ちょこと私の日常

青依 月

子どもと大人の話

 私には少し変な友人がいる。彼女は少しおっちょこちょいでチョコレートが好きだから、この文章の中では彼女のことをちょこと呼称しようと思う。

 私とちょこのどうでもよくて仕方ない日常の備忘録、はじまりはじまり。


「ねえ、ウーパールーパーって知ってる?」

「知ってるよ。ペットショップで見たことある」

 唐突になんだ、と思ったけど、とりあえず返事をする。ちょこがなんの脈絡もなく質問してくることはよくあることだったから、もう慣れたものだ。

「あれってさぁ、幼生なんだよ」

「ようせい……」

「あ、幼いに生きるって書く方。幻想的な方じゃないよ」

「ああ、そういう。へー、知らなかった」

 あれ、なんで私、お茶しに入ったカフェでウーパールーパーの話してるんだ? 一瞬だけそう思ったけれど、まあまあいいから聞いてみよう。

「なんか条件が揃ったら大人になるらしいけど、基本幼生のままで生きるんだって」

「へえ」

「でね、なんで幼生のままなのかっていうとさ、陸には怖いことがたくさんあるから水の中にいようってことなんだと」

「それなんの情報?」

「ネットの漫画。ちゃんと調べてないから嘘だったらそのときはすまん」

 なんて適当な。とはいえおそらく今の情報が嘘だったとしても、今後何かしらの危機に陥ることはあるまい。それで? と続きを促す。

「それでさぁ、いいなぁって思ったんだよね」

「なんで?」

「だって、怖いことを避けて生きていけるってことでしょ? 僕にとっては社会って怖くて得体がしれないものだけど、社会から逃げたら生きていけない」

「あー、なるほど」

「怖いことから逃げて、子どものままでいられるってさぁ、いいよね。僕らは大人になるしかないのに。ま、特に僕は生きるのに向いてないからそんな風に思うんだろうけどね」

 ちょこは色んな一人称を使う。私、あたし、僕、俺。なんか使い分けがあるの? って聞いたら、気分って返ってきて、やっぱりなって思った記憶がある。

「まあ……ちょこが一般企業で上手くやれるとは思えないね」

「でしょ? 僕って一体何でお金を稼ぐんだろう……というか何なら稼げるんだろう」

「難しい質問だね」

「ちゃんと自分で自分を養えるだけのお金を稼ぐってさぁ……すごいよね。世の中の働いてる人みんなすごいなぁ。僕の来世はウーパールーパーかな」

「この前のちょこの来世は鳥だったよ」

「まじか。あたし気まぐれすぎるな。はぁ……社会の荒波にもまれて無事でいられる気がしねぇよぉ……」

「私も自信ないな」

 はあ、と軽く溜息をつくちょこを見ながら、注文したチーズケーキを口に運ぶ。どっしりしたベイクドチーズケーキ。ふんわりと口の中にチーズの香りが広がる。甘すぎることもない。めちゃめちゃ美味しい。このカフェ当たりだな。

「ま、強く生きようよ。それよりちょこが頼んだガトーショコラ一口ちょうだい」

「ベイクド一口くれるならあげる」

「あげるからちょうだい」

「よいよ。おっ、ベイクドうま。当たり引いたね」

「ガトーショコラも美味しい。このカフェはまた来よう」

「うん、そうしよ。あっ、この後ちょっと付き合ってほしいとこある」

「どこー?」

「えっとね……」

 ベイクドチーズケーキとガトーショコラの美味しさに、将来への不安はひとまず落ち着いた。甘いものが好きなちょこはしばしば、甘いものは世界を救うぜ、と豪語しているけれど、案外そうかもね、と思いながら、ちょこがこの後行きたい場所についての話を聞いていた。

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