第2話 俺だけの場所

 扉をくぐると、見知らぬ場所にいた。

 生い茂った木々は消えてなくなり、かかとまで伸びた草花があたりを覆っている。

 頭上からは、さんさんと降り注ぐ太陽。まぶしさに目を細める。


「どこだ? ここ?」


 なにやら自分は小高い丘に立っているようで、周囲の地面が、なだらかに下っていた。


「え~っと」


 口をアングリ開けるとはこのことか。

 かじりかけのジャガイモをポロリと地面に落としてしまう。

 ジャガイモはコロコロと転がると、くぼみに引っかかって止まった。


 しばしの放心状態。が、やがて帰れないのではないかという不安が頭をよぎった。


 扉をみる。

 ……大丈夫、ちゃんとある。

 なかへと、ヒョイと頭を入れてみた。

 するとどうだろう、先ほどまでいた森の景色が見えるではないか。


 魔法?

 どうやらこの扉は、離れた場所同士をつなげる魔法の道具らしい。

 しかし、そのようなもの、これまで見たことも聞いたこともない。


 まあいい。誰のものかは知らないが、カギがかかっていないのなら使ってもいいだろう。

 ――よし、探索してやる。

 恐怖心などどこへやら、ムクムクと湧きおこった好奇心をおさえきれなくなっていた。

 それにこれは、自分が望んでいた変わるタメのきっかけに違いないと思った。




「ねえ、ねえ、どこいくの?」


 なだらかな丘をくだりはじめると、不意に誰かに声をかけられた。

 驚き見回すと、白い一輪の花に寄りかかるようにたたずむ女の子がいた。


 花の精霊!!

 思わず叫びそうになった。

 女の子の大きさは手のひらほど。小さな羽がはえていて、全身半透明に透き通っていた。


 花の精霊がいるってことは、まさか他の……

 手のひらをみつめると、意識を集中させる。


「火よ」


 その言葉に答えるかのように、握りこぶしほどの大きさの炎が手のひらに灯った。

 魔法だ。精霊魔法がつかえる! ここには精霊がいるんだ!!


「へ~、お兄さん精霊使いなんだ。最近見かけないと思ったけど、帰ってきたんだね」


 花の精霊が話しかけてくる。

 その言葉に首をかしげる。

 帰ってきた? 俺がここに来たのは初めてなんだが……


 かがみこむと、彼女にそっと語りかける。


「ここには以前、誰かいたの?」

「うん、いたよ~。久しぶりだね~」


 久しぶり? 人間が来たのが久しぶりってことか? それとも誰かと間違ってる?

 とりあえずやんわりと訂正してみる。


「いや、俺ははじめて来たよ。ついさっき」

「う~ん、そうなの? お帰り~」


 ダメだ。話がイマイチ噛みあわない。

 しかたがない。花の精霊なんてこんなもんだ。

 それでも粘り強く質問してみると、以前の住人のことが少しだけ分かった。


 ここには数人の精霊召喚士が住んでいた。

 だが、ある日を境にとつぜん姿を見せなくなってしまった。

 どこにいったか、いついなくなったかは分からない。なぜなら花の精霊は大きく場所をうつすこともなければ、時間の概念もあやふやだからだ。


 なるほど。ひとまず他人がくる可能性は低そうだ。

 なら、いっそのこと住んじまうか?

 誰かの領地かもしれないが、文句を言われる以前に見つかりそうもないし。


 ……だが、まあ精霊にはお伺いをたてたほうがいいかもしれない。

 花の精霊に聞いてみた。


「ここに住んでもいいかな? 誰かに怒られたりしない?」

「住むの~? お隣さんだね~」


 あっさりと許可がでた。そんな気はしていた。

 だって花の精霊だもの。


「すぐ近くに住むかは決めてないよ。いい場所を探してみるつもり」

「じゃあ、ご近所さんだね~。だってここは小さい世界だからね~」


 小さい世界?

 それって――


 ふたたびたずねようとしたが、花の精霊はフッっと姿を消してしまった。

 精霊は気まぐれ。好奇心で近寄ってくるが、飽きたらすぐに去っていく。

 まあいいか。

 とはいえ、気になることは気になる。

 探索ついでに「小さい世界」の意味を考えてみるか。


 そうして、腕を組みつつ真っすぐ坂をくだること小一時間。なにやら扉を発見した。

 また扉……


「ん?」


 思わず声がでた。

 なにやら見覚えがあるような気がしたからだ。

 開いたままの扉、踏みしめた草の倒れぐあい、花の妖精がたたずんでいたのによく似た一輪の花。

 ――もしかして。


 地面をみわたす。そして、みつけた。くぼみに落ちた食べかけのジャガイモを。

 あれはさっき落とした俺のジャガイモ!


 そう、すべてが同じだった。ただひとつ、ジャガイモからニョキっと芽が伸びていることを除いては。

 

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