第12話「女神様とぼっちのお弁当①」

『少しお尋ねしたいことがあります』



 休み時間の最中、廊下に出たっきり教室に戻ってきていない美桜から僕のスマホにそんな通知が届いた。


 何かしただろうかとか、告白だろうかとかあの女神様に呼び出しをくらえば誰もがそのような『勘違い』を引き起こすことだろう。だが僕にそんな勘違いは降りてこない。僕が周りの人のように美桜に対して『好き』という好意を持っていないことが何よりの原因だろう。


 夢を見ても後悔はしないだろうが、現実とは儚いものだと突きつけられるだけだ。

 ならば浅はかな夢は抱かずに、現状維持を遂行することが1番だ。幼馴染の特権かもしれないけど。



『じゃあ、お昼休みのときに一緒に聞くよ』



 端的に文章を記載してメッセージのやり取りを終了し、授業を受けること早数時間——何故今日に限って時間の経過が早いのだろう。


 世界線はおかしな働きをしているのではないだろうか。

 楽しみにしていることがあると時間は遅く経過し、何かよからぬことをしたかもといった悩み事を抱えていると時間の経過はいつも以上に早い。


 やはり、世界線は理不尽だ。否、この場合は時間軸の問題だろうか。


「……待った、って顔してるな」


「当然です。5分前行動は原則ですよ?」


「本返しに行ってたんだよ。……悪かったな、許してくれるか?」


「……仕方ありませんね」


 お昼は一緒に食べるという約束をしていたこともあり、美桜は現地待機が異常に早かった。


 やはり時間帯を決めておくべきだったな。

 美桜は学年一魅力的な女子ということもあって、そのレッテルは昼休みになってこそ効果を発揮する。


 人目が常にある美桜は、昼休みになってこそ注目される。数多の男子生徒からの誘いの声やそれに便乗するようなストーカー行為とか。教室内でもそんな状態を確認したので、くのに時間かかることになるだろうと踏んでいた。


 けれど、その予想は見事に外れ美桜は僕の前にこうしてベンチに座ってお弁当箱を膝の上に乗せている。これだけの情景に、とてつもない微睡まどろみを感じる。


「……何をジロジロ見ているんですか? 何か付いてますか?」


「いや、何でもない……」


 見るんじゃなかったな……。あんな女神様を目の当たりにして、大抵の男子は落ちると自負していたけれど、僕には関係ないことだと思っていた。


 けれど、それは誤りだった。たった今自覚した。

 僕が如何に美桜に『好意』を抱いていなくても、心の底のどこかでは美桜のことを『可愛い』と好意の目を向ける自分がいる。


 昼間の誰も来ない校舎裏。

 外の日差しを満遍まんべんなく浴びて、本物の女神様のような風貌を感じさせる美桜のことを僕はこんなにも色っぽく見てしまっていたんだろうか。


 ……気の迷いだってことはわかっているのに、美桜の学校生活内だけに見せる女神様と呼ばれる所以の風貌が滲み出ている。この状況に胸を高鳴らせるなと言われる方が無理に決まっている。


 僕は躊躇ためらいながらも美桜の横……ではなく、少し離れた位置へと腰掛ける。

 その行動に「何故そこに?」と問われたが「気分的に」と返答した。


「そうですか。では、食べましょうか」


 そう言い美桜はすぐさまお弁当を取り出す。それは今朝見た丸まったピンク色のお弁当だった。


「あれ、用事があるんじゃないのか?」


「ありますが、それはお弁当を食べながらでも十分出来ますし、お昼休みの時間も勿体ないので」


「そうか。じゃあ、食べるか」


「はい」


「そういえば、お弁当には何を入れたんだ?」


「……小学生の夢を壊すような発言ですね。親が作ってくれた宝石箱の中身をネタバレするようなものですよそれ。些か気分が乗りません」


「わ、わかった。ちゃんと自分で開けて見ます」


「それでいいです」


 しゅんっと少し落ち込むものの美桜の言うことには共感する部分がある。

 運動会とか合唱祭だとか。今でこそ購買なんかでパンやらおにぎりやらを買える高校生になってしまったが、小学生や中学生にとってお弁当というのは“特別視”するものだ。


 親が自分のために作ってくれて、そしてそれをみんなで共有出来る——小さい頃にあった感動をこの歳になって思い出すとは思わなかったな。しかも女神様が作ってくださったお弁当を目前に控えながら。

