マヨ中
睡田止企
第1話
カップ焼きそばを食べよう。
そう思いキッチンに向かう。
インスタント食品は全て流しの下の戸棚に入っているが、まずは冷蔵庫を開ける。
驚くことに冷蔵庫の中は空っぽだった。
「ふざけんなよ」
俺はキッチンからリビングを振り返り、
「なによ」
視線に気付いた花純は不機嫌そうに言った。
「マヨネーズがないんだよ」
「それで?」
「なんでないんだよ?」
「知らないわよ」
「俺が知らなきゃ、お前が知ってるはずだろ?」
「だから知らないってば。私ダイエットしてるし、マヨネーズは使ってない」
「いや、お前だ。買いに行けよ」
「今から? 何時だと思ってんのよ」
花純がテレビに視線を送る。
通販番組が流れている。画面の左上には1:29と表記されている。
「こんな真夜中になんで私が使ってないマヨなんか買いに行かなきゃ行けないのよ」
「だから、俺が知らないうちにマヨネーズがなくなってるんだから、マヨネーズを使ったのはお前なの。だから、買いに行けよ」
「いやよ、私マヨ使ってないもの」
俺は花純を睨んだ。
花純の輪郭がボヤける。視界が波打っている。
空腹のせいだろうか。
最後に何を食べたのか思い出せないが、間食はしないし、昼は大抵12時前には食べ終わるようにしている。
おそらく、最後に食事をしてから13時間半は経っている。
「………………」
「………………」
「……見てくれ、手震えてるだろ」
「……そうね」
「マヨネーズが切れるとこうなるんだ」
「は?」
「じきに幻覚も見え始める。幻聴もだ」
「なに言ってんの?」
「マヨネーズ中毒なんだよ俺は。マヨネーズがないとヤバいんだ。だから本当に買って来てくれ」
「そんな、マヨを薬物みたいに……。幻覚とかそんなのあるわけないでしょ。あんたはただの重度のマヨラーよ」
「マヨラーじゃなくて、マヨネーズ中毒だから!!」
つい声を荒げてしまった自分に驚いた。
だが、本当にマヨラーレベルではないのだ。
本当に摂取していないと手が震え、幻覚・幻聴が起こる。
ヤク中のマヨネーズ版、マヨ中なのだ。
「……大きな声を出してごめん」
俺は花純の方から目を逸らし、キッチンに向き直った。
キッチンも霞んで見える。腹の虫が鳴る。
マヨネーズがないにしても、食事は取った方が良さそうだ。
俺は戸棚を開けて中からカップ焼きそばを取り出す。
「うわっ!!」
カップ焼きそばを見て、思わず声が出た。
カップ焼きそばのパッケージには「マヨネーズ入り」の文字があった。
急いでラベルを剥がし、蓋を全て開ける。
湯切りができなくなるが知ったことではない。
マヨネーズの小袋を拾い、開き、一気に口元へ持っていく。
一息に吸う。
「……
幸福感が体いっぱいに広がる。
手の震えも止まり、視界がクリアになる。
これが、マヨネーズだ。
落ち着きを取り戻し、リビングに向かう。
テレビの前のテーブルにはフライパンと
「そういや、昼に焼うどんを食べたときに、マヨネーズ使ったわ」
幻覚と幻聴が消えて一人になった部屋で呟いた。
マヨ中 睡田止企 @suida
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