ヒロインに転生したら悪役令嬢はまさかの裏切りの元親友だった~仲良くしましょうと言われてももう遅い。ちょっぴり魔法が使えるだけの町娘として堅実に生きるつもりなので悪役ムーブのフォローは一切しません~
宗凪 憬
第1話小さくて大切な日々
「ん?……エツハ?」
「どうした。エリカ」
回し読みしていた情報誌を凝視したまま固まっている私を心配してくれたのか、幼馴染のレイ・シャノンが覗き込んできた。
「なに、第二王子グレアム・シェフィールド様と侯爵家令嬢エツハ・ダンヴァーズ様の婚約を発表……。これがどうしたんだ」
「うーん。どうもしないんだけど」
エツハという文字を見たとたんに既視感を覚えた。
それに、何か引っかかる。こう、モヤモヤ―っとする。
でも、自分の名前を呼ばれた時だって既視感を覚える時はあるし。気のせいってことも……。
「体調が悪いのか? 母さんがエリカが好きなハーブ入りクッキーを焼いたんだけど、どうする?」
「それだッ」
「えぇ?」
レイはシャノン家に代々伝わるクッキーレシピに否定的だ。
色々と健康に良いらしいんだけど、お菓子に薬膳は求めないらしい。
本来は私だって同感だ。だけどレイのお母さんが焼いたクッキーは特別美味しいのだ。
ぐうぅぅぅぅ。
思い出すとお腹が鳴ってしまった。
「エリカ……。本当にあれが美味しいと思ってくれているんだ」
「もちろんよ!何だかモヤモヤしてたのはお腹がすいていたからみたい。ささ、行きましょ行きましょー」
なーんだ。そうと分かればお腹の音を聞かれてしまったことが気になってきた。
ごまかすように背中を押して近所にあるレイの家に向かおうとする。
「エイミーおばさん。そういうわけで、行ってきます」
「行ってきまーす」
「ちょっと待ちなさい。これ持って行きなさい」
母はアストリー家の小さな庭で鳥たちと競争して採った渾身の木の実を持ってきた。
「はーい。行ってきます」
「行ってらっしゃい」
家を出て手を繋いで歩く。
以前盛大にコケてからレイは手を差し出してくれることが多くなった。紳士だ。
「あら、レイ君とエリカちゃん。こんにちは」
「こんにちは」
近所の花屋のおばさんと、同じく近所に住むお客さんだ。
「あらー。手を繋いで、可愛いわねー」
「え、えへへ」
こういうの、何て答えて良いか困る。
横を見るとレイは無駄にキリっとした表情でいる。
レイは家族と私たちアストリー家の人と以外あまりしゃべらない。面倒見は良いけれど、基本的にシャイなのだ。
レイがもう行こうと後ろから私の裾をちょんちょんとひっぱったので、挨拶してその場を離れる。
花屋の先をちょっと進んで右の角を曲がるともうすぐレイの家だ。
その前に、時おり馬車が往く石畳の大通り沿いにあるパン屋の軒先で近所の人と話す父を見かけた。
休日だからかふにゃけた顔をしている。
「おとーうさーん。レイの家に行ってくるねー」
「おう。夕食までには戻りなさい」
「はーい」
平凡だけど幸せな日々。
週に三日の就学舎や周囲の大人たちが教えてくれたことによれば、グレンフォルド王国に住む町民は他の国の町民と比べて豊かな暮らしで幸せらしい。
実際私自身も『お姫様に憧れる』とか『ドレスを着てみたい』とか思う時があっても本気で他の誰かに、何かになりたいと思ったことは無かった。
だからこそ。
私はこの日感じた既視感ともう少し真剣に向き合っておくべきだったのかも知れない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。