追放された召喚術士、しかたがないので農業をはじめる

ウツロ

第一部 追放編

一章 パーティー解雇。そしてスローライフ

第1話 クビになる

「あんた、もうクビよ」


 女剣士がこちらを指さし、そう言ってくる。

 彼女は俺がくむパーティーメンバーのひとりだ。話があると広場によびだされて、来てみればこのありさまだ。


「魔法の使えない魔法使いって、なんの価値があるの?」


 つま先から頭まで、なめるように見てくるのは女盗賊だ。

 辛辣な言葉に心が折れそうになる。

 俺は魔法使いじゃない。召喚士だ。

 そう言い返したかったが、声にならない。

 自分自身パーティーの足を引っ張っていることは分かっていた。

 召喚術が使えなくなってすぐ、別の仕事をみつければよかった。でも俺は冒険者という職業にしがみいてしまった。

 だって、それしか知らないんだ。

 いずれいなくなった精霊も戻ってくる、そう信じて――いや、そう信じたかったんだ。


「悔しかったらミミズでも召喚してろよ」


 追い打ちをかけてくるのはパーティーリーダーの戦士。

 彼のことはこれまで召喚術でなんども危ないところを助けてきたハズだ。

 だが、召喚術が使えなくなったとたん、手のひらを返してきた。

 ことあるごとに俺に辛くあたり、挙句の果てには最初から邪魔だったなどと言う始末。


「ちょっと、そんな言い方したらかわいそうよ」


 そこへ割って入ってきたのは女僧侶だ。

 神に仕える彼女は力を失っていない。精霊がいなくても神の力は健在だからだ。

 俺が魔法が使えなくなるまでは、彼女とはいい感じだったんだ。

 後衛どうし、会話する機会もおおかった。

 もしかしたらこのまま付き合えるかも、なんて淡い期待も胸にいだいていた。


「だって、ミミズですら召喚できないんでしょ?」 


 だが、続けられた言葉は無情にもあざけりの言葉。

「ミミズだって彼と比べられたくないと思うの」などと口に手をあて、笑いをこらえている。


 チクショウ、チクショウ。

 かみしめた唇からは血の味がした。



 それからどう帰ったかはよく覚えていない。

 気がつけば部屋のベッドで天井をながめていた。

 枕も涙でベチョベチョで、頬をぬぐうとやけにネバついた液体が糸をひいた。


 ハハッ。オレ、鼻水まで垂らしていたのか。

 ふたたびかつての仲間たちの言葉が頭にこだまする。


「魔法の使えない魔法使いって、なんの価値があるの?」


 うるさい。

 エラそうに見下しやがって。ドロボウのくせに。

 そのうち衛兵に捕まっちまえばいいんだ。


「だって、ミミズですら召喚できないんでしょ?」


 うるさい、うるさい、うるさい!

 俺が召喚するのは精霊だ。ミミズなんか呼びだしたりしない。

 なにが神官だ。オマエなんか邪神に仕える悪の神官にきまってる。

 ハン! そのうち神様もこの世界から去ってしまうかもな。

 そんときゃ、俺といっしょだ。

 みなに手のひら返されて吠えズラかくといいさ。


 ……ちくしょう。

 恨んだところで世界はかわらない。悔しさと、みじめさがこみ上げてくる。

 いつか見てろ。ぜったい見返してやる。

 きっかけが、なにかきっかけさえあれば今度こそ――



 あれから一週間がたった。

 貯えも底をつき、宿すら追い出された俺は生のジャガイモをシャリシャリと喰いながらアテもなくさ迷っていた。

 すると、いつのまにやら森の奥へきてしまっていた。生い茂った木々が光をさえぎっている。


 マズイ。つい入り込んでしまった。いま魔物に襲われたらイチコロだぞ。

 精霊を使役できたころなら、なんてことはない森も、すでに危険地帯。

 ふつうの人となってしまった自分がうろついていい場所ではないのだ。


 クソ、寝不足のせいだ。つい昔のように行動してしまっていた。

 寝れば見るのは決まって悪夢だった。あのときのことを何度もなんども見させられるから……

 

 ピカリ。

 奥の暗がりでなにかが光ったように見えた。

 魔物の目かと思い、からだをこわばらせる。

 しかし、どうやら魔物ではなく、木々のすきまから差し込む光に、なにかが反射しているようだった。


「なんだ?」


 おそるおそる近づいてみると、そこには銀色の扉があった。

 なにもない空間に、ぽつんとたたずむ一枚の扉。

 建物についた扉ではない。ささえる壁なんてものはない。ただ地面から生えているように見えた。


「なんでこんなところに?」


 反対側にまわってみてもなにもない。扉の裏側がみえるだけである。

 異常だ。明らかにおかしい。

 扉は見たところあたらしく、建物が朽ちて残ったワケではなさそうだ。

 落とす、なんてこともありえない場所だ。


 ギィ~


 ふいにきしむ音をたてて扉が開いた。

 周りには誰もいない。

 俺だって指一本ふれちゃいない。


 気味がわるい。

 ――でも。

 気がつけば扉のなかへと足を踏みいれていた。



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