幼馴染が家出してきたので、僕と同居生活することになったのだが……ある意味でポンコツすぎる幼馴染に毎日悩まされています。

四乃森ゆいな

プロローグ 女神様とぼっちの出会い

 由緒正しき家。と言うと、誰もがお堅いイメージを持つでしょう。

 実際私だってそうだし、もう少し現代日本に合うような家庭に産まれたらと、小さい頃は思ったりしたことがあります。


 だけど最初──幼稚園生の頃は、不思議と違和感はありませんでした。

 ただ、みんなと違うっていうことに、みんなが興味津々で、注目の的だったことが嬉しかったのです。


 友達もすぐに出来ました。

 毎日のように「一緒に遊ぼう!」って、手を優しく引っ張ってくれる。そんな優しい子と友達になれたことが、私には非常に嬉しかったのです。


 ……けれど、猛烈に差を感じるようになったのは、小学校へ入学してからでした。


 小学校に上がれば、周りと私の常識とかは全く違っていて、私の中の常識と世間の常識は違うことが多々に渡ってありました。


 その時に私は気づきました。

 ……あぁ。私は、他のみんなとは違うのだと。


 周りのみんなは『お嬢様みたいだね!』とか『上品だね〜!』と、私に対しては崇めの言葉以外ありませんでした。


 幼稚園生までは嬉しかったはずの言葉が、途端に異端な言葉へと変貌しました。

 そう……強いて言うなら、“呪いの言葉”のような感じでしょうか。


 余程珍しかったのかもしれません。

 昭和時代でもあるまいし、家の作法が世間とズレているところがないのが普通で……私の場合だけ、どうしてもズレてしまっていて。


 私のことを“お嬢様”だと慕ってくれているのも、きっと住む世界の格差から産まれた、単なる嫌味だったのかもしれないです。


 どうしてこんなにも違うのですか? 私はみんなと違った人生を送っているのですか?

