侯爵令嬢に転生したけど、常に命を狙われるモブの方でした。~とりあえず生かさせてください!~
鬼灯あヰず
第1話 異世界転生令嬢
「おぎゃぁっ、おぎゃぁ!」
「奥様、おめでとうございます!可愛い女の子ですよ!やりましt…っお、奥様⁉」
「っ早くっ、誰かっ、医者を‼」
「医者はどこだっ⁉」
「……きゃっ、嘘っ!お、お嬢様の瞳……!」
「おい、これって……‼」
「旦那様‼」
クルス侯爵家に、一人の令嬢が生まれた。
それと同時に、クルス侯爵夫人が崩御した。
「ぐぅ。」
冬場のこたつのように暖かい。
暖かさに思わずまどろむ。
それにしても、果たしてここはどこなんだろう。
私は誰になったのかな。
「お嬢様、大丈夫ですよ。リリーがいますから。」
私を抱き上げて、優しくゆすってくれる温もりと声を感じる。
「あ~」
「泣かなくて、いい子ですね。大丈夫ですからね。私がいますからね……」
ぺちぺちと私の専属乳母、リリーの頬を私は叩く。
なんとなく、リリーが泣きな顔をしているような気がする。視界がまだはっきりしていないから、幼児の勘だけれども。
というか、大丈夫ってなんだろう?
何かあったのだろうか。
「あ~?」
「……お嬢様はお優しいですね。」
「あ、あ!」
じたばたして、笑顔になろうと頑張る。だが無理だった、表情筋が硬すぎた。
顎が痛い。
「ふふっ、笑おうとなされているのですか?可愛いですね。」
おおっ、リリーは理解してくれたようである。
「リリー殿!時間だぞ!」
ドアの向こうから叫んでいる、くぐもった男性の声。
リリーは毎日この声が聞こえると帰ってしまう。
「はぁ……私は、もう行きますわね。すぐ戻るのでいい子にしていてください。」
リリーが私の額を撫でて、赤ちゃん用ベッドに戻す。
リリーが外に出た音を聞き届けた。
部屋がものすごく静かだ。
でも、寝る気は起きない。
何かしたいなぁ。
え?なんで私の意識が明瞭なのかって?
仕方ない、説明してあげよう。
私はそう、転生者なのだ‼
え?知ってた?
今、私はまだ名無しなんだけど、前世の名前は
花の中学三年生です。
彼氏いない歴は年齢と一緒。
枯れているのではない、芽生えていないだけだ!
皆様に、ちょっと、私の話を聞いてほしい。
高松瑠美はゲームが大好きだ。スマホゲームはもちろんのこと。ファミコンや外国のレトロなゲーム機も最近入手した。
全て親が過干渉で、金持ちだったためである。
よって、瑠美は愛を使用人と友達、金を両親から受け取って生活していた。瑠美はオープンで明るいゲームオタクだった。
学校も似たような人が多かったので、友達は結構できた方だと自負している。
ゲームと言っても、彼女がプレイしたものは戦闘ゲームよりも乙女ゲームの方が多い。なぜかというと、その理由の一つに、最近話題の『乙女ゲーム転生』というものがあったからだ。
『乙女ゲーム転生』というものは、乙女ゲームを前世遊んでいた主人公が、ある日トラックが突っ込んできて轢かれるか、猫を救う代わりに命を落とすかみたいな、「神様」の不手際によって死んで、その代わりに転生させてくれるというゲーム。
そしてそれは、乙女ゲームなどのゲームのシナリオたちを、たくさん知れば知るほど、転生先で有利になることが多い。
異世界が好きな瑠美は、「できるんだったらいつか異世界転生してみたいなぁ」と軽く思っていたので、乙女ゲームをやりこんだのである。
もちろん、それだけが理由じゃないけれど。
そんな瑠美は、何があったのか、神様に転生させられた。
さらに何があったのか、瑠美は前世の記憶があいまいなのである。
神様、あなた「記憶は残す」って言いませんでした?
