第2話 西のバカブ神その2(悪魔のような神様と女神さまのような旅人)
2・悪魔のような神様と女神様のような旅人
目をつぶると、ニコラスの意識は体を離れて、名前も顔も知らない誰かの意識の中に入り込む。
その人の目を通して、ニコラスは色々な事を見る。
見るだけで、嗅覚・触覚・味覚・聴覚はなく、自分の意志でその人を動かすことは出来ない。
夢ではないけれど、集落と隣の街しか知らないニコラスにとって、それは絵本や図鑑のような夢だ。
今夜の夢は・・・鳥?
一面の銀世界が反射する月の光は弱弱しく、闇の獣たちから身を守れそうにはない。
真白な大地には動物の足跡ひとつなく、おろしたてのキャンパスみたいだった。
今夜のニコラスの意識は、夜空を飛んでいた。
どこまでも続きそうな白い台地を、真っ直ぐ見つめて飛んでいた。
しばらく飛んでいると黒い影が現れ、直ぐに大きくなった。
それが連なる山々だとわかる頃、一つの集落が見えた。
集落と外の境にはモンスター避けの結界石が四方に、その他に、家々よりも大きな女神像が結果石と結界石との間に4体、村に向かって祈りを捧げるように置かれていた。
月の女神像の結界。
自分の集落だと、ニコラスは直ぐに気がついた。
闇深き時刻、窓からこぼれるような明かりはなかった。
唯一つ、教会の一室から小さな光が見え、その光を見下ろせる位置で動きは止まった。
神父様、またこんな遅くまでお仕事して・・・
そう思った瞬間、その窓を破り、中から立て続けに何かが飛び出してきた。
全部で五匹のモンスターが飛び出し、それらを追うようにレオンも飛び出してきた。
モンスターは全て、今朝教会を襲ったモンスターととても似ていた。
狼のようなモンスターは二本の足で立ち、あっとゆう間にレオンを囲み、一斉に飛び掛かった。
しかし、すぐにモンスターの体は壁に弾かれたように、大きく後ろへと倒れた。
そして、レオンは自分から近いモンスターから順番に・・・モンスターの胸を、その細い右腕で貫いた。
白銀の雪が小さな明かりの中で、赤黒く染まった。
一匹・・・二匹・・・三匹・・・積もった雪に足を取られることもなく、戦意喪失したモンスターを追いかけ、後ろから胸を貫く。
四匹・・・五匹・・・あっという間に動くモンスターはいなくなり、レオンは絶命したモンスターの足をつかみ、教会の裏へと運び始めた。
その作業は慣れた手つきで、難なく終わった。
最後の遺体を運び終わったレオンは、窓の下に戻ってくると、何かを拾い始めた。
それもすむと腰を伸ばし・・・
レオンの顔がニコラスの方を向いた。
その顔は、いつもの顔ではなかった。
モンスターの返り血を浴び、目はギョロギョロと血走り、口は大きくゆがんでいた。
■
目覚めの悪さに、ニコラスはベッドの中で体を丸めた。
夢の惨劇、見たことのないレオンの顔に、吐き気と頭痛が酷かった。
「目を覚ましましたか。
具合いはいかがです?」
ドアを開けて入って来たのは、集落で出会った旅人だった。
「まだ少し、熱がありますね。
夕刻に集落を出て、明け方にこの町に着いたのを覚えていますか?」
額に置かれた手が氷の様に冷たく、ニコラスは少しだけ気分がよくなった気がした。
「幼い貴方には、だいぶ辛いことだったでしょう」
手のかわりに、よく冷えたタオルが置かれた。
「慣れているとは言え、あの雪です。
大人の足でも一日はかかるこの町に半日で着いたのですから、無理をさせましたね。
まぁ、モンスターにでくわさなかったのは幸運でした。
ここは宿屋ですよ。
