詩が伝えるもの
横山記央(きおう)
詩が伝えるもの
「店主、例のヤツまた来てましたよ」
「もしかして、エースバー?」
「ええ、今回のはこれですね」
タグラムは、店員が差し出した一枚の紙を受け取った。
『
まだ、僕の中に君への思いが残っている
寄せては返す波のように、繰り返し思い出してしまう
泣かせてばかりいたけど、それでも好きだったんだ
勝手な言い分だと分かっている
優しくできていたら、違う未来につながっていたのかも
どれだけ悔やんでも、今となっては悔やみきれない
呪いのように、この先も僕を蝕み続けるだろう
近くにいたかった、誰よりも近くで守りたかった
叶わない望みだから、いつまでも消えないのだろうか
さすらいの詩人エースバー
』
さすらいの詩人エースバーと名乗る人物による詩が、宿屋『眠る獅子亭』の郵便物に入り込むようになったのは、今年の初め頃からだった。
「このエースバーさん、何が目的なんでしょうかね。さすらいって言うくらいだから、この街の人間じゃないって意味なんですかね。お客さんの誰かだったりして」
「もしかしたら、そうかもしれないね」
「それなら、正体を明かしたくないってことですよね。あまり詮索しない方がいいのかな」
「エースバーなる人物が誰であれ、誰かに迷惑かけている訳でもないし、見守るってことでいいんじゃないかな」
タグラムはその詩が書かれた紙をポケットにしまった。タグラムは今までのエースバーの詩を全て保管している。
「店主って、若いのに本とか好きですよね。もしかして、エースバーの詩を気に入ってます?」
「まあね」
眠る獅子亭は、タグラムの曾祖父の代から営んでいた。タグラムはまだ二十歳を過ぎたばかり。両親も健在だが、店の経営は早いうちから覚えろという家訓により、去年からタグラムが店主になっていた。
子供の頃から手伝ってきたとはいえ、まだまだ勉強不足だ。両親のサポートを受けながら経営している。覚えることもやることも山積みのため、タグラムは寝る間もないくらい忙しい毎日だ。
それでも、タグラムは自分がついていると思っている。親が高齢で一線を退き、代替わりするのに比べ、親が健在の間に、経営ノウハウを教えてもらえるのは、とてもありがたいことだからだ。
それを踏まえての家訓なのかもしれない。
タグラムが明日の仕込みを終え、帳簿の整理と掃除を完了させる頃には、日付が変わろうとしていた。宿泊客も既に寝静まり、店員も従業員用の部屋に引き上げている。起きているのはタグラムだけだった。
タグラムは一人、地下室へ降りていく。地下室には、食糧や瓶品を保管してある。
「レベッカ、いるかい」
「いるよー」
棚の影からレベッカが姿を現した。タグラムより三歳下の幼なじみだ。
「誰にも見られてない?」
「もちろん」
レベッカが手にした鍵をちらつかせた。
タグラムが前もって渡してあった鍵だ。外から通じている地下室への扉の鍵だった。
「寂しかったな」
そう言って、体を預けてきたレベッカを、タグラムは受け止め、抱きしめた。
タグラムとレベッカが付き合って一年ちょっとになる。しかし、二人の関係は、秘密にしていた。レベッカが、街の代官の娘だからだ。
大きな街ではない。この地方を収める貴族が街を訪れることはほとんどない。そのため、レベッカの親は代官だったが、その実質は、街の領主に近かった。
そのため、子供の頃は一緒に遊んでいたが、年頃になるにつれ、レベッカは自由に外出することができなくなっていた。
「もっと自由に会えたらいいのにな」
「オレが一人前になるまで、秘密にした方がいいって言ったのは、レベッカだろう」
「そうなんだけど、タグラムはもう店主じゃん。そろそろ言ってもいいのかな~って」
「レベッカの親父さん、まだ許してくれない気がするんだけど」
レベッカには、兄と姉がいた。兄は父の後を継ぐべく、街の代官補佐として街の実務に携わっている。
姉は、三ヶ月前に隣街の代官の息子と結婚し、嫁いでいった。
そのことが問題だった。
レベッカの父は、街中の誰もが知るほどの親ばかだった。レベッカの姉がいなくなったことで、今はレベッカを過保護なくらいにかまっている。「レベッカは嫁にやらん」というのが、最近の口癖になっていることは、誰もが知っていた。
もしここで、タグラムと付き合っているなんて分かったら、反対される気がした。
「そうなんだよね。タグラムの評価は良いはずだけど、私が絡んでいるとなると、ね」
タグラムの宿屋は街で一番古く格式のある宿だ。代官の次女であるレベッカと比べて、釣り合いが取れない訳ではない。
「もうしばらく、エースバーでいないとダメかなー」
「あまり残念そうじゃないね」
「えへへ。意外と、言葉遊びの詩を書くのが面白くなって来ちゃってね」
さすらいの詩人エースバーは、レベッカだった。綴りを逆にしただけだ。
最初は、レベッカからの手紙だとバレないように、言葉遊びをかねて擬装したのが、始まりだった。それを続けるうちに、エースバーの詩という形で、デートの時間と場所を伝えるのが、二人の間の定番になった。
「今回は『真夜中宿の地下』だったけど、結構バレないもんだね」
レベッカの詩を読んだ店員は、何も気付いてなかった。
「縦読みするだけってのが、案外盲点なのかもね」
詩が伝えるもの 横山記央(きおう) @noneji
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