 なるほど。だったら冒険者もギルドもうるおう。それはそれでアリかもな。

 ――でも、わからん。この話がタダとどう関係するんだ?


「ですので、サモナイトさんの冒険者仲介料もそちらからださせていただくことに」

「ほう!」


 なんと!

 どさくさまぎれに俺がだすべき金を領主にださせるってことか!

 すげーじゃん。この受付嬢、超ヤリ手じゃん。


「サモナイトさんが支払っていただくのは冒険者に対しての日当のみになります」

「おお~」


 そこまで大きな金額じゃないけど、けっこう助かるな。

 雇うのは五人の予定だったが、もう少し増やすのも考えてもいいかもしれん。

 やるな、ここのギルド。


「それで、サモナイトさんがする彼らへの後方支援にあたってですね」


 ふんふん、後方支援ね。

 ……後方支援?


「ちょ、ちょっと!」

「はい?」


 なんかおかしい。

 話が急におかしな方へいった。

 どゆこと?


「後方支援って、彼らゴブリンの討伐にいくんですよね」

「はい、そうです」


 行商と討伐ぜんぜん関係ないじゃん。

 はい、そうですって、そうじゃないじゃん?


「わたしは行商にいくんです。セラシア村へ行って、それからサーパントの街へと」

「ええ、存じております」


「それがなぜ、彼らの後方支援に?」

「ゴブリンが村を襲ったからですね」


 ん? んん?

 話がループしとるんやが……


 ――いや、ちょっとまてよ。なんかイヤな予感が。

 もしかして。


「あの……ゴブリンが襲った村というのは?」

「セラシア村ですね」


 ふぁ~!

 俺がこれから向かう村やんけ!!


「幸い、セラシア村はここから半日の距離です。いますぐ向かえば、日暮ひぐれまでに到着できます」


 いやいやいや。


「水、食料はギルドのほうで用意させていただきました」


 いやいやいやいやいや。


「さあ、ご準備を!」


 ご準備をじゃねえよ。てめぇ、ハメやがったな。

 これで冒険者の意気込みのイミがわかった。

 ボーナスステージなのだ。

 もともとのゴブリン討伐の賞金に領主の補助金がのる。

 そこへ行商の賃金まで加わればかなりの額になる。


 おまけに食い物の心配はいらない。余分な荷物も持たなくていい。

 そんな依頼に応募がさっとうしないワケがない。


「みなさん、こちらのサモナイトさまは領主さまの方(方角)から来られました。くれぐれも失礼のないように」


 受付嬢は冒険者に向けて高らかと宣言した。

「おお!」と冒険者から歓声があがる。


 クソッ! やりやがった。なにが領主の方からだ。

 古臭い言葉遊びしやがって。これで冒険者は名を売るタメに必死になる。いまさら行きませんとは、とても言える雰囲気ではない。


「サモナイトさま。馬車のご準備を。冒険者たちに荷物の積み込みをさせますので!」


 このガキ。


「オイ」

「はい」


「オマエ名前は?」

「ミーシャと申します」


「覚えたぞ」

「はい、ありがとうございます。いつでもご指名ください」


 そう言って受付嬢は頭を下げるのだった。




――――――




 カラカラと車輪はまわり、地面にわだちを残していく。

 馬車の前後を守るのは総勢62人にもなる冒険者の群れだ。

 野生動物のみならず、魔物すらよりつかないほどの大部隊。

 森の峠道も、なんのトラブルもなく、先へ先へと進めている。


 ふいに視界が開けた。

 もうすぐタムリン峠を超える。やがてセラシア村が見えてくるハズだ。


「さすが領主さまの馬車だっぺ、上り坂でもグングンすすんでいくだもな」


 御者台に座る俺に村長が話しかけてきた。

 そうなのだ。彼はやはりセラシア村の村長だったようで、ちゃっかりと馬車に乗りこんできた。

 名はドイターというらしく、欠けた前歯もあいまって、なんとも憎めないキャラである。


 それにしても……

 完全に領主の関係者にされてしまった。メンドクサイので訂正する気もおこらない。


 まあ、ある意味関係者だけどな。

 ドイター村長には見えていないが、俺の横にはオットー子爵が座っているのだ。

 馬車の動力源は彼だ。

 マーブル夫人と同様、彼は念動力で物を動かすことができる。

 その力で上り坂だろうがなんだろうが、馬車はみるみる進んでいくのだ。


「ゴブリンの数は?」

「わかんねぇども三十以上はいたっぺな」


 三十か。数の上では楽勝だが、村を襲ったのが先発隊の可能性もある。

 到着してみればゴブリンだらけとなっている場合だってあるのだ。


「村の人たちはどうした?」

「聖堂に立てこもってるだ。まだ持ちこたえてくれてるとは思うんだども」


 聖堂か。石づくりだな。備蓄もあれば二日はもつか。

 ゴブリンの思考は短絡的だ。

 人がいれば、まず人を襲う。

 だが、姿が見えなければ家畜を狙うのだ。

 つぎに作物。そうして目についたものから、かたっぱしに荒らしていく。


 ギリギリだ。

 村長が逃げだしたのが二日前の夜。

 ならゴブリンどもは、そろそろ家探しに向かうころだ。

 

「見えただ! あれがセラシア村です!!」


 村からはケムリがあがっている。

 あれが家畜を焼いてるのならいいが、聖堂をいぶしてるのだとマズイ。


 クソッ、俺だって元冒険者だ。

 魔物に食われた凄惨せいさんな死骸だっていくつも見てきた。

 親を奪われて泣き叫ぶ子供も。


 どうせやるなら、少しでも多く助けたい。

 家族の前で遺体を埋める作業なんてまっぴらゴメンだ。

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