町の入口で倒れたのを、覚えていますか?」
旅人の声を遠くで聞きながら、これまでの経緯を思い出そうと記憶を辿った。
自分はこの人と、雪にまみれて村を出た。
わけが分からないまま、母に言われるまま、村を出た。
とにかく急げ。
少しでも速く、少しでも村から遠くに・・・
なぜ、母はあんなに慌てていたのだろうと、ニコラスは思った。
「あ、あの・・・」
そして、重なるレオンのあの顔。
「はい?」
ニコラスが体を起こそうとすると、旅人がその小さな体を支えた。
「実は・・・」
重い口を開け、ニコラスは自分の特異体質とさっきみた夢を話した。
「それで、貴方はどうしたいのですか?」
「・・・笑わないんですか?」
旅人の変わらない口調に、ニコラスは驚いた。
「笑った方がいいのですか?」
「僕のこの体質を知っているのは、わかってくれるのは母さんだけで、集落の人達は皆、「すごい夢だね」「いい夢見たね」って笑うんです。
たまに、「また、嘘ついて」とか・・・」
物心ついた頃から、「夢」を見ていた。
「夢」を観て起きて、興奮して集落の老人たちに話をすると、皆口々にニコラスを笑っていた。
しかし、その笑いはニコラスを馬鹿にしたものではなく、幼子の話を嬉しく聞いているもので、中には「それはこういう物だ」「あれはこんな味がするんだ」と、夢に出てきた物について教えてくれる者もいた。
「貴方は、嘘をついているのですか?」
「嘘じゃないです」
「では、笑う必要も怒る必要もないですね。
それで、貴方はどうしたいのですか?」
ただ、母親のアニス以外、皆ニコラスの「夢」の話は本当の「夢」として受け取っていたため、信じてもらえないのが悲しかったのだ。
初めは「冗談でも、嘘でもない」と声を荒らげていたが、そのうち、「皆が喜んでくれるのなら」と「夢の話」として、仲のいい数人にしか話さなくなった。
アニス意外に笑われなかったのは初めてだった。
「・・・僕は、集落に戻りたいです」
観た夢もそうだが、何よりも別れ際の母の態度がとても気になっていた。
「聞いておいてなんですが、それは無理です。」
ニコラスは軽くため息をつかれ、具合の悪さも忘れて食ってかかった。
「なんでですか?
来た道を戻ればいいことじゃないですか!」
「貴方は自分の体がどうなっているのか・・・」
旅人の言葉は、外からのノックでさえぎられた。
「失礼。
あっ、ようやく目を覚ましたね~」
入ってきたのは、細身で長身の男だった。
耳を隠したクセのある紫の髪に、小さな眼鏡をかけた優しげな紫の瞳、その左の目尻に小さい黒子があった。
旅人はその男に場所を譲った。
「町の入口で倒れた貴方を、たまたま通りかかったこの方がここまで運んで下さって、お薬まで頂きました」
「・・・ありがとうございます」
「いえいえ。
私はたまたま通りかかった、ただの神様で医者です。
はい、口開けて~」
「あ、あの…」
神様と名乗った男は、ニコラスの戸惑いもお構いなしに体を次々とチェックしはじめた。
「ああ、私のことは「シンさん」と呼んでくれてかまいませんよ。
因みに、医者免許に薬師資格はきちんと取りました。
成績優秀でね。
もぐりじゃないので、ご心配なく。
でも、君はまだ動かないほうがいいですよ。
回復してきてはいるけどね。
若いっていいね~、回復が速くて」
リズミカルに飛び出てくる言葉に飲み込まれそうになりながらも、ニコラスは旅人を見た。
「帰れません」
「でも・・・」
「貴方はお母様から頼まれ事があるのでは?
