第2話   結婚式(1)

「どんな儀式ですか?」


「婚礼の儀式だ。人間界と違って、2人だけの儀式だ」


「婚礼ですか?嬉しいです。わたし、白いウエディングドレスに憧れていたの」


「どんなドレスがいいいか想像してみるがいい」


「……えっと」



 アリアは必死に考えた。

 噂でしか聞いたことのないドレスは、聖女のワンピースしか思い浮かばない。



「ランス様、わたし、ウエディングドレスを見たことがないの」


「見たことがないのに、憧れていたのか?」


「……そうね、変よね」



 聖女達が話している事を想像しただけだ。一生着ることができないウエディングドレスの話だ。それでも、少女達は夢を見ていた。その少女達を見て、アリアも夢を見た。美しいドレスを着てみたいと……。



「婚礼は深夜の0時だ。地下の神殿で行う。夕食後、白いドレスを用意しよう」


「ランス様、本当に?」


「夕食後、ミーネに身体を磨いてもらえ。準備ができた頃に迎えに行こう」


「はい」



 嬉しくて、アリアは笑顔になったのが分かった。



「私の妻になるのなら儀式は早めにしておかないと、心配だからな」


「心配な事があるのですか?」


「ベルの二の舞は、こりごりだ」


「……誰かに奪われるということですか?」



 エスペランスは頷いた。



「名前の次に、アリアは私の弱点になる。アリアの存在に気付かれる前に婚礼を行い、契約を済ませたい」


「今からでもいいのよ?」


「魔族の力は、深夜の0時に一番強くなる。その時間に儀式を行いたい」


「分かったわ。わたし、ランス様の弱点になりたくはないの。儀式をお願いします」



 エスペランスは嬉しそうに微笑んだ。その顔を見て、アリアも嬉しかった。



 +



 2人で夕食の時間にダイニングに行くと、執事のカエムルが椅子を引いてくれる。

 豪華な料理が並び、シェフが肉を目の前で切り分けてくれる。

 お皿に美しく並べられ、アリアは感動して、手を叩いていた。



「すごいわ」



 ナイフを自在に操り、美しく盛り付ける技術は素晴らしい。

 アリアは料理を作ったことがない。もちろん食材を調理するナイフも持った事がない。



「奥様、ありがとうございます」



 シェフが頭を下げて、厨房に入っていった。



「気に入ったようだな?」


「初めて見たの。盛り付けも美しくて感動しました」


「こんなに喜んでもらえたら、シェフも喜んでいるだろう」



 アリアは「いただきます」の祈りをした後に、感謝の祈りもした。



「神には祈るなよ」


「はい。祈っていません。いただきますの祈りです」


「さあ、お食べ」


「はい」



 お肉料理は、何年ぶりだろう。

 教会では卵は出るが、肉までは出ない。サラダとスープとスクランブエッグが毎日の食事だ。スープがコーンスープか、ただのスープの二択だ。パンの種類が変わるだけで、メインの料理は変わらない。

 こんなに贅沢な料理は、ここに来て、初めて食べた。



「美味しいです」


「たくさん食べなさい」


「はい」



 涙を拭いながら、料理を食べる。

 嫌われていた、アリアの料理はいつも少なめで、いつもお腹を空かせていた。

 モリーがグラスにオレンジジュースを入れてくれた。



「奥様、ごゆっくりお召し上がりください」



 アリアは何度も頷く。



「アリアは痩せすぎだ。聖女に食べ物も与えないとは、魔界は舐められておったのか?」


「魔窟の力を押さえるための祈りですから、使い捨てだったのではないでしょうか?早く魔窟を鎮める聖女様になりたくなるように、とても質素な洋服を着せられていました。聖女様の仕事を終えたら、幸せに結婚できると言われていましたもの。聖女の中で真実を知っていたのは、わたしだけでした。皆さんは、わたしを嫌っていたので、話すこともなく。わたしも真実を伝えようとは思いませんでした。埋葬も、最近では集団墓地ですもの。聖女の真実を知れば、誰もやりたがらないでしょう」


「人間界を攻めてやろうか?」


「駄目です。たくさんの人が死んでしまいます」



 アリアは食べるのを止めると、エスペランスを止めようと、逞しい腕にしがみついた。



「アリアが嫌がるなら、今は様子をみよう」


「ありがとうございます。でも、わたし、誰を救おうとしているのでしょう?わたしの味方は1人もいないのに……」



 はぁ……とため息をつくと、エスペランスが「食べなさい」と言った。



「はい、いただきます」



 豪華な料理を食べると、シェフがケーキを持ってきた。大きなケーキを見て、アリアは微笑む。



「結婚式のケーキだ」


「結婚式にケーキを食べるのですか?」


「そういう風習のある地域もあるようだ」


「わたしケーキを食べたことがないの」


「そうか、たくさん食べなさい」



 シェフが切ってくれる。

 お皿に移され、一緒に紅茶を出された。

 高級なフルーツがふんだんに載せられたケーキは、宝石で飾られているように美しくどこから手を付けていいのか分からない。



「どうした?食べないのか?」


「とても綺麗ですもの。食べてしまうのが勿体ないわ」


「見ているだけでは食べられないぞ」



 エスペランスはケーキを掬って、アリアの口に入れた。



「美味しい……」


「たくさん食べなさい」



 私は夢中で食べ出した。とても美味しくて幸せだった。



「もうお腹がいっぱいよ」



 たくさん残されたお肉やケーキを見て、勿体ないと思う。



「明日もこのお料理でいいわ。勿体ないもの」


「料理はここで働く者も食べる。安心しなさい」


「お先に手を付けてしまってごめんなさい。これからは、食べる分だけでいいのよ」


「気にするな」



 エスペランスは、アリアを抱き寄せる。



「きちんと分けてある。見栄え良く飾ってあるだけだ」


「そうなのですか?」


「心配するな」


「……はい」



 執事が椅子を引いてくれる。



「さて、行こうか?」


「はい」



 エスペランスはずっと手を引いてくれる。

 階段を三階まで上って、アリアの部屋に連れて来てくれた。

 ミーネが「お帰りなさいませ」とお辞儀をした。左右に揺れる尻尾が可愛い。



「食後だから、少し休むといい。深夜に挙式を行う。時間を見計らって、アリアを美しく磨いてくれ」


「畏まりました」



 ミーネが嬉しそうにしている。



「髪は長いまま下ろしておいてくれ。ドレスは時間を見て持ってくる」


「畏まりました」


「私は準備をしてくる。少し仮眠をしてもいいだろう」



 置いていかないで欲しい。一緒にいたい。アリアはエスペランスの手を放せずにいた。



「寂しいのか?」



 アリアは頷いた。



「すぐに迎えに来よう」


「本当に?」


「約束は守る」


「はい」



 アリアは、渋々手を放した。



「待っていなさい」



 抱きしめて頬にキスをしてくれた。

 そうして、エスペランスは部屋から出て行った。


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