小枝は小春びより

若狭兎

天候は転校のち晴れ

第1話 ひより注意報

 桜前線が到来した季節。いわゆる入学シーズンといわれる時期だ。気温も少しずつ上昇してきており、高気圧で晴々とした良い天気。


 しかし、そんな中でも俺の心は冬真っただ中だった。なんてったって本日は転校初日。初めての通学路で不安に駆られ、舞い散る桜の花びらなどに、とても思いをせる気になどなれない。

 そして、これから通うことになるであるド田舎の学校を一目見た瞬間、その不安はより一層深まるのであった。


♢♢♢


(詰んだな……)


 ただ茫然ぼうぜんと校門前で立ち尽くす俺の名は安藤あんどう作仁さくひとである。

 とある複雑な事情から転校を余儀なくされ、この名桜高校なざくらこうこうに受け入れてもらったのだが……学校が想像以上に古い。親が勝手に決めた高校ながら、流石にこれはないだろう。


「なんでこんなことになっちまったんだ。俺は、ただ……」


 思わず口からこぼれ落ちそうになる泣き言をかろうじて飲み込む。転校初日とはナーバスになりがちなもの。だが、今からこんな弱気でどうするんだ。俺を見捨てた奴らを見返してやると決めたじゃないか。


(やり直すんだ、ここから)


 投げだしそうな気持ちを奮い立たせ、校舎へと向かって歩を進める。


「はわわわ、遅刻しちゃいますよ~」


 すると、トボトボ歩く俺の横をすかさずダッシュで駆け抜けていく女がいた。


「コホッ、コホッ! なんだ、ありゃあ」


 砂塵さじんを巻いてダッシュする姿は正に韋駄天いだてん並み。駆け抜けていき、あっという間に見えなくなった思いきや……。


「どわっ!」


 砂ぼこりが晴れると、いつの間にかそいつが目の前に立ち、まじまじと俺の顔を見つめていた。


「やほほー。見かけないお顔さんですね!」


 なんだか、いままでの砂ぼこりを一気に洗い流し去ったような、潤いある笑顔を俺に向けている。台風のような、太陽のような、よくわからない人物だ。


「えっと、君……この学校の生徒?」


「あっ! これは自己紹介が遅れました! 私、小枝さえだひよりといいます」


 深々と頭を下げるそいつ。


「これはご丁寧にどうも。俺は……」


「もしかして、今日から来る転校生さんですか?」


「知ってるのか?」


「はい♪ なんたって」


『キーンコーン』


「はわわわ、チャイムが鳴っちゃいました! 遅刻したらまずいので、先を急ぎます!」


「お、おい」


「また後でお会いしましょう~」


 手を振りながら、そいつは先ほどのようなスピードで瞬く間に見えなくなってしまった。まるで、春の強い光にあてられたような……そんな眩さが場に残った気がした。


 確か小枝ひよりといったか……とんでもない人物な気がする。次会うときは、少し警戒しよう。ひより注意報というやつだな。

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