第15話「ぼっちと “いつも” 通りの教室」
僕達1年生の教室は東校舎の1階。西校舎は主に体育館や柔道場などの運動場がある。
憂鬱な気分が晴れない。当たり前ではあるんだが……廊下を通る度に、少数の生徒が僕の方を見て何か話しているのを見かけた。
これは自意識過剰なんかじゃない。——ありきたりな噂話だ。
僕みたいな陰キャが美桜のような女神様と『幼馴染』であることに、不満を持つ人がいないなんて方がおかしいのだ。
現代問題の1つである『カースト制度』——それによって、学生には永遠に“いじめ”という言葉が残ってしまう。本当にくだらない暴力だ。それによって自分がどんな罪を背負っていくのか、全く知らないのだろうか。僕の中での疑問点だ。
だが、世の中には上部だけで判断する人間がいる。
ただそこにある『事実』だけを肯定し、根底となるものを決して見つけようとしない。
——そんな人達が、人間という種族にはどうしても産まれてしまうのだ。
それが人間の根底である限り——
僕はそう思ってきた。
だから今回のこの出来事でも、クラスメイトからの罵詈雑言は覚悟の上だった。
…………のに、だ。いざ
「ねぇねぇ。あの人が?」「そうそう! 真城さんの幼馴染とかっていう……」「えぇ? 普通に良いと思うけどなぁ」「男子って心狭いねぇ」
と、クラス内では何とも言えない微妙な空気が充満していた。
……正直言って意外だった。
僕の予想では、
現在、何故か昼休み。ここまでくればさすがに……と思っていたのだが、授業中にもましてや狙い時の1人便所の際にも、僕をつけ回すストーカーは現れなかった。
いや、出来ればご遠慮願いたかったけども……。
あまりにも“いつも通り”すぎた光景に、僕は疑わざるを得なかった。
「おっす! あれから調子はどうだ?」
昼休みになれば当然現れるこちらのI氏。
僕とこいつが仲が良いという進捗が出ることは今までなかったが、この間のことで少し視線を集めるようになってしまった。
休み時間にも何回か様子を見に来てくれたが、特に行動に出るようなことはなかった。
「……平気だ。不気味なぐらいに」
「それならもっと喜んだら? ……はっ!! もしかして喜怒哀楽欠けてんのか!?」
「だったらお前に対してのこの怒りは何なんだ……??」
この不気味なほどに静かで、周りからの視線が痛い教室は初めてだ。
特段、噂やいじめなどが発生していないのであればそれでも十分だと思うだろう。僕だってそう思いたいさ。
……だが、事の深刻さは僕が十分に『異常』だと感じてしまったのだ。
僕が予想していたのは『異常』な光景などではなく『異質』の空気なのだ。
いや、無いなら無いで構わないが……僕の悪口も未だに聞こえないともなってくると、いっそ不気味を通り越して恐怖でしかない。
美桜の“あの発言”が思った以上に効果を発揮したのか? いやいや、それでもこの光景の説明には少々力不足だ。
では何か他に原因でも……?
「おーい2人共ー! そろそろ行くぞー!」
「わ、わかった……!」
「騒がしいのでもう少し静かにしてもらえれば行きます」
「酷い言われよう……」
美桜もいつも通りだ。そして冷酷な対応をされた伊月もまたいつも通り。
だけど……この教室内に少しだけ残る『嫉妬』と『妬み』の威圧感。
これだけは、いつも通りだと括りたくなかったな。
僕は念のために教材と小説、そしてお弁当が入った鞄を持って教室を出た。そこまで悪質なことをするとは思えないが、万が一ってこともあるし用心に越したことはない。
すると、廊下を出たタイミングで伊月が僕を呼び止めた。
「……やっぱ、不安か? 荷物持ったまま出てくるってことは」
「これは念のためだよ。僕が美桜の『幼馴染』ってことを考慮した上で、わざわざ嫌われるようなことをしてくるとは考えにくい。——余程の脳筋じゃなきゃね」
「おうおう、平均点をさまよってる人がキレることを言うと一味違うな」
「笑うな」
くくくっ、と何が面白いのか謎だが伊月は口許を抑えて笑う。
マジで置いていこうかな。集合場所知ってるからどっちみち意味ないか。……いっそのこと埋めるか、雑木林にでも。
「……って、そんな都合よくある田舎じゃないんだよなぁ——」
「何か言ったか?」
「別に」
「まぁいっか。けど、そこまで考えてるんだったら鞄持ってくる必要ないんじゃないか?」
「……嫌な“視線”があったから」
あの一見静かに思える、いつもと違う空気が漂う教室。
だがその中に1つ——僕に対して『妬み』が強い視線があった。ああいうのがいるとどうしても臨戦態勢を取らざるを得なくなる。
日頃の勘というやつだ。
当たるか当たらないか以前に、対策することこそ戦況での常識だ。
「そっかぁー。結構広まったと思ってたんだが……」
「何の話だ?」
「あぁー……。真城さんには『言うな』って口止めされてんだけど。この間の件で、納得しきれてない男子達を鎮圧してたんだよ。『幼馴染であることの何がいけないんですかっ!』って。女子の方ははなから心配してないみたいだけど」
「うん、それはわかる」
朝のことから今にかけてで、女子の中に『嫉妬』の視線は含まれていなかった。それは自分で確認したので間違いない。
……それにしても、まさか美桜がそんなことをしていたなんて驚きだった。
他人の心配より自分の心配を優先してほしいものだ。……これだから世話焼きは。
皮肉めいたことを思うものの、その中に怒りはない。寧ろ……嬉しさでいっぱいだ。
いい加減にバリケード作らないとな……自分の心の中に。
「けどそうか。“視線”に敏感なお前だから間違いはないだろうけど、変な隠し事は無しだぞ? 何かあったらすぐに言え。いいな?」
「……あぁ。ありがとう」
伊月の瞳の奥がいつも以上に鋭くなっているのがわかる。
こんなに心配させてしまうのは、もしかしなくとも僕の『過去』を唯一知っている友人だから……何だろうか。
姉と同じ扱いをされず、当然のことだと褒められもしない、荒れていた時期の僕を知っているからこそ——余計に心配させてしまっているのだろう。
「それともう1つ、お前に訊きたいことがあんだけど」
「何だ?」
「……お前と真城さんが疎遠になった時期が、中学になったばかりの春。そして、一時期成績がトップクラスだった時期も春から夏にかけて。……もしかしてだけど、真城さんと距離を置くようになったのって——」
「——悪い。……それ以上のことは、あまり言わないでくれ」
「……湊」
「吹っ切れなきゃって思ってるけど……人間ってさ、早々『トラウマ』には打ち勝てないよ。……だからそのことは、まだあいつには話さないでくれ。踏ん切りがつくまで……さ」
忘れたい。
……忘れたい。
…………忘れたい。──何度そう思ったか、もう覚えてない。
あの場所にももう戻る気力が出てこない。
結局僕は逃げているだけなんだ。自分のことから……、家族とのことから……。
……だからせめて、今後のことだけは前を向いていたい。解決していきたい。
これだけが、過去から逃げた人間への、せめてもの
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