「ぶぅ~。」
考えていたら疲れた。幼児の脳はまだ小さいのかもしれない。
「あ、ぶぅ。」
私が転生させてもらったのは、大好きでやりこみまくった乙女ゲーム『悪役令嬢の名のもとに』、通称『あくなの』。
悪役の侯爵令嬢が
ややこしいが、『あくなの』は、平民とか男爵令嬢とかのシンデレラストーリーではなく、ざまぁ系のストーリーということだ。
私は神様に「『あくなの』の侯爵令嬢になりたい!」と言ったから、流石に通じただろう。
そしたら、ローズモンド・ミサエルという名前のはずだ!
彼女は赤髪紫目のナイスバディでツンデレなお嬢様である。
照れるとマジで可愛い。
こっちが照れる。全員惚れる可愛さ。
ゲームを作った人が数々の映画のアニメを作った天才の方々だからか、イラストやスチルが大変素晴らしい。
え?転生して何がやりたいのかって?
よく聞くのだ……。
私は、シナリオは無視して遊びつくす!
悪役にだけにはならないよう気を付けて、おいしいもの沢山食べて、攻略対象を尊んで、聖地をめぐって、だらだらして……
家族も長女のローズに優しいから、一杯愛情を注いでもらえるだろう。
家庭に苦労させられた前世のご褒美だもんね!
ああ、眠くなってきた。
「ぶぅ~。」
とろりとする思考に溺れて、私はそのまま寝ることにした。
良い夢見れるかな。
おやすみなさい。
スゥ、スゥ、と小さな寝息だけが部屋で響いている。
黒い影が窓からその中を眺めていた。
「ふむ……。別荘の窓付近は侵入可能になっているのか。これは……」
黒い影が眉を顰める。
「ぜひ殺してくれ、と言っているようなものではないか。」
窓が開く。風が入り、黒い影が音もなく部屋に降り立つ。
「罠でも無いようだし、例えこの子がいらない子でも、これはひどいな。」
部屋の真ん中にある小さなゆりかごに近づいて、黒い影の指が寝息の主の額に触れる。
「!!これは……」
黒い影は苦笑した。
「まったく、この家の主も狂っているな。」
まだ短い赤子の銀髪を風がなでる。
ふと、ぱちりと赤子が目を開いた。
黒い影は息をのむ。
すぐに赤子はまた寝息を立て始めた。
「『漆黒の瞳』か……」
黒い影はつぶやいた。
「はぁ、攫っていけたら攫っちまいたいが。今日は偵察だけだしな。」
頭をかく黒い影。
「ま、これからの成長によっては、お嬢ちゃんを攫うことになるかもな。」
黒い影は窓辺に立つ。
「さて、ホウレンソウに行くかね。」
一言つぶやいて、黒い影は姿を消した。
「おはようございます、お嬢様。」
「うぅ?」
ぼんやりとした意識が、リリーの声に引き戻されて、薄く目を開ける。
まぶしい、もう朝か……
ちょっと眠い。
「お嬢様、今日は一緒にお名前をもらいにいきましょう。」
「う!」
なんと、今日は命名の日だった!
ついに、名前が付けられるんだ。
ウキウキ、ワクワク
意識がパッとはっきりする。
「ふふ、お嬢様、お喜びなんですね。」
「ふばぁ!」
リリーが目を見開いている。
「お嬢様!もう笑えるのですか!やったぁ。おめでとうございます、お嬢様。」
「ふふばぁ!」
なんと!私はもう笑えるのだ!
