最後の使用人
久世れいな
最後の使用人
冬の
「どうぞ、こちらへ」
使用人の女性が、
M婦人は、主人を早くに亡くしてからというものすっかり人が変わってしまった。これまでの
主人の他界を境に次々と使用人が辞めてゆき、最後まで残ったのは目の前にいる彼女ただ1人になった。無駄に広い館は半分以上が使われておらず、訪ねてくる者もいないが、
「このスコーン、不味いわ」
「ええと……いつも通りの
「今日みたいに冷える日は水分を気持ち多めに作りなさい。こんなこと馬鹿でも分かるでしょう?
「……申し訳ございません」
M婦人はこの使用人のことをとても見下していた。若い、というだけで、何も知らないこの女のことが嫌いだった。
貴族としての振る舞いにはじまり音楽の
しかし、それも長くは続かなかった。使用人の、物事に対する理解があまりにもはやかったからである。馬鹿にするつもりで1を教えれば10を理解し、次の日には既に技術として自分のものにしていた。踊りや歌を、婦人と
*
ある日のこと、ソファに腰掛け編み物をしていると使用人が1通の
「奥様、こちら今朝届けられたものでございます」
「
「ですがっ……私にそのような出過ぎた真似は……」
「あら、口答えするの? それとも、わざわざ字の読み書きを教えてやったのに出来ないと言うつもり? ……早くなさい」
婦人はこの使用人に対して時間を取ってしっかり教えてなどいない。「これは何と読むのですか?」と
使用人は慣れない手つきで
「昔交流があったR家で、
「ふぅん。思ってた通りかい、あぁ嫌だ嫌だ」
「奥様、これが招待状だと見抜いていらしたのですね」
「そっちのことじゃないわ。ま、別にどうでもいいけど」
「ええっと……?」
M婦人は編み物を置いてため息をつくと、使用人の持っている手紙を指さした。
「それ、お前が1人で行きなさい」
「申し訳ございませんが、仰っていることの意味が分かりません」
「ああいう場はもう懲り懲り。あたしの代理でR氏に挨拶してきなさいと言っているの。
「…………そんな」
「服は適当に
一方的に命令すると、M婦人は編み物に集中したいからと言って使用人を部屋から追い出したのだった。
*
季節は巡り、世の中はそれ以上にめまぐるしく変化していった。だが、M婦人の館だけは時代の
1つだけ変化したことといえば、あの最後の使用人が出ていったことだった。
彼女はあの舞踏会で貴族の1人に見初められ、「私とではあまりにも身分が違う」と突っぱね続けていたが、それでも
館を出てゆく直前まで人の身を案じ、あれだけ冷たい扱いをしたにも関わらず、あろう事か涙を浮かべて感謝されたのを思い出しM婦人は苦笑する。
「あの
M婦人は誰に聞かせるでもなく独りごちる。その表情は、
最後の使用人 久世れいな @QzeReina
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