第24話

 ――アレク視点――


 本格的に魔草の調査が始まり、セレスによって部隊が振り分けられたのだが……。


「どうして俺がセレスと二人で探索しないといけないんだ?」


 なぜかニーナの助手である俺が、セレスと二人だけで探索させられていた。


「あら。部隊の上に立つ人の指示に従うのは、当たり前のことでしょう?」

「俺は助手として同行しただけであって、魔術師として来たわけではない」

「今は私の部下であることに変わりないわ。余計な口を動かすよりも、周囲をよく確認してもらってもいいかしら」


 小さい頃から付き合いがある影響か、セレスと一緒にいる時間は昔を思い出し、子供の頃の自分に戻ってしまう。


 セレスも同じような感覚らしくて、互いに言い争いが絶えなかった。


「二人で調査するような範囲じゃないだろ」

「人手が足りないんだから、仕方ないでしょ。早く口以外の場所を動かして、魔草を見つけてちょうだい」


 言いたいことはわからないでもないが、簡単に魔草が見つかるとは思えない。まだ被害報告はないし、魔物が凶暴化しているのも、この地を調査して初めて気づいたことだ。


 手当たり次第に散策している現状では、情報が乏しい。探知魔法で魔物の気配を察知しながら、魔草探しを続けるしか方法はなかった。


「あんた、まだ弟にベッタリなのね」

「余計な口を動かすなと言っていなかったか?」

「細かいことは気にしないの。女は気まぐれな生き物なのよ」


 相変わらず都合がいいやつだな。昨日、ニーナと衝突した一件が気にかかっているのだろうか。


 俺としては、セレスなりに心配してくれる気持ちはありがたいし、弟のことを気にしてくれているのも知っている。


 同じように年下の兄弟がいる分、自然と気持ちが伝わってしまうんだろう。


「今はラルフの体が成長する大事な時期で、ようやくから解き放たれようとしている。少しでも早く回復する方法を模索中だ」

「呪い……ね。いつからそういう表現をするようになったわけ? あれは事故だったんだから仕方ないじゃない」


 事故なんていう言葉で、軽く処理していい話ではない。慰められても俺の気持ちは変わらないし、ラルフを傷つけたという事実があるんだ。


「そういう気持ちにはならん。あの強化魔法陣が人体に与えた影響は呪縛であり、俺が作ったものだ。ラルフが自立できるまで面倒を見るのは、当然のことだろう」

「自己犠牲でラルフくんが喜ぶとは思わないわ。彼の婚約者候補として、ニーナをテストする意味もわからない」


 こっちはセレスが首を突っ込んでくる意味がわからないが、このまま彼女が引いてくれる様子もなかった。


「ラルフの幸せには必要なことだ」

「じゃあ、ニーナに恋心を抱くのはやめなさい。二人の障害にしかならないわ」


 セレスに心を見透かされているみたいで、この世の時間が止まった気がする。


「言葉の意味がわからないな」

「元婚約者の性格くらいは把握しているつもりよ。自分の愛する人を弟の婚約者に差し出すなんて、実にアレクらしい考えね」

「……昨晩のことを言っているのか? あれは誤解だとわかっただろう」

「最初から気になっていたわ。自分では抑えているかもしれないけど、ニーナを見る時だけ目が優しくなるもの。人払いして時間を取ってあげてるんだから、素直に話しなさいよ」


 草むらにセレスが腰を下ろしたので、仕方なく隣に座ることにした。


「お節介を焼くなんて、どういう風の吹きまわしだ」

「あんたが早く結婚しないからよ。良い縁談の話だって、いっぱいあったはずでしょう?」

「ラルフよりも早く婚約するのは気が引ける」

「バッカじゃないの? ずっとアレクが気にしてる方がラルフくんもイライラするわ。そのうち、昔のことを気にしているのか、って聞かれるわよ」

「……」

「もう聞かれてるんじゃない! 魔法は優秀なくせに、相変わらず人の心には疎いのね」


 軽く説教されているのは、気のせいだろうか。ラルフのことにしても、ニーナのことにしても、魔法以外のことではセレスに頭が上がらない。


 隠し事はできないと思っていたが、まさかこんなにも早く気づかれるとは。思い切って愚痴をこぼすのも、悪くないのかもしれない。


「気持ちを隠すなんて、簡単なことだと思っていたんだ。ラルフの様子を見ても、ニーナを思っていることは伝わってくる。だから、これでいい……はずだった」

「身内であったとしても、幸せを押し付けることはできないわ。人の幸せを決めるのは、その人自身だもの。他人が決めることじゃないわね」


 セレスの言い分は正しいと思う。しかし、それを受け入れることはできなかった。


「俺だけノコノコと結婚して幸せになれ、と言うつもりか?」

「私は応援してあげるわよ。自分で感情をコントロールできないほど誰かを好きになるなんて、素敵なことじゃない」

「どうだかな。自分を見失わないようにするだけで精一杯で、どうすればいいのかわからない。世間の目を考えると……絶対に不可能だろう」


 俺が大きな成果を上げるほどグリムガル家に箔が付くが、婚約者は決められた者に絞られていく。


 いっそのこと、ラルフとニーナが幸せに結ばれてくれれば……そう思っていたのだが。


 珍しく真面目なことを話していたこともあり、セレスが何とも言えない顔でニヤニヤしていた。


「お前、面白がっているだろ」

「心外ね。お腹が捻れそうになっている程度よ」

「随分と楽しんでいるんだな。話し相手を間違えた気がするぞ」

「私以外に話せる人がいないくせに。昔のあんたなら、もっと積極的にアタックしていたわ」

「ラルフが関わる以上、慎重にならざるを得ない。ニーナの気持ちもわからないし、下手な行動は取れないだろう」


 すべてはニーナ次第、と言いたいところだが、結局は自分で決めることができず、答えを押し付けているだけにすぎない。


 情けない気持ちはあるものの、俺は自分で答えを見つけ出すことはできなかった。


 そんな俺の心を見透かしたのか、セレスの顔が引きつっている。


「あ、ああー……う、うん。そうね」

「なんだ、そのぎこちない返事は」

「気にしないでいいわ。どちらにしても、ラルフくんには謝っておきなさい。兄弟で一人の女を奪い合うなんて、手遅れになったら泥沼化するわよ」


 手遅れとは、いったいどの段階のことを差すのだろうか。


「実を言うと、気づかれているような感じはあった」

「なにしてんのよ。今度、一緒にラルフくんのところに行って、代わりに謝ってあげましょうか?」

「子供扱いするな。今は少し成り行きに身を任せたい。ラルフとニーナが結び付いてほしいという気持ちも本当なんだ」

「でしょうね。そうでもない限り、こんな馬鹿なことはしないわ」


 馬鹿なこと……か。セレスにはそう思えるのかもしれないが、俺は真剣に考えているつもりだ。


 ニーナを幸せにする方法を、な。

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