第37話 兄の思い その1

「まてまて~!」


「きゃははは」


 走り回るわらべたち。今日も今日で、高江洲家は相変わらずのにぎやかっぷりである。


「アンドレさん、今日もご飯食べていかれますよね?」


「あ、はい。いただきます」


 台所で夕食を作る高いも2に、俺はお呼ばれされる旨の返事をした。


「アンドレもすっかり俺んに溶け込んできたな」


「好きでそうしてるわけじゃない」


「ま、演奏もなかなかいい感じだし、この調子なら問題なさそうだ」


 いよいよ明日の本番に備え、俺たちは最後のギター練習をしていた。ここ数日、勉強と睡眠時間を惜しんでいてきたレクの準備も今日で終わる。

 無茶ぶりな缶蹴りメンバーにはクラスの連中を充当したし、お菓子は350円以内だし、行き先での昼食などもぬかりない。

 あとは明日を無事に乗り切れば、このしんどいフィールドワークからようやく解放される。安堵にはいささか早い気もするが、だいぶ気が楽なのも事実。


「でな、楽曲なんだけど、やっぱり『カンドレ・マンドレ』も追加しないか?」


「まだ言ってる……なんなんだ、そのわけのわからん歌は?」


「井上陽水が旧芸名で出した楽曲だよ。ちなみに彼の当時の芸名は『アンドレ・カンドレ』だ」


「知るか! 完全に出オチじゃんかよ。そんなもんにこれ以上く時間はない」


洒落しゃれが聞いてるし、ウケると思うんだがなぁ~」


「お前そもそもいくつだよ」


 高校生には絶対ウケないであろう、しょうもない提案を一蹴し、レクの曲は予定通り二曲で進めることとなる。

 しばらくして高母たかははも帰宅し、夕食タイムとなった。今日はサバの味噌煮か。川岡ほど旨いというわけではないが、どこか優しさのある味。この夕食時間が悪くないからこそ、この数日を乗り切ってこれたのかもしれないな。

 思い返せばこの数年は、勉強に次ぐ勉強で、家族団らんでの夕食なんて……。


「あの、アンドレさん? どうかしましたか?」


「え? あ、いや、なんでもありません」


 高いも2が心配そうにこちらを見ている。どうやら物思いにふけっていたようだ。

 

「もしかして不味まずかったですか?」


「いえ、そんなことないですよ。すごく美味しいです」


「よかった。あ、それでアンドレさん。今日も数学の勉強を見てもらえませんか? またわからないところがありまして」


「ああ、いつものね。お安い御用ですよ」


 実はここ数日、夕食後に高いも2に数学を教えているのだ。中学レベルの範囲だし、俺にとっては造作もないこと。


「アンドレさんの教え方がわかりやすいので助かります」


「そんなことないですよ。たかいも……えっと、妹さんが優秀なんです」


「なぁアンドレ、お前さえに妙に丁寧だよな。もしかして気があるとか?」


 高江洲がこちらをじーっと見ている。


「ば、馬鹿を言うな。俺は誰にでも丁寧だぞ」


「そ、そうだよ、アンドレさんは優しいんだから。お兄ちゃんこそ変なこと言わないで!」


 高いも2の頬が紅潮こうちょうしているような気もするが、気のせいだと思いたい。


「へぇへぇ」


「アンドレの兄ちゃん、ついでに僕も教えて~」


「私も~」


「はぁ? あんたたちもまだやってなかったの? レン君に迷惑でしょう!」


「いえ、気にしないでください。あくまで夕食のお礼ですから」


 この際だ、小学生の勉強もまとめて面倒見てやる。ふっ……二回目だが、俺には造作もないことだ。


「そう? 悪いわね、レン君」


「はは……」


 すっかり名の原形のないレン君こと、俺、安藤作仁なのであった。

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