第一、お母様の一番の願いは、貴方があの集落から出る事です」
この人は、自分の知らないことを知っている。
そう、ニコラスは思い始めた。
あちらこちら、シンに体をチェックされながら。
「僕の集落に、何があるんですか?」
その言葉に、旅人の視線がチラリと動いて、シンを見たような気がした。
「じゃ、今の君にあった薬を調合してあげましょう。
では、また後で~」
二人の空気を読んでか、バイバ〜イと手を振って、シンは軽やかに部屋を出て行った。
「あ、そうそう。
時間は巻き戻らないから、後悔するような選択だけはしない方がいいよ。
ま、まだ子供の君には難しい事かな」
ドアの影から顔をピョコっと出してそう言うと、ウィンクを飛ばして今度こそ去っていった。
そのオマケの言葉は、部屋の空気を重くするには十分なものだった。
■
今まで言付けを破ったことはなかった。
本で読んだり、老人たちから聞いた悪戯も、一度だって試したことがない。
全く興味がなかった訳ではないが、行動に起こすほどでもなかった。
大人が『右』と言えば、疑問など持たずにすんなり受け入れた。
ニコラスは、そんな子供だ。
そんな子供が、さっきまでグッタリしていた子供が、体調の悪さを気力でカバーし、旅支度を整えて宿のドアを押そうとしていた。
「で、君は後悔したくなくって、集落に戻る・・・と。
お供のあの人を、置いて行っていいの?
せめて、こんな真夜中はやめたら?
ちゃんと寝ないと、身長、止まっちゃうよ」
廊下の窓から入る月の明かりは薄雲に遮られ、辺りを照らす明かりは心ともない。
闇に慣れた視界の端にその男はいた。
「・・・シンさん。
お薬、有難うございました。
だいぶ楽になりました。」
ドアを背にして、ニコラスはお辞儀をした。
「いえいえ、どーいたしまして。
で、君は一人で行くのかな?飾りの剣まで腰にさして」
シンは、壁によりかかったまま、自分の腰をチョンチョンとさした。
「あの人は詳しいことは何も話してくれませんでした。
母さんの言いつけを守り、お姫様に召喚獣の卵を届けるのが賢明だと・・・
それしか言われませんでした。
僕は子供です。
きっと、子供の僕には分からない『大人の理由』があるんだと思います。
でも、今は、その『大人の理由』に従いたくないんです。
あの人が許してくれないのなら、一人で行きます。
それに、この剣は飾りじゃありません。」
いつも練習で使っていたものよりずっと細身だが、重量はあった。
鞘や柄の飾りも立派で、ニコラスはこんな剣が自分の家にある事は、あの時まで知らなかった。
アニスがニコラスを玄関から送り出す時、いつもの剣ではなく、この剣を持たせたのだ。
「使ったこと、あるんだ?」
少し小馬鹿にしたように、シンはニコラスを見ていた。
「・・・使ったこと、ないです。
けれど、毎日の練習はかかさず・・・」
ニコラスは病室でのふがいない自分を思い出した。
一太刀も浴びせられず、空を切ることもなく転んでしまった自分を思い出した。
あれが、初めての実践だった。
「だよね~。
その剣からは、そんな気配全然しないもの」
「でも、僕は行きます」
「君の夢の話を信じるとしたらさ、モンスター避けの結界がしてあるのに、集落にモンスターなんて、随分と物騒だね。
一体、どこから入ったのかね?
それに、月の女神像。
結界石と交互に配置されて、集落を守っているっていうのは、初めて聞いたな~」
この人も、何か知っている。
そう、ニコラスは直感した。
同時に、自分に向けられている瞳が怖くなった。
笑っているその瞳から、目を逸らしたら危険だと思った。
一気に喉の乾きを覚え、自分の心臓の音がよく聞こえた。
「・・・あの人も貴方も、僕に何を隠しているんですか?」
声がかすれ、語尾が震えた。
「月の女神の役割、知ってる?」
「休養と、闇に光をもたらす者・・・」
「で、本当の意味は?」
「本当の?」
「まっ、本当の意味を知ってから行っても、いいんじゃない」
そう言って、シンはオイデオイデと手招きをした。
■
この世界は、天界・地上・冥界の三層に別けられている。
太陽は天界と地上を明るく照らしているが、地上には太陽が隠れる時間がある。
夜だ。
夜は太陽の代わりに月が姿を現し、冥界の魔物やモンスターから弱きものを守っている。
また、太陽が地上にいる時は、冥界を淡い光で照らし、冥界の生き物たちに安らぎを与えるとともに、魔物たちが地上に出ないように見張っていた。
「これが、神歴関係の本でも得られる情報。
で、ここからが最近の研究情報」
ニコラスはシンの部屋で、月の女神について話を聞いていた。
目の前のテーブルには、調合しかけの薬が散乱していた。
「これ、知ってる?」
そう言って、シンがニコラスの目の前のに出したのは、月の色をした石だった。
「月の石ですね。
毎日見ていました」
「君の集落は、神父が医者をしているんだっけ?」
「はい。
小さい集落なので、村人のほとんどがお年よりです。
たまに、集落の外からもお年寄りがお引越ししてきますが、皆さん何かしらの病気を持っているようで・・・
皆さん、毎日のように教会でお祈りして、診察室で神父様に診察してもらっています。」
話を聞いているうちに、さっき芽生えた恐怖心はだいぶ落ち着いていた。
「患者さんの気持、分かる?」
それなのに、この質問で、この声でまた気持ちがざわつき始めた。
「・・・早く、治りますように?」
「いや『発病しませんように』だよ」
サラッとニコラスを否定した言葉は、その小さな子供の心を一気に落とした。
「発病・・・発病って・・・」
頭がまるで付いていかなかった。
気持ちも付いていってなかった。
「ジャガー病を知ってる?
