第五話 アップ

 俺は剣聖アレクシア・ホルザークの弟子になった。




 翌日、俺はイアと共に早朝から領主の館に向かう。館の前には門番がいたが、師匠から話を聞いているのだろう。すんなり通してくれた。




 中庭に行くと、オレンジ髪の男の子と赤髪の女の子がすでにいた。オレンジの方はラインだ。赤髪の方は師匠の娘さんだろうか。だが、あの赤髪ショート、どこかで見たことがある気がする。


 俺たちが近寄ると、女の子が話しかけてきた。




「あら、ロクスウェルじゃない。父様が言ってた新しい弟子ってあなただったのね」




 ……そうだ、思い出した。


 いつかの雪の日に手合わせした子だ。たしか名前はフレイシアだったか? あいつ、貴族だとは思ってたけど公爵の娘だったんだな。よくよく考えてみると剣が上手なところとか赤髪とか名前とかが師匠に似てるな。




「やあ、久しぶりだね、フレイシア」




 俺も片手をあげて挨拶をした。




「ロエル、知り合い?」




 イアが俺の背中に隠れて問うた。


 そういえばイアはひとみしりだったね。




「ああ、冬にトレーニングしてたら出会ってね。それにしても、君が師匠の娘だったとは、世間は狭いね」




「ええ、本当に。ところで、そちらの子も父様の弟子になるの?」




「そうだよ。ほら、自己紹介してやって」




 俺はイアの背中を押して前に出す。


 イアはしばらくもじもじして、話し始めた。




「……イリアーナです。ロエルの友達です」




「か、かわいい……こほん。


 私はフレイシア・ホルザーク。気軽にフレイって呼んで。これから女の子同士、仲良くしていきましょう」




 うわお、すっごい陽キャ。そのコミュ力是非とも分けてほしいね。これならイアでも仲良くやっていけそうだ。




「……私、エルフだけど、怖くないの?」




 あ、そういえばイアにはそれがあった。うけいれてもらえるかな。まあでもフレイならそんなの全く気にしなそうだな。




「何言ってるの。こんなにかわいいのに怖いわけないじゃない。それに、私これでも剣聖の娘なのよ。亜人なんて怖がるわけないじゃない。あと、こんな辺境の村では亜人は珍しいかもしれないけど、都市の方では亜人なんていっぱいいるわ」




 うん、やっぱり大丈夫そうだ。




 ここで、師匠が中庭に入ってきた。




「やあみんな、集まっているようだね。今日から新メンバーも入ったからできることも増えたよ」




「師匠! 今日のメニューは何ですか?」




 ラインが聞いた。




「今日はロエルとイアの実力を測るために主に模擬戦をやるよ。でも、その前にアップだ。屋敷の周りを五周してきなさい」




「「「「はい!」」」」




 まるで部活動みたいだな。




 俺たちは屋敷の外に出て、二列に並んで外周を始めた。


 息が上がらない程度の軽いジョグだ。


 一周したところで、ラインが話しかけてきた。




「おいロエル、ちょっと勝負しないか?」




「どうした? 急に」




「今から残りを全力で走り、先に終えた方の勝ち。要するに競走だよ」




「えっと、これ、アップだぞ?」




「おや? 負けるのが怖いのかい?」




 ……こいつ、アップの意味分かってんのか?


 でもなんか癪に触るな。




「まあ、いいだろう」




「よし決まりだ。よーいどん!」




 ラインがいきなり全力疾走しはじめた。




「ちょっまてよ」




 俺も追いかける。




「ふふ、男子ってバカね」




「……うん」




 残された女子たちはそのままのペースを保った。






(あいつ地味に早いな)




 ラインはすでに五十メートルほど先にいた。




(仕方ない、チートするか)




 俺は速度強化魔法を使った。


 俺の速度が急に数倍にあがる。


 土煙をあげながら俺はラインに迫り、一瞬で抜き去った。


 ラインの呆けた顔は写真に収めたい。




(ふん、お前が俺の前に立つなど許せん)




 そのまましばらく走ってると、イア達の背中が見えてきた。一周差つけたのだ。イア達を抜く直前、とある考えが脳裏をよぎった。




 ……魔法までつかって勝とうとしている俺を見てイアはどう思うだろうか。大人げない、かっこ悪いと思うのではなかろうか。いや、確実に思うだろう。


 俺は、速度強化を解いた。


 急に落ちたスピードで、ゆっくりイア達を抜いた。




 そうこうしているうちに、最終ラップにはいった。


 ここにきて、後方にラインが見えてきた。


 ラストスパートをかけてきているのだろう。


 俺もスピードを上げるが、だんだん距離が詰められてきた。


 そして、最後の直線にはいったとき、ついにラインと肩を並べた。


 こんなところで負けるわけにはいかない。


 俺は全力疾走した。


 だが、ラインも負けじとくいついてくる。


 ここまでくると、肉体の差よりも根性の差が勝敗を分ける。




「「ぬおおおおおお!!!」」




 ゴールまであと十メートル。


 わずかにラインが前に出ていた。




(まずい!このままだと負ける!)




 だが、今更速度強化を使おうにも構築前にゴールされてしまう。ということで、俺は背中を爆破した。


 俺が吹っ飛んで盛大なトルソーでゴールするのと、ラインがゴールするのはほぼ同時だった。




 ぜえ…はあ…




「……俺の……勝ちだ」




「……いや、……俺の方が先だった」




 勝敗について言い合ってたら、師匠がやってきた。




「あの、勝負するのはいいんだけど、君たちアップの意味分かってる?」




 ……すいませんでした。


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