第19話 少年ニコラスその2(キャンディとリンゴと少年)

2・キャンディとリンゴと少年


 色とりどりの丸いキャンディは、大きいものから小さなものまで、様々な瓶に入っていた。

 小さな店ながらも、所狭しと陳列されたそれらの瓶は、壁に嵌められた採光用の窓から入る光を反射させ、店内と数人の客の気持ちを照らしていた。


「うわぁぁぁぁぁ~。

いい匂いだな、ニコラス」


 ニコラスと呼ばれた旅人姿の少年の肩で、リスによく似た小動物が小さな鼻をスンスンと鳴らし、甘い匂いを堪能していた。

その匂いが外の寒さを忘れさせ、店内の暖かさを増長させていた。


 ショートカットの髪はこげ茶色の猫っ毛で、店内に並ぶ飴の瓶を映す瞳は緑色の猫目。

幼い顔やその姿に似合わず、腰に下げている細身の剣は質素ながらも豪華なものだった。


「ねぇココット、僕たち以外女の人ばかりで、ちょっと恥ずかしくない?」


「たいして変わらないから、大丈夫。

それより、どれにする?」


「どういう意味?

… 予算的には、ここらへんかなぁ」


 ニコラスは口をちょっと尖らせたものの、すぐに一番小さな瓶が並ぶ棚に移動した。


「姫さん、喜びそうだな。

起きたらあげるんだろ?

いつ起きるかな?」


 その言葉に、ニコラスはホッとしたように頬を緩めながら、目の前の小瓶を手にとった。


 キラキラと窓から入る太陽の光をガラス瓶が反射した。

赤いキャンディに、焼失した自分の集落が重なる。

オレンジのキャンディに、亡くなった母の笑顔が浮かび上がる。

黄色のキャンディは神父であったレオンの笑顔…

小さな瓶に詰まった色とりどりのキャンディに、数日前に起こった出来事が重なった。


 ジャガー病でモンスター化した者達が城を襲撃し、戦い、西のバカブ神の分身で第三世界を支える柱の一つである樹木が復活し、自分が神の生まれ変わりだと言われたあの日…

レビアは泣くニコラスの頭を優しく撫でながら、深い眠りについた。

それは、大きな力を使うといつもなることで、魔力回復の為には仕方のないことだった。


「ニコ…」


 キャンディを見つめながら、心ここに在らずといったニコラスの頬を、ココットが前足の肉球で軽くフニフニと触れた。


「ああ… うん。

大丈夫だよ。

侍女の方のお話だと、今回は相当魔力を使ったらしいから、もう暫くは寝ているかもって。

あそこに、たった一日で教会が出来ちゃうなんて、すごいよね」


 パっと戻ってきたニコラスを見て、ココットは何もなかったようにいつもの口調で返した。


「正確には四日な。

先にニコラスが三日間寝てたからな。

ニコラスが寝てる間に、組み立てる以外はやってたんだろうな。

ま、オレッちは飯食えればいいから」


 レビアが眠ってすぐ、西の柱である樹木の根元に、小さいながらも木造の教会が作られた。

そこは生活するには最低限の備えがあり、部屋数も広くはないが六部屋はあった。

 その一部屋に、レビアは眠っている。

タイアードは、そんなレビアから片時も離れないでいた。


「ママ、ただいま~」


 不意に、ドアに付けられた鈴が鳴り、フード付きの外套を着たままの幼い女の子が元気よく入ってきた。


「お帰りなさい」


 まだ十歳にも届かない女の子を、ドア横のレジ台で店主の母親が迎えた。


「お買い物、行ってきたよ。

オマケで焼菓子もらったの」


 荷物を渡しながら嬉しそうに報告する娘に、ふくよかな母は優しい笑顔で対応していた。


「ニコ、早くしないと日が暮れちゃうぞ」


 そんな二人を見つめるニコラスの頬を、ココットの前足の肉球がフニフニと押した。


「あ… うん。

お会計、しなきゃね」


 寂しそうに微笑み、ニコラスは肩に乗っているココットの頭をそっと撫でた。


「すみません、ここに書いてある物も一緒にお願いします」


 会計を済まそうと、選んだ小瓶と一緒に、胸元から一枚の紙を差し出した。


「はいはい… ああ、姫様のお使いね」


 店主はニコニコと微笑みながら、その紙を手に店の奥へと姿を消した。


「話が早いな」


「いつも使っているお店だからって、侍女の方が言ってた」


 こっそりと話をしていると、奥から店主が戻ってきた。

ニコラスの選んだ瓶より少し大きめの物を幾つも抱えて。


「お代はいつもどおり、月末に請求書を出します。

って、言っておいてくれるかい?

