お金持ちの女に高級外車で連れ回されるだけの話
横糸圭
金持ちの女
その日俺は、3ヶ月付き合った彼女に振られた。
高校から彼女の家まで一緒に帰っていたところで振られた。
「くそっ、くそうっ……!」
忠犬ハチ公の隣で、みっともなく泣いた。
振られた理由はなんだっただろうかと必死に考えた。顔が悪かったのか、性格が悪かったのか、お金が足りなかったのか、頭が悪かったのか。
何かが足りなくて振られたんだろうが、恋愛経験の少ない俺には推論をするほどの思考材料もなかった。
「……ちくしょうっ」
「あらあら、そこで何をしているのかしら?」
何もかもどうでもいい、そんな気持ちで周りを気にしていなかったからか。
後ろから声をかけられた。
「彼女に振られてばかりの顔をしているけど?」
「……うっせ」
とても腹立たしいその言葉を投げてきたのは、自分より年上の女だった。
ラフな格好をしてはいるが、履いているスーツはかかとの高いヒール。
見るからに高そうなアクセサリをいくつもつけていて、そういったところも鼻につく女だ。
「まあでも彼女に振られるくらいは、人生経験だと思った方がいいわよ」
「バカ理論で話しかけてくんなバカ」
「……はーん、生意気なクソガキね」
なにが人生経験だ。お前は初めて振られたときに、そんなことを思えるのか。人生経験だって思って、感情を割り切れるのか。
「まっ、正直に言ってクソガキンチョに興味なんかないけど、どう? 一緒についてくる?」
「どういう論理でそういう話になったんだ」
「彼女に振られたくらいで自殺でもされたら、こっちも寝覚めが悪いからね」
「赤の他人の寝覚めなんて知ったことか」
「まあ、とりあえずついてきなよ」
そう言って女はカツカツと歩いていく。
その後ろ姿を、じっと見ていた。
「……って見てるだけじゃなくてついてきなさいよ‼︎ というか普通今の流れだとついてくるでしょ!」
「知らない人について行くなって言われました」
「最近言われたのは、『あなたのこと、もう好きじゃないの』でしょ」
「うっ」
ピンポイントなところを突いてくる女。許せねえ。許せねえよ、俺。
「まあとりあえずついてきなよ。大丈夫、傷心中の男をラブホに連れ込む趣味はないから」
「男漁りの趣味がありそうな発言はやめた方がいいぞ」
俺はその時どうかしていたのか。
俺は彼女についていく決断をした。
「乗って」
「ポル◯ェかよ……」
「あら、高校生で高級車を知ってるのね。ませたクソガキじゃん。ま、これは最近出た電気で走るやつなんだけどね」
「さらっと自慢するな」
高級車に乗るのは初めてなので、ゆっくりと扉を閉めた。
この女のことだ。少し壊しただけですぐに弁償とか言ってくるに違いない。
「じゃあ、どこまでいこっか」
「家に帰してくれると電車代が浮いて助かる」
「高級車内でケチなこと考えるな」
俺の言葉を無視して、車は走り出す。高級外車によくあるエンジン音はそもそもEVなのでなく、代わりに何か力が溜まっていくような音と共に走り出した。
「どこに向かってるんだ、これ?」
「まあとりあえず海沿いを走ろうか」
「ここ東京なんだけど……どこまでいくつもりだよ」
俺は両親が家にいない一人暮らしなので特に問題はないが、どうやら遠くまで行くらしい。
「名前聞いてもいい?」
「
「橋良くんね。私はそうだね、社長と呼んでくれるかしら」
「絶対にお前、生意気なクソガキに『社長』って呼ばせて自己満足したいだけだろ」
「勘のいいクソガキは嫌いだわ〜。
播磨はまっすぐ前を見ながら車を走らせる。
この女の目的はおろか、何を考えているのかもさっぱりわからない。
ここは適当な話から始めるか。
「年収いくらなんですか」
「初対面の女に年収を聞く君の貞操観念はどうなってるの?」
「じゃあ、独身なんですか?」
「世が世ならお金を使って殺してたわねあなた」
ひどい話である。高校生を拐っておいて、殺す宣言までされてしまった。
「でもやっぱり社長だったんだな。結構大きな会社なのか?」
「いや、そんなにだね。でも私の年収は3億くらいはあるよ」
「ぶっ飛んでんな」
まあでも年収3億ということは1.5億円は税金で取られているということだ。ざまあみやがれ。今の俺は他人の不幸も喜べる男だ。
「それで橋良くんは高校生?」
「ああ」
「部活は?」
「数学部だ」
「陰キャね」
「全国の数学部員に謝れ」
最近の風潮からして、陽キャも蔑称になりつつあるけどな。
全人類蔑称計画なんてものがあるなら、多分俺たちはその計画にまんまと乗っかっている。
「でも高校生が彼女に振られただけでそんなに落ち込むもの? あ、もしかして初めてできた彼女だったのかな? 数学部だもんね」
「勝手に納得するな」
「まあでも高校生の恋愛なんて、どうせ一緒に帰ったり一緒に遊んだりってくらいでしょ? 別にいいじゃない」
「……ひどいもんだ」
たしかに高校生の恋愛なんて大人から見たら大したものじゃないかもしれない。
所詮は高校生の範疇を超えないものだし、結婚を見据えているわけでもない。部活、勉強、青春の要素の一つにすぎない。
だがそれでも。俺にとっては……。
「彼女との馴れ初めを聞かせてよ」
「なぜ初対面の女にそんなこと話さなければいけないんだ」
「いいじゃない。話した方が楽になるかもよ?」
「そんなこと……」
むしろ逆だと直感では思った。
だって彼女との思い出を語れば語るほど、あの楽しかった頃を思い出してしまうから……。
「出会いはさ、普通だったんだ」
だけどいつの間にか俺は、彼女の言われるままに話してしまった。
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