 胸の高鳴りを抑えつつ宝物へと続く蓋をゆっくりと開ける。


「……おぉー!」


 言葉にもならない感動が今ここにある気分だった。


「お気に召しましたか?」


「ああ。それより、このお弁当って……」


 中身を見た瞬間に思い浮かんだ、昨日のおかずとはかけ離れたもっとお洒落で食べるのが勿体ないと感じるようなおかずの数々。

 手を抜いたなんて到底言えない。元から言うつもりはなかったが、更に言う気が失せてしまった。


 鮭のバターソテー、それからコーンの入ったほうれん草サラダ。他にもお肉などの食材が均等にふられており、しかもそれのどれもが『僕の好物』だったのだ。


「はい。小学生の頃、湊君が見せてくれたお弁当の中身の再現です。思い出してくれましか?」


「いや……美味しそうなのはそうなんだけど、それ以前に何で僕の好物なんて覚えてるんだよ。それも、そんな昔の話……」


「昔の話じゃありませんよ、私には。それにいつか作ってみたいと思っていました。湊君が好きなものばかりが入っている宝石箱のようなお弁当を」


「……そっか」


 完璧すぎて何も言えなかった。

 歓喜のあまり、遂には言葉に出して感想を言うということも忘れていた。


 関わるようになってすぐにあった運動会。

 そんな僅かな時間、お弁当を食べる時間のほんの少ししか見せなかった僕の好物を、こんなにも明確に覚えてくれていた。


 きっと、女神様のいきな計らいとかなのだろう。

 これもまた、幼馴染の特権というやつかもしれない。

 ——けど、どうしてだか嬉しさが止まらなかった。泣いているわけでもないのに、心が潤っと歓喜の涙に包まれている感じがした。


「……湊君はあれですね。顔とかに気持ちが出てしまうタイプですか?」


「え、なんで?」


「なんで、と申されても、そんな顔をしているとしか言えませんが。……そんなに感動したんですか、そのお弁当に」


「……そりゃあな」


 感動もするさ。

 こんなにも好物ばかりが入った宝箱を見せられれば誰だって感動するだろ。

 ……いつ振りになるだろう。こんなにも気持ちが昂ってしまう弁当は。


 まるで小学生みたいに、たった1つの箱の中に詰まったおかずの山に——どうしてこんなにも感動するんだろう。


「好物ばかりが入ってたら、男子なんて感激のあまりに涙を流すだろ」


「そういうものですか。ふむ。でしたら今度は、私の好物が入ったお弁当を湊君が作っていただけますか?」


「って、僕が作るのかよ!」


「当たり前です。私だけが作って湊君が作らないなんて不公平、私が許すとでも思っているんですか?」


「うぐっ……」


 確かに、そんな不公平が生じることを女神様も僕も望んでいないし、ポリシーに反する。

 学年一の美女だからと、美桜に甘えるような行為はしたくない。


「……わかったよ。それじゃあ、お前の好物教えてくれるか?」


「ほほぉ。私は湊君の好物を知っていて湊君は私の好物を知らないと。皮肉ですね。そこまでして私に興味がないですか」


「い、いやそこまで言ってないだろ。……お前が自分のこと中々話さないから知らないだけで。教えてくれたら、何とかするし」


「……わかりました。教えます」


 本日の女神様は若干悪ガキみたいだな。

 悪戯とか、意地悪とかをするような奴じゃないんだが、学校でこんな風にキャラを崩すなんて、滅多にないことだしな。


 どれだけ老若男女に目を惹かれる存在であったとしても、僕の前にいるのはわがままでだいぶ世間ずれした、完璧主義とはまったく違う『真城美桜』という幼馴染だ。

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