 そうやって、お母さんにもお父さんにも、何度も訊ねました。



 ──けれど返ってくる返事は、


「あなたはそのままでいいのよ。何も間違ってないからね」



 この一点張り。

 やはり違っていたのだと、そう思い知った瞬間でもありました。

 私は、周りの同い歳の子達と、何1つ意見が合わなくて、いずれか孤立するようになりました。


 それでも勉学では毎回1番で、お母さんとお父さんの教えには何1つ間違いはありませんでした。

 私は、孤高の存在である両親が好きです。

 こんな人になれたなら……と、夢を抱いたこともあるほどですから。


 ……けれど、現実とは酷なものなのだと、私は段々思うようになっていきました。


 孤立してからも、私は私自身を貫き通しました。

 教えは間違っていない。私を高めてくれる──それだけには、そむくことは決してしませんでした。


 ……でも、どうしようもなかったものもありました。

 それは──です。

 他人と違うことへの寂しさもしかり、自分が周りと馴染めないことへの寂しさも、また然り。


 必死に着いて行こうとしたけれど、日頃の生活習慣がそれを許しませんでした。

 馴染めなかった。結果的に言ってしまえば、その一言で片付けられます。……何がダメだったのか、話題のヒットワークに着いて行けませんでした。

 こんなにも変わるものなのだということを、私は当時──知る余地もなかったのです。


 かつて『友達』と呼べた存在は、周りは愚かクラスメイトにさえいませんでした。


 家に居ても特に窮屈な思いはしません。

 時に苦しいこともあるけれど、お母さんとお父さんはちゃんと私のことを思ってくれています。

 それは、決して覆ることはないのだから、意見を曲げるつもりはありません。


 ……けどそうですね。1つだけ窮屈な思いがあったとすれば、それは──友達が居なかったことだと思います。

 不便はしないけど、居ても損はしない。

 絶対無二とまではいかなくていい。私のことを理解してようとしてくれなくてもいい。みんなが呼ぶような、そんな『友達』が欲しかったです。


 むしろ幼稚園の頃に友達が出来たのは、世間とか常識とかが何もわかっていなかったのだから。

 ただ純粋に、私という存在が、珍しかっただけなのかもしれないですね。

 ……本当は、普通の子なのだけど誰もそんな目で見てくれないのだから。


 いつから──こう思うようになったのでしょう。


 そして今日もまた、みんなは私のことを特別扱いし出します。

 これが俗に言う『イジメ』っていうものなのかは定かではないけど、みんな私を避けてるように思えて仕方ありません。


 定番で言うと机の上に落書きとか、教室に続く扉を開けたら粉が降ってくるとかでしょうか? ……古典的なものしか思い浮かびませんが。

 小学生の、しかも低学年からそんな習慣が産まれているとか、想像したくもないですね……。


 ……やめましょう。

 こんなネガティブな思考が最近多いです。

 お陰でお稽古も集中出来ていないことが多いし、精神面だけでもしっかり保っておかないと。


 和の稽古は、精神面が大事とされている。

 姿勢であったり、動きであったり。その1つ1つが精神面から影響されることが多いのです。日常に至ってもそうだと思います。


 例えば、心穏やかな時とかは授業に向かう時の姿勢がいつもより良くなってるとか。本当に些細なことだけれど、和の稽古には、何よりも重要視されていることだと言えます。

 ……そのお陰でもあって、最近はお母さんにも心配される部分が多いのです。


 ちゃんとしないと……お母さん達みたいに、立派な大人になるためには──っ!!


 だから、今の私には『友達』なんてものに、気を取られている場合ではない。……場合ではないのは、十分にわかっているのですが……振り切れない、私がいる。


 いつも教室で、楽しそうに話す女子達を見て、心の底から『羨ましい』と感じている。それはどう足掻いたところで、そう感じている時点で“事実”なわけで言い逃れは出来ません。


 ……私もあんな風に、友達と世間話をしたい。

 もっと自然に、みんなと馴染めたらいいのに……そうやって、考え続けている毎日。

 結局、意識しないようにとしているのは、意識していることと変わりない。


 背くことはしたくない。

 けれど、みんなと同じことをしてみたい──偶にでいい。私と気晴らしに話してくれる友達が……、



 ──……何やってんだ?



 私の耳に届く、低い声。明らかに男の子の声です。

 ……男子達の群れに入ろうとしている人でしょうか? それが偶々近くて……ということはなく、完全に近くから聞こえてきた。


 幻聴でもない。

 耳にはっきり届いた、男の子の声。

 私と話そうとしてくれた男の子の声とは似ても似つかない、まったく聞き覚えのない声だった。

 ……変わった人もいるものですね。私みたいな人に、声をかけてくるなんて。


 ──……聞こえてるか?

 ──……うん

 ──そっか。で、何やってるの?


 名前も言わず、要件も言わず、私の今やっていることだけを訊いてきた。……失礼な人。やっぱり無視するべきだったでしょうか? いやでも、それはよくないですよね。

 いくら知らない人でも同級生。

 無視したら更に印象が悪くなってしまうかもしれませんし……。

 よって、残された選択肢は1つ。


 ──……今日のお稽古のための復習、です

 ──へぇ、真面目なんだな


 大人しく答えるのみだった。

 ……訊かれたことには答えたんだから、次はこっちから訊いてもいいんでしょうか?


 ──……どうして急に話しかけてくるんですか?

 ──どうして? そんなの、訊く意味あるのか?

 ──ありますよ……、私はみんなから距離取られてるみたいですから

 ──それは単に、警戒心じゃないか? 色々とみんなと違うから、近づきづらいんじゃないか?


 ……警戒? そんなのする必要があるの?

 ここは野生動物の住処すみかじゃないのだから、気負う必要もないと思うのだけど。


 っていうより、何だか質問内容からズレてない?

 このままじゃ誤魔化される! 質問に話を戻さないと!


 ──そ、そういうのはいい。私が訊いたのは、どうして話しかけてくるのか、ということで……

 ──…………理由なんて、いるのか?

 ──……えっ? 

 ──ていうかさ。……クラスメイトに話しかけるのに、理由なんているのか?

 ──……だって、今私のこと、みんなと色々違うからと

 ──確かに言ったよ。でもそれと、お前自身と何の結びつきがあるんだ? 育ってきた環境なんてみんな違うし、みんな違って当たり前だ

 ──……っ!!


 初めてだった──

 こんな風に、誰かに自分のことを肯定されたことが……私にとっては、初めてだった。

 今までは親に言われれば、それで満足で。理解者は十分だと思っていた。


 ……なのに、この人は違った。

 私のことを特別扱いしない人間だった。


 私を……見てくれていたんだ、この人は。


 こんな人……初めてだ。

 今まで関わってきた男の子達や女の子達は、何かと私を“特別扱い”にしていたけれど、彼は私のことを“一般人”のように見てくれていた。


 ……何だろう。

 スゴく、嬉しくて……堪らないっ!!


 ──あ、あの! お名前は……

 ──……クラスメイトの名前ぐらい覚えとけよ。『和泉いずみみなと』だよ。よろしくな、真城ましろさん

 ──……美桜みおでいいです。よろしくおねがいします、湊君

 ──うーん。それじゃあ、美桜さんで


 何とも運命的な出会いだと、今でも思っている。

 彼との出会いは正に奇跡──私の中に初めて、お稽古以外の関心が産まれた。


 これが、私と和泉湊君との出会いでした。

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