百鬼夜行の名の下に
維 黎
夜行
何も変わり映えしない朝。強いて特筆を言えばここ数日間で一番とポカポカとした陽気があることだろうか。
何にしろ平凡で平和な朝ではあったが、どんな朝だろうと
遊んで朝帰りではない。仕事だ。
城崎は物書きだが作家の端くれの端くれに席をかろうじて置いている身である為、原稿料だけではとても食べていけない。なので副業をして生計を支えてる。もっとも、収入で言うのならば作家業こそが副業と呼ぶべきなのだが。
いかんせん、数日をかけて今朝がた終えた仕事は履歴書には書けない仕事ゆえに副業なのだ。
重い足取りでようやくと自らの棲家であるアパートへと辿り着く。
ちょうど登校時間に重なったらしく、通りには何人かの学生の姿があった。
そんな彼ら、彼女らの中にあってふと視線が引き寄せられたのは一人の女子生徒。おそらく高校生だろう。
彼女は友達と思われる女子生徒と肩を並べながら楽し気に話をしつつ、城崎の数メートル横を反対方向へと歩いていく。
絶世とまではいかずとも十分に美しいと言える女子生徒。しかし城崎が惹き付けられたのは、彼女が黒髪を結わえていた小さな紅いリボン。
なぜだか城崎にはその紅い色が禍々しく映り、リボンから血が滴り落ちる様を幻視する。
眉間に皺が寄るほどにきつく目をつむり、揉むように目頭を押さえる。
26歳という年齢からすればたった1日の徹夜など、どうということもないが、ことこの仕事となれば話は別であった。
探偵まがいの身辺調査。
依頼内容の裏付け、依頼者の人柄、家族構成、血縁関係、社会的位置付け、背後関係の有無、思想などを調べ上げる。徹底的に。調査抜けや未確認情報などの失敗は万が一にも許されない。失敗は命に係わってくるのだから。そこが探偵業とは決定的に違う。
依頼人の調査指示は組織から支給された端末に届く為、城崎が依頼人と会うことはない。より正確にいうのならばこの仕事に関して誰一人として会うことはない。ゆえに自分以外の誰がどのようにして関わっているのかは、城崎が知り得るのは自分が調べ上げた調査対象の依頼人とその周辺の人間のみである。
部屋に戻った城崎は昼遅くまで睡眠をとった後、シャワーを浴びて頭をすっきりとさせると、端末に調査報告を入力していく。
支給されたスマホに酷似したその端末は、技術的なことはわからないがインターネットではない通信網で接続されているので、ハッキングなどのリスクは極力低いとのこと。
数時間をかけて入力し終えた頃には外はすっかり黄昏ていた。
自分たち人でなしが活動を始める時刻。報告するには良い頃合い。特に制約もなく期日までになら1日のどの時間帯で送信しようとも問題はないのだが、事が事だけに日の光の下ではどうにも気が重い。
城崎が報告を送れば日本のどこかで誰かが死ぬのだから。
毎日誰かが亡くなっていると言われればその通りではあるが、確実に言えることは、城崎が携わった死は事故死でも病死でもなく殺人であるということ。
殺しの調査員。それが城崎の副業。
世の悪党を依頼を受けて抹殺する殺人集団。
城崎はその末端ではあるが、組織が何をしているか理解し肯定してその身を置いている。
人が人を殺す。相手が悪党であれ何であれ人ならざる行為。殺すも殺されるも外道。それ即ち悪鬼羅刹、魑魅魍魎なり。
化物どもが列をなし、殺し殺される世界。
――依頼内容に問題なし。執行足り得る物と判断す。
調査報告書の末尾にそう書き記すと、城崎は誰もいない部屋でポツリと呟く。
「――百鬼夜行の名の下に」
☆
夜。
星灯りのみが照らす教室。
「――お、おねかい。くスり……クすり……くりゅりを、く、く、くらさい……」
呂律の回らないだらしなく開かれた口元から、とろりとした唾液が滴り落ちる。
レースが縁どられた薄いピンク地のブラジャーは、片方の肩紐がずり落ちて
足元には制服が脱ぎ捨てられていて、下半身は黒のニーソックス、ブラと同系の下着だけの半裸の状態。
艶のある黒髪を背中へと流し、両腕を差し出して縋るようにフラフラと歩むその姿は、さながら幽鬼がゾンビのよう。
美しく整った顔立ちではあるが、その瞳はうつろで鈍い光を放ち明確な意思は感じられない。
「――ぐじゅり……クちゅり……」
強烈な催眠、催淫効果と依存性を有するそれを
「しぇんしぇ……きすきしぇしぇ……クく、くりゅり……」
