月に吠える【KAC2022第10回】

はるにひかる

 


 授業の復習をしている内に、真夜中になってしまった。

 今日の内容は、少し手古摺った。

 今日は金曜で、明日は土曜日で学校は休み。

 まだ頭が冴えている感覚は有るから、2か月後にと徐々に迫って来た高校受験の勉強にも、このまま手を付けてしまおうか。


 キッチンに行って、インスタント珈琲をカップに入れて、ポットからお湯を注ぐ。糖分補給の為に、角砂糖は2つ。

 角砂糖がカップに入る時に立ち上がらせた薫りを鼻から吸い込み、体中に行き渡らせる。

 芳香が身体を目覚めさせる。

 カップを持ったまま何の気なしに窓を開けると、虫の鳴き声と共に、冬の冷気が飛び込んで来た。

 身体を小さく震わせながら夜空を見上げると、真っ暗なスクリーンに、月が綺麗に浮かび上がっていた。


 月を見詰める。


 吸い込まれそうな錯覚に襲われる。


 かぐや姫とは違って、私の帰るべき場所はあそこでは無い。

 ――仮に月からの使者が来なかったとして、若しくは地球に残る事を許されたとして、かぐや姫は幸せになれたのだろうか。


 お爺さん、お婆さんの死を見送り、帝、自分に求婚して来た人たちも死んで行き(一人はつばくらめの子安貝を取ろうとした時に死んだのだったか)、自分だけは年を取らずに、現在まで生き続けている……。

 考えただけでも、身震いがする。

 私が寿命で死ぬ時にも、彼女は変わらず生き続ける。


 今、どうやって生きているのだろうか。

 死にたいと、思うのだろうか。


 思いを巡らせても詮無い事に、頭の容量を奪われる。

 バカな事をと、大きくかぶりを振る。

 勉強に、集中する為に。

 ――少し頑張らないといけない高校に、合格する為に。


 心の中で月に咆哮する。

 私を惑わさないで、と――。


 まだその中に珈琲が残っているカップを持って、勉強机に戻った。

 何だか今日は、いつもより頭が冴えていて、普段なら解くのに少し引っ掛かる様な問題も、難無く解けてしまう。

 油断は出来ないけれど、この調子で進めて行ければ、若しくは……。




 ――そして私が、漸く合格した高校で出会うこの世のものとは思えない程美しい女性に惑わされてしまうのは、またのちの話――。

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