その様子だと、そこそこは知っているかな」
「ジャガー病は・・・モンスターがかかる病気ですよね?」
今までの夢が脳裏に浮かんできた。
「そのとおり。
ジャガー病とは、元来モンスターがかかる病気だね。
モンスターがこの病気を発症すると、百パーセント発狂して絶命。
ウイルス性でね、それ自体はあまり強くなくて、空気中にウヨウヨいたりする。
普通なら感染しないのだけれど、免疫力が著しく低下・・・ああ、免疫力ていうのはね、体に入ってきたウイルスや細菌といった病気の元となる異物から、自分の体を守る力のことなんだけれど、これはモンスターも人間も一緒ね。
つまり、めちゃくちゃ弱っているモンスターが感染してしまう事があって、感染したら発症まではそのモンスターにもよるけれど、長くはもたないね。
で、モンスターが自然に感染したことを『一次感染』もしくは『自然感染』と言って、感染したモンスターに噛まれたり、引っ掛かれたりして唾液や血液が体内に入ることで感染することを『二次感染』として区別しているわけ。
二次感染は、免疫力があってもなくても強制的に体内にウイルスが入って感染してしまう。
発病までの時間を潜伏期と言うけれど、それはその個体の持っている免疫力で違いが出てくる。
人間の場合、発病すると発狂ではなくて、人間でなくなるんだよ。
知性・感情・意欲・理性といった人間性やもそれまでの記憶も破壊され、姿もモンスターそのものになる。
人間ではなくなるから、発病したら人間としては終わりだね。」
「・・・じゃあ・・・」
結界石があるのに・・・
病室のモンスター・・・
夢に出てきた、教会から出てきたモンスターたち・・・
ドキドキと、心臓の音が煩い。
ドクドクと、血が流れる音が聞こえた。
「ジャガー病は、月が欠けると発病しやすくなる。
一番発病率が高いのは、月が姿を消す新月の夜。
まぁ、感染したウイルスの型によっては、半月でも発病するけどね。
で、それを抑えるのが、月の欠片と言われている、この月の石。
月の女神像は、月の岩を削って作っているんだよ」
「じゃあ、僕の集落は・・・母さんは・・・」
耳元でアニスの声がよみがえった。
部
屋から見える月はとても細く、すぐにでも夜の闇に溶けてしまいそうだ。
「僕の集落は、ジャガー病に侵されているってことですね?」
「全員とは言わないけどね」
「・・・母さんは僕に『貴方は違うのだから』と言っていました。
それは、僕が感染してないと言うことですよね?」
もうすぐ新月。
発病率が一番高くなる時期。
「君は、あの集落の子供だから、『絶対』とは言い切れないね。
さて、ここまで知った今、君はどうしたい?」
「戻ります。
行かせてください。
後悔、しないように」
シンは暫くニコラスを見ていた。
「後悔しないように・・・ね。
それが、君のエゴでも?」
「僕の・・・エゴ?」
「そう、エゴ。
利己的主義。
自分の事を優先して、他の人のことを無視すること」
シンの雰囲気が変わった。
幼いニコラスを、頭から押さえつけるかのように、声に圧がかかった。
「君があの集落に戻ることで、君の母親のとった行動や気持ちはどうなる?