ああ、この小瓶は坊やが買うのね」


 お金を払った小瓶は腰の袋に入れ、その他の物は店主が大きな紙袋に詰めてくれた。

それを抱えると、視界が悪くなる上にバランスが上手く取れなかった。

 心配する店主の声を背に、外套の裾を足に絡ませながら、ニコラスはフラフラと店を出た。


「うわっ!」


 店を出た瞬間、冷たい外気を感じる間もなく、ニコラスは誰かにぶつかった。

荷物とココットを地面にばら撒きながら、大きく尻もちをついた。


「あっつ… あ、ご免なさい、よく前が見えなくて…」


「坊や、これに入れなおすよ」


 ニコラスがお尻をさすりながら謝るのと、店主が慌てて出てきたのは同時だった。


「あれあれ、ごめんなさいね、気が利かなくて。

お兄さんも大丈夫?」


 店主はニコラスを引き起こすと、パタパタとホコリを払いながら、ニコラスとぶつかった人物に声をかけた。


「大丈夫です。

君、僕のせいで、ごめんね。

怪我、していないかな?」


 ぶつかった相手は、ゆっくりと体を起こした。


「いえ、僕もよそ見をしていたから」


 相手は随分と身長が高く、外套の上からでも肉付きの悪さがわかった。

髪も瞳も黒い青年の口の左端に、小さな黒子をニコラスは見つけた。


「お兄さんも、怪我はないようね。

ごめんなさいね、最初からこうして渡せばよかったわね。

あと、これはオマケ」


 店主は持ってきた大きな藤の籠に散らばった瓶を集め入れ、その上に棒付きの琥珀色した大きなハート形のキャンディを乗せて、ニコラスの足元に置いた。


「あ、いえ、こちらこそすみません。

オマケ、ありがとうございます」


「僕が手伝えれば良いのだけれど、ごめんね。

僕もこれから仕事で。

せめてものお詫びに、これを… ああ、かえって荷物になってしまうかな?」


 青年はそう言うと、籠の中の瓶の上に、小ぶりの林檎を一つ置いた。

それはとても赤くとても艷やかだった。


「いえ、嬉しいです。

ありがとうございます」


 そんな二人の気持ちに、ニコラスは素直な笑顔で答えた。

二人に何度も頭を下げながらお礼を言い、ニコラスは次の目的地に向った。


 籠の持ち手を両手でしっかりと握りしめ、体の真正面で持つその足元は、店を出た瞬間よりはしっかりしているが、やはり、どこかおぼつかなかった。


「予告されていたとはいえ、今まであった城が瓦礫になったのに、不安はないのかね?」


 ニコラスの肩でココットが周りを見渡しながら呟いた。

 道行く者は皆、防寒用の外套に身を包み、寒さを避けるように早歩きではいるが、それらの顔は一様に明るかった。

 ニコラスの額には、うっすらと汗がにじみ出て、呼吸も少し荒くなり始めていた。


「そうならないように、姫様が前々から準備していたんじゃない?

事が始まる前に、避難は完了していたみたいだし」


「姫さん、魔力を使った分だけ、寝るんだっけ?」


「そうみたい。

あんなに大変だったんだもの…」


 たった一晩のうちに、月はその姿を何度も変えた。

太陽とは違う、母のように柔らかく優しい光に照らされていた現実は、幼いニコラスには美しくも残酷なものだった。


ああ、ここだね。


 と、ニコラスの足が一軒家の門の前で止まった。




「随分と大きな家だな。

裏に、庭でもあるんじゃないか?」


 大きめの門の向こう、白い土壁に、赤い屋根が可愛らしいその家は、三階までは確認できた。


「あ、こんにちわ」


 どう入ろうか迷っていると、家の影からニコラスと変わらない年頃の痩せた少年が、たくさんの黄色い花を抱えながら現れた。

 草むらに潜っていたのだろうか?

あちらこちら向いている、収まりの悪いこげ茶色の髪には、木の葉やまだ緑色の小さな葉が所々に付いていた。


「… こんにちわ」


 太めの黒い眉を寄せ、少し不審そうにニコラスを見ていた。

その後ろから、ニコラスよりも幼い少女が姿を表した。

少年よりも痩せていて、肉付きが悪いせいで骨格がよくわかり、赤茶色の瞳が大きく見えた。

少女は足元に瓶の入った籠を見つけると、安心したように口を開いた。


「もしかして、姫様のおつかい?

そうでしょう?

そうだよね!

ちょっとまってて、ママ先生を呼んでくるから」


 ニコラスの返事も聞かず、少女は一気に捲し立てると、興奮気味に家の中へと駆け込んだ。

その間も、少年はじっとニコラスを見ていた。


「勢い有る子だな」


 ココットの感想に、ニコラスは苦笑いで返した。


「こんにちわ。

お使いありがとう」


 そんなに待たず、エプロン姿の女性が姿を表した。

そんなに背は低くはないのだが、痩せているせいか全体的に小さく見え、赤い髪を一本の三つ編みにしていた。

 その女性は、アンナと名乗り、この家の責任者だと言った。

アンナの左頬には、古い大きな三本の爪痕が痛々しく付いていた。




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