「クククク。なぁ、倉敷ぃぃ。そぉんなに薬が欲しいのかぁぁ?」
「ほち……ほちちいです。くちゅり、ほし、きしゅきせんしぇ……ハァハァハァ」
頬を桜色に蒸気させ吐息の如く息を吐くその姿に男は――
脱兎の如く駆け寄ると、その肢体を抱きしめ少女の口を貪り吸う。
「倉敷ぃぃぃ――ハァハァ……倉敷ぃぃぃッ!!」
「んんー、んー、ハァ……んー」
クチュクチュと互いに口内を舐め合ったかと思えば、口外に舌を出して淫楽に酔い、また唇を重ねてはじゅるじゅると唾液を吸い合う。
その間も来生の手は
「くらしきぃぃ! お、お前がひと月前に転向して来たその日から目を付けていたんだッ! ハァハァハァ。俺の――俺の思いを素直に受けてくれていたら、こんな強引な手段じゃなくゆっくりとお互いに愉しめたんだがなぁ!!」
「ん-、んん-、しぇしぇ……しぇんせいぇ、くしゅ……んんんー」
冬叶の呂律の回らぬ言葉を口をふさいで黙らせると、かろうじて肩に引っかかっていたブラを毟り取り、そのままの勢いで教室の机の一つに押し倒す。
口元から顎先、喉元に舌を這わせ、両手で乳房を揉みしだきながらも舌先は胸元を通り過ぎてさらに下へ。
へそを飛び越え、下腹を滑るように進むと来生は冬叶の股下へと屈み込み、下着に包まれたこんもりと膨らんだ下腹部の丘へと辿り着く。
と、その瞬間、冬叶は上体を引き起こして立ち上がり、臀部で机を押し下げて場所を広げると、今度は冬叶が来生に馬乗りになるような形で逆に教室の床に押し倒した。
「――ふふふふ。来生先生。もっと私の口を吸ってください。もっと、もっと私の唾液を飲んでください」
「倉敷――」
来生が何か言いかけたが冬叶が強引に自らの口でふさぐ。
「んー、んん-」
「んん」
くねくねと交互に頭を振りながらお互いに貪り合う。
冬叶は唾液を流し込み、来生はそれを垂下していく。
幾度目か喉元が上下した後――。
「むぐッ!!」
突然、来生が血走った目を見開き冬叶を突き飛ばすようにして離れる。
「う……うががぁぁぁ!!」
破裂しそうなほどの頭痛と灼けつくような咽の痛みを感じて、咽を搔きむしる来生。
「ゴボッ!!」
やがて口から大量の血を吐き出すと白目を剥いて体を痙攣し始めた。
吐き出された来生の血をその身に受け、にぃぃと嗤う冬叶。
その貌に鬼女の如き笑みを張り付けたまま、しばらく来生の様子を見ていた冬叶は、その身が動かなくなるのを見届けるとゆっくりとした動作で立ち上がる。
ブラシャーは来生に毟り取られた為、上半身は裸のままに制服を着込む。
上下制服に身を整えた冬叶はスカートのポケットから紅い布を取り出すと、貌に付いた血の飛沫を拭って後ろ髪を束ねリボンにして留めた。
最後にすでに事切れた来生を一瞥すると、来生に呼び出された教室をあとにする。
暗殺術の中には長い時間をかけて腕に毒を染み込ませて暗器とする"毒手"という術があるが、冬叶は自身の体液を毒として相手を殺す手段としている。
汗、涙、血液、唾液、淫液のすべてが毒となる。体中が毒に侵されている為に外部からの薬や毒は一切効かない体質を持つ。
そんな冬叶の今回の
もちろん一介の教師に過ぎない来生だけでこんな大それたことは出来ない。背後には大きな組織がいるだろうことは想像に難くない。抹殺しなければならない者も多いだろう。しかしそれは他の誰かの役割であって冬叶の仕事ではないし、興味も関係もない。
受けた依頼は来生ただ一人。
来生を殺す為に転校生としてひと月前に学校に潜入。来生の犯行の手段を調べ上げ、それに
転校生としての手続きや下調べなどは組織の誰かが手筈を整えたこと。冬叶はただ殺すだけ。それぞれお互いの素性などはまったく知らず知らされず、支給されているスマホのような端末から指示を受けるのみ。完全な役割分担制。
しかし、これだけは言える。
誰がどのようなことで関わっているにせよ、組織の人間は誰一人として人間ではない。
姿かたち、血肉は人のそれであっても中には化物が棲んでいるのだ。
そして。
彼らが殺す相手もまた同類の人でなし。
化物どもが列をなし、殺し殺される世界。
百鬼夜行の名の下に。
――了――
百鬼夜行の名の下に 維 黎 @yuirei
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