「真夜中の校舎って、なんかドキドキするね」「これが除霊じゃなかったらな」

椎名富比路@ツクールゲーム原案コン大賞

真夜中の屋上って、なんかドキドキするね

「真夜中の校舎の屋上って、なんかドキドキするね」


 心底無邪気そうに、ミニスカブレザー姿の鈴声リンゼイが白い歯を見せる。

 

これが妖怪退治じゃなかったら、オレだってドキドキしたわ。

 むしろしたい。


「あのなあ。遊びじゃねえんだ! さっさと始めるぞ」

「連れないな、レイリは。そんなんだから借金返せないんだよ」

「うるっせえ。誰のせいでウチが借金まみれだと思ってんだ!? てめえが無一文の依頼ばっか引き受けるからだろうが!」


 オレとリンゼイは、コンビの退魔師だ。

 今日は、学校の屋上に現れた「夢叶わずに自死した少女の霊」を鎮めに行く。

 もち、無報酬で……。あーもう。

 

「でも引き受けちゃうレイリ大好き」


 うーやったろうじゃん!


 屋上の床に陣を敷き、中央でオレは念じる。


 オレの役割は、霊の具現化と、防御だ。ただし、この場に留まらないといけない。

 攻撃は、リンゼイ頼みだ。

「油断するなよ」

「誰に口を利いてるの?」

「テメエだよ! テメエこの間もしくじって丸裸になったろうが。フルボディに高級退魔グッズフル装備だったのによぉ!」

 


 フイに、風が冷たさを増す。

 粘り気のある気配が、真夜中の屋上を包んだ。


 

「来るよ。どデカいのが」


 ブリュ……と、およそJKが放ってはいけない怪音を放ちながら、霊が具現化した。

 


「さあおいで、歪んだ感情さん。あんたのせいでさ、他の子たちも夢を諦めざるを得ない事態になった」

 

 今日の依頼は、腕の筋を切ってバレー部を出ていった主将からだった。

「自分のような人間を増やしたくない」

 といって。


 それをバカ正直に引き受けるとはね。


『にくい! 夢があって、叶える身体がある奴らがニクいいい!』


 学校を包み込まんばかりに膨れ上がったアメーバが、リンゼイを見下ろす。


「たしか、親の反対にあって、漫画家の道をあきらめたんだよね?」

 

『声優の夢を叶えたお前が、一番嫌いいい!』

 

 悪霊の言うとおり、リンゼイの副業は声優だ。「一〇〇〇の声を持つ、現役JK声優」との触れ込みだ。顔出しはNGだが。


『お前のような成功者にだけは、祓われたくないい!』


「だーめ」


 リンゼイがそうつぶやいただけで、悪霊がビクン! と動かなくなる。


「今からキミを、あたしが、成仏させてあげる」

  

 オレの持つ払い棒をマイク代わりにして、リンゼイが悪霊に語りかける。

 小声なのに、よく響く声色だ。さすが声優だけある。


「ASMR」……それが、こいつの攻撃方法だ。


「辛かったね。悲しかったね。でも、キミはがんばったんだよ。そこだけは、褒めてあげて」


『でも、成果が出なかった! 私は、親にも、世間にも認められなかった!』


「じゃあ、キミは誰のために描いていたの? 本当に世間のため? 成功のため?」


『そ、それは……』


「自分を救えるのは、自分しかいないよ。あたしは、それだけを伝えたかったんだよ。あたしはなにも、キミを無理やり浄化させたいわけじゃない。お金だって出ないし」


 そうだ。普通なら、人は自分の夢のためにだけ時間を使う。

 リンゼイは、彼女に立ち直ってほしくて、ココまで来た。


『あたしは……にくい! 話を聞いてくれなかった両親が! 認めてくれない編集が! 評価してくれない世間が!』


 これは、まずいのでは?


「ちょっとやばくねえか!?」

「いいんだ。このタイプは、自分の怒りを発散させたほうがいい」


 そうやって、心のガス欠を待つのだという。

 たしかに、ちょっと弱っている様子だ。


「ASMRっていってもさ、無理やりおとなしくさせようとするとうまく機能しない。まずは、体に溜まった毒を抜かないと」

 

 相手に自分の声を聞かせるには、こちらも話を聞く姿勢が必要なのだそう。


 悪霊は、自分の身の上を滔々と語り始める。

 本当は、受験から逃げる目的で漫画を書いていた。

 それを言い出せなくて、意固地になっていたらしい。

 変にイラストだけが上手になっていき、抜け出せなくなったことなども話す。


 やがて、何も話さなくなる。


 ここから、リンゼイは優しく語りかけ始めた。


「よくがんばったよ。すごくえらい。自分を認めていいんだよ」


 何気ない一言。しかし、悪霊にとっては、癒やしの言葉になったようだ。


 リンゼイは、自分の身の上を話さない。



――あたしだってがんばってる

――あたしも苦しい思いをしてきた

――つらいのは、あなただけじゃない


 きっとそう思っているはず。


 でも口に出さなかった。


 彼女にだって、辛いことがあるだろう。

 妨害、アンチ、上下関係、学業との両立。

 しかしトップ声優である以上、どう語ってもヤッカミにしかならない。

 本人も、それを知っているから。


「また、声を聞きたくなったらおいで。ただし、他のメンツにちょっかいをかけるんじゃなくて、こっちに直接来てね」

 


 やがて、悪霊は昇天していった。


 ただ、人間の怨念は単純なものではない。

 残滓はきっと、オレの神社へ来るんだろうな。


「とりあえず、学校へは出ないだろうね。ごめんね、また神社が大変なことになるかもだけど」

「いいっての! つーか、報酬どうすんだよ!? また赤字だぜ!?」 

「それは……いつもどおりあたしで」


 リンゼイが、ブレザーを脱ぐ。


「許す」


 夜は、まだ終わらない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

「真夜中の校舎って、なんかドキドキするね」「これが除霊じゃなかったらな」 椎名富比路@ツクールゲーム原案コン大賞 @meshitero2

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