同行してくれている人の気持や安全は?」
全て、台無しだ。
その言葉が重い石のように胸の中に落ちてきた。
「時間は巻き戻らない。
そう言ったけれど、それを可能にする魔法はある」
戻る事ができる。
あの集落から出る瞬間に、戻ることが出来る。
それは、ニコラスにはとても魅力的だった。
「ただし、過去を変えたら未来も変わる。
例えば、五分前に戻り事故で亡くなった恋人を助けたとする。
恋人は死なないが、代わりに誰かが死ぬ。
変わりの誰かは、全くの他人かもしれないし、近しい人かもしれない。
その覚悟があるなら、いつでも時間を巻き戻すのを手伝ってあげる」
生き返っても、代わりに誰かは死ぬ・・・
想像でしかないがゾッとした。
ゾッとしながらも、集落の隠されたことを知りたい、母さんを守りたいと今まで以上に強く思った。
「シンさんは、絵本で見た悪魔の囁きのようですね」
ツンと、胸を突っつかれて、胸中を見透かされた気がした。
「誘惑は悪魔の専売特許。
私は神様ですよ」
今までの雰囲気を、ウインクとふざけた口調で一気に吹き飛ばした。
「いいんじゃない?
君はまだ子どもだもん。
エゴだろうが我儘だろうが、今はやりたいことをやればいいと思うよ。
ただ、危険を承知で、一人で行くのはいただけないなぁ。
無謀は馬鹿がすることだよ」
「シンさんは、強いですか?」
「もちろん、強いですよ~。
力はそうでもないけれど、頭はいいからね。
頭脳を武器に戦える。
でも、君のお供はしないよ。
危険と知っていてわざわざ行くなんて、馬鹿のすることだからね。
ま、たきつけたのは僕みたいなものだから、これをプレゼント」
ニコラスの考えなど、お見通しのようだ。
「・・・月の女神像」
二人の間に置かれたのは、手の平サイズの女神像と聖水のビンだった。
「危なくなったら、聖水をこの像にかける。
すると結界呪文が発動する。
像を中心に半径2メートルにモンスターは入ってこれない。
OK?」
素直に頷いたニコラスを見て、シンは優しく微笑んだ。
「だいたい、10分は効果があるから、その間に次の手を考えなさい。」
ニコラスはお礼を言って、それらを腰に下げている袋に入れた。
「と言うことで、意思は強いみたいですよ。」
「あっ・・・」
後ろを見ると、ドアの所に旅人が立っていた。
その姿は、しっかりと旅支度を整えていた。
「何をしたいのか、大体の予想はつきます。
自分の命を最優先にすること。
約束、できますか?」
軽いため息の後に出た言葉に、ニコラスは驚いてマジマジと旅人を見た。
表情が動かない。
伏し目がちな瞳も相変わらずだった。
「はい・・・じゃあ・・・」
「貴方のお母様に約束しました。
貴方を無事に送り届けると。
・・・不本意ではありますが、同行しましょう。
不本意ですが」
「あ、有難うございます。
よろしくお願いします。
えっと・・・」
表情も読めない、素性も知らない、それどこらか名もまだ知らないこの旅人に、ニコラスは親しみを覚え始めていた。
だから、幼い手は自然と出た。
「左手を」
「あ、はい。
…イタッ!」
言われるままに手を変えると、薬指の先端に焼けたような痛みが襲った。
「その血で、これに名前を書いてください」
小さい指を切ったのは、旅人の細身の護身用ナイフだった。
ローブの袖から出された茶色い卵に、ニコラスは言われるままに名前を書いた。
その卵をニコラスの両手に持たせ、旅人はナイフを卵の上に置き、刃に聖水をかけた。
「汝の主、名をニコラス・タルボット」
魔力を含んだ言葉だったのか、卵が微かに光った。
「私はクレフ・ダグラスです」
初めてニコラスと合わせた瞳は、少しだけ暖かく見えた。
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