天から来たりし血みどろ女!
ニシマ アキト
第一章
第1話
そこには、とても仲の良い二人の姉妹がいました。
しっかり者で気が強く、女性らしい気高さを持つ姉と、ドジを踏むことが多く気弱で、女性らしい可愛らしさを持つ妹の、二人の姉妹がいました。
その姉妹は、生まれたときから両親がおりませんでした。その姉妹は物心ついていないような時期からずっと、誰の力も借りずに二人だけで手を取り合って支え合って、なんとか生きてきました。
お互いが唯一の家族である姉妹は、お互いのことを本当に大切に思っていました。そして、大切に思っていたからこそ、ときには衝突することもありましたが、必ず三日以内には仲直りをしました。
ときに笑い合い、ときに怒鳴り合い、ときに泣き合って、二人で仲睦まじく生きていました。
そんなある日、姉妹のうちの一人、妹が行方不明になってしまいました。
それはあまりに突然の事態でした。姉はひどく混乱しました。忽然と、妹は姉のそばから消え去ってしまったのです。
姉は半ば錯乱したような状態で、妹を探し回りました。街中を駆け巡り、妹が行きそうな場所も、妹が行かなさそうな場所も全て探し回りました。が、しかし、妹はどこにもいません。結局、姉は妹を見つけることができませんでした。姉は途方にくれました。姉は道路の真ん中で膝をついて、泣きじゃくりました。
妹は、誰かにかどわかされるような人ではありません。誰かに殺されてしまうような人でもありません。生まれたときから自立して、自分たちだけの力で生きてきた姉妹の片割れが、そのようなか弱い存在であるはずがありません。つまり妹は、自分の意志で、意図的に姉の前から姿を消したのです。
姉は、姿を消す前の妹の様子を思い出そうとしました。妹が自分の意志で姿を消したのであれば、そういう兆候があってもおかしくありません。その兆候がわかれば、妹の居場所も推理できるのではないかと考えました。しかし、どれだけよく思い出してみても、以前の妹に変わった様子があったとは思えませんでした。
妹が失踪してから半年ほどが経過したころ、姉ははたと、妹が失踪した理由についてのある考えが浮かびました。
失踪する前の妹は頻繁に、夜になると姉の寝床に潜り込んできました。姉はそれをかなり鬱陶しく思っていたのですが、布団の中で身体を震わせて姉にしがみつく妹の姿を見ると、何も言えませんでした。そのとき、妹はよく、譫言のように『死ぬのが怖い』と誰へともなく呟いていました。姉にはその言葉の意味がよくわかりませんでした。死ぬということの何がそこまで恐ろしいのか、姉には理解できませんでした。姉は妹にその疑問を投げかけましたが、妹は俯くだけで何も答えませんでした。きっと、心が繊細で臆病な妹だからこそ、死なんてものを恐れるのだろう。それは一般的なものではなく妹の特殊な感覚なのだろう。いずれ妹の心が成長すれば、妹は死を恐れなくなるだろう、と姉は楽観的に解釈していました。
しかし姉は、妹が姿を消してから半年経って、死を恐れるという感覚が妹の独特のものではないことを知りました。この世に生きる生物は皆、少なからず死を恐れていることを知りました。一般的ではない、特殊な感覚を持っていたのは姉のほうだったのです。
もしかすると妹は、姉のことを恐ろしく思ったのかもしれない。一般的な感覚を持たず、死を全く恐れない姉のことが末恐ろしくなったのかもしれない。姉が普通一般から大きく外れた人生観を持っていることを察知して、恐れおののいたのかもしれない。そう考えると、姉の中で腑に落ちるものがありました。妹が姉から逃げているからこそ、姉には妹を探し出すことができないのです。妹が意図的に姉を避けているのであれば、姉がいくら探しても妹が見つかるはずがありません。
しかし妹は、残念ながら姉の力を借りずに一人で生きていけるような力は持っていませんでした。妹は自分の身の安全を守ることはできても、しっかり者の姉とは違い、一人でこの世をどう渡っていけば良いのかわかりませんでした。そしてそのことは姉にもわかっていました。姉が妹のことを支える場面は多々あっても、妹が姉を支える場面はほとんどなかった、ということに姉は気づいていました。だから姉は妹の安否をひどく心配していました。妹が自分の意志で姉を避けていることがわかっていても、やはり生まれたときから常に一緒だった唯一の家族をそう簡単に切り捨てることはできません。姉は胸が締め付けられるような思いを抱えて、一人で生きていました。
そんなある日、姉は街中で、何の前触れも前兆もなく唐突に、妹の姿を発見しました。
妹はすっかり変わり果てていました。髪はぼさぼさで服はぼろぼろで、表情には生気がなく、まるで浮浪者のような出で立ちでした。いや、実際に当時の妹は浮浪者だったのでしょう。姉は妹の姿を見るなり一目散に駆け寄りました。姉が声をかけると、妹はゆっくりと振り返って、その澱んだ瞳で姉を見つめました。
「…………ずっと、お姉ちゃんのことを探してた。やっと会えたね」
妹はしゃがれた声で小さく言いました。その瞬間、姉は、自分は決定的な勘違いをしていたのだと思い込みました。妹は自分を避けてなどいなかった。妹はずっと自分を探していた、と、そう思い込みました。姉は泣き笑いながら妹を抱きしめました。
「ずっとお姉ちゃんを殺したかった」
突如、妹は姉の腹を突き刺しました。それはあまりにも突然の出来事でした。姉の腹には穴が開き、その中身が溢れ出てきました。姉は崩れ落ちるようにその場に倒れ伏しました。
妹が変わっていたのは外見だけではありませんでした。妹の内面も、なにもかもが変わってしまっていました。
しかし姉は、自分の腹を貫かれても死にませんでした。
その姉妹が死ぬことは、ありませんでした。
その姉妹が死ぬことは、あり得ませんでした。
その姉妹は、何が起きても絶対に、死にませんでした。
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