第44話「女神様に冗談は通じない」
そして、時は現在──アパートの2階の自室。
正直ばっくれたい気持ちに満たされたのは、言うまでもないだろう。
僕達の進展なんて、これ以上進んでも仕方ない気がするのだが。というより、忘れてないか。こいつこう見えて列記とした『お嬢様』なんだぞ。
特技や特徴なんかも何も無し。
そんな僕が美桜とこれ以上何を進展させればいいと? ぶっちゃけ迷惑にしかならないと思うぞ。お互いに。
と、そんな秘めたる想いを胸に抱きながら、今日も今日とて5月に向けての『真城先生』による授業が始まっていた。
この間の休み以降、このように美桜が僕の勉強を見てくれることが多くなった。
今はまだ1学期、しかも序盤の範囲。
高校生のこの時期というのは、ほとんどの授業内容は中学までの復習から始まる。
たった数ヶ月前までやっていたことを空っぽになるまで忘れるほど、僕は脳筋な頭をしていない。
……しかし、こうも徹底しているとなると、益々美桜の脳内構造を知りたくなってくる。
きっと健康的な生活を送ってきたに違いない。
現に目の前で採点を行っている美桜は、血色も良さそうだし、眠気も無さそうだ。
「終わりました」
「おお、どうだった?」
僕は頬杖をやめ、採点を終えた用紙にくらいつく。
そこに書かれていた『〇』と『✕』はおよそ──7:3といったところだった。
「……つくづく普通ですね。またしても突っ込む余地がありませんでした。いっそのことペケを増やしてしまうという手も──」
「せんせーい! ここに不正行為者がいまーす!」
まず先生って誰だ。
そう自分自身に問いかけるが、
「ですが、前回よりも点数が上がっていますし、順当にいけば良い総合点が期待出来そうです」
「期待しすぎるなよ? 後で後悔するぞ」
「今から諦めてどうするんですか? 常に前を向いて、後退しないのが大事なんです!」
「前向きすぎて電柱にぶつかっても知らないけどな」
「良いこといいますね」
「否定しないんかいっ!」
僕が言うのも変な感じがするというか、学校でこういうことを言えば絶対に『敵意』を向けられるので言わなかったが……美桜は、本当に不思議な子だと思う。
真面目で、正当なことを言い出したかと思えば、突如意見を変えたり。
さっきのように前言撤回をあっさりとしてしまったりと。
自分の意思で決めているだろうが、素直すぎるのもあれだよなとも思うのだ。
だが、そんな彼女を見れるのは、僕と2人きりになった──その前提が無ければ発動しないが。
「では、晩ご飯の準備をしましょうか」
美桜はそう言って立ち上がる。
しかし、率先して動こうとする彼女を、僕は「待った」と言って静止させた。
「何ですか?」
何ですかじゃない。……まったく、世話焼きもここまでくるとスゴいな。だが、約束ぐらいは覚えていてほしいものだ。
1回『休む』っていう単語を覚えさせた方がいいんじゃないだろうか。
「今日、僕が家事当番の番」
「……あっ。そういえば、今朝も間違えました……」
思い出してくれて何よりだ。
そう、実は今朝──今日の家事当番が僕ということもあって、いつもより少し早めに起きたのだが、そのときには既に美桜が台所に立っていたのだ。
一瞬、間違えたか? と本気で自己暗示にかかるかと思った。
だって、あまりにも自然な雰囲気で我が家の台所に居座ってるもんだから。
僕が『今日は僕の番だけど!?』と、焦り気味に問うて暫く考えた末に美桜は『……間違えてしまいました』と、罪を犯してしまったように顔を真っ青にしながら答えた。
追い詰めるつもりはなかったのだが、言い方が少し荒っぽくなってしまったからかもしれない。
……それに、美桜にとってはああいう風に世話を焼くことが生き甲斐の1つのようにも思えるから、それ以上の追い込みはしなかった。
結局、朝はそのまま美桜が担当し、夜は僕が作るということで話は終着した。
が、同じ過ちを繰り返そうとしている者が、ここに1人。
「ご、ごめんなさい……。先程の流れで、つい……」
本気でショックを受けている美桜を宥めるように僕は彼女の頭を優しく撫でる。
「別に怒ってないよ。それに、美桜が好きでしようとしてくれてたんだし。それを問いただしたりしたら、こっちが悪人みたいだろ」
「………………えっ。み、湊君って、あ、悪人……なんですか?」
「違う。例えだ例え」
本当に冗談通じないな、この女神様は。
「……何でもない。とにかく、お前が考えてるようなことじゃないから」
「そ、そうですか……よかった」
美桜は安心したようにそっと胸を撫で下ろす。
単なる言葉の汲み違いだったかもしれないが、美桜の前では下手な例えとか冗談はあまりしない方がいいと、改めて胸に誓った。
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