天使のような微笑みのローズになるのはいつだろう。
さらに視界もはっきりしてきている。
私は嬉しくて、リリーに抱えられたままで、腕を振り回した。
「ふふふ。」
リリーが背中を優しくたたく。
ゲームの中で、リリーのようなミルクティー色の髪に、緑色の目の、そばかすのある侍女兼乳母は出てきていない。
リリーはいなくなるのだろうか。
ぐぅぅぅぅぅぅぅ……
「「……」」
「ふっ」
リリーが笑いだす。
私の腹の音だ。
恥ずかしい…お嬢様ともあろうものが。
「お嬢様、先にお食事にいたしましょうか。旦那様からは仕度の許可を得ています。」
「だぁっ!」
さすがリリーである。
「では、いきましょうか。」
「ぷぅ!」
はぁ~おなか一杯。
リリーに抱っこされたまま扉に近づく。
なんだかんだ言って、私の意識がはっきりしているときに出るのは初めてじゃないか?
外、どうなんだろう。
ゲームで見た屋敷のスチルのままかな。
ドキドキ
「今から向かいます。」
いつもとは違った、威厳のある声のリリー。
「「はっ!」」
濃い目の茶髪と明るい金髪の若い男性二人が敬礼する。
お~これこれ!護衛騎士に与えられる青い制服!本当に「あくなの」の世界に来たんだ!
「お嬢様、こちらの二方は本日お嬢様を護衛してくださる二人です。」
「だぁっ!」
「挨拶できて、えらいですね。」
リリーが笑って、頭を撫でる。私の髪はまだ少ない。きれいな金髪なんだろうけど。
「おい、リリー殿が微笑んでいるぞ……」
「魔王が……」
「氷の百合が……」
「「笑ってる……」」
私たちが歩く後ろで、ひそひそと護衛達が何か喋っている。
「あなたたち?」
「「は、はいっ」」
リリーが後ろを振り向いた。
心なしか、肌寒い。なんでだろう。
「あなたたち、私語は?」
「「厳禁です!!」」
「よろしい。」
リリーつよい。もしかしたら只者じゃないかもしれない。
再び歩き始める。
もう肌寒さはなくなっていた。
コン、コンコン。
「失礼します。」
「入れ。」
大きくて重そうなドア。
ここに、お父様がいる……!
ぎゅっとリリーの服を握りしめてしまう。
リリーは私の背中を2回軽くたたいた。
心強い。
「お嬢様と、リリー・ミュレが参りました。」
「座れ。」
「はい。」
リリーとお父様らしき人の声が聞こえる。
私はなぜかお父様に目を向けられない。
リリーが私の頭を強く押さえて、リリーの胸に押し付けているからだ。
私もお父様の顔が見たいよ!!リリーっ!
ソファーに移動させられ、リリーに頭をさらに抑え込まれる。
私はお父様(仮)の姿を見てはいけないのだろうか。
何故だ。これから溺愛してくれるはずの相手だぞ?
とりあえず、声が低く、威厳があることはわかる。声だけでモテそう。
「はっ、その子供の名付けだったか?」
「おっしゃる通りです。」
「ふん。そんなの、適当につけとけばよいだろう。」
え、冷たくない?お父様(仮)冷たくない?
「ですが、子供の名前は保護者がつけると国の決まりで……」
「保護者だと?」
「ええ。」
お父様(仮)怒っていらっしゃる?もしかして、本当にお父様じゃない?そんなことある?
「ふざけるな‼誰が悪魔の子の保護者になるか⁉もういい、出てけ!お前など知らん!」
悪魔の子……?誰が?……え、私?
「ですが……」
「そんなに言うならお前がつけろ。いいから出てけ。もう私に近づくな!いいか、わかったな?次はないぞ?お前を町に捨てても変わらないし、無かったことにもできるんだからな?」
「……仰せのままに、クルス侯爵。」
今、クルス侯爵っていわなかった……?
くるす、侯爵。
頭の中にぶわり、と情報が湧き上がった。
もしかして……
リリーがすっと立ち、ドアに向かう。
私、悪役令嬢とは違う侯爵令嬢……?
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