昔、いじめられていた女の子と、それを助けた幼馴染の男の子と何もしなかった俺。

プラチナ床ペロ魔王

第1話


才能があるヤツが物語の主人公になる。


コレは俺が、小学校3年生にして気付いたこの世の真理だ。


よく成功者は「才能が無いから努力した」と語るが、俺から言わせて貰えば、努力をするのだって才能だ。


現実はいつも才能があるヤツが主人公になる。近年、フィクションの世界では「モブ系」の主人公が流行っているらしいが、その「モブ系主人公」も、並外れた才能をそうと悟らせない様に作者が上手く描いているだけで、本当に主人公が無能な訳じゃあ無い。


さて、振り返ってみよう、今までの俺の人生で「才能」と呼ぶべき能力はいくつあったか…


いや、そんなものは無かった。

どんなスポーツも上手く無かったし、勉強だって一つも分からなかった。高校の時なんかいっつも赤点ギリギリで、でも勉強する努力も出来なかった。勉強しないでも赤点回避出来るなら地頭は良いと考えるべきだろうか?いや違う…全く勉強しなくても平均点以上を平気で取る奴も居るし、なんなら俺の通ってた高校はFランだ。Fラン高のテストで赤点ギリギリじゃあ世間一般だったら補習必至だろう。運動もダメ、勉強もダメ。良いとこなんて一つもない…あぁでも…

ひとつだけ思い出した。


俺は昔から…


『ほんっと、圭介けいすけくんは大人だね〜』


『ありがとう、圭介は大人ね…』


『お前は大人だよな…圭介…』



「大人」



コレが俺の才能だろうか…なのだとしたら悲しい話だ。だってそれは歳を取れば取るほど才能が無くなる。無個性になると言う事だ。


成人している人間が「大人」ならそれは普通だ。一般だ。誰からも褒められもしない。あたりまえの事だからだ。


同世代より大人。


俺は俺の同世代が、みんな俺と同じ「大人」にたどり着くまでずっとマラソンで逃げ続けなけりゃあならねぇ…それが俺の唯一のアイデンティティを守る方法だ。


そしてマラソンを走りながら俺は苦しみ戦うだろう。

「アイデンティティが無くなるぐらい別に大した事じゃあ無いじゃないか…道を譲ってやろう」という自分自身の「大人」と…




小学校4年生。少し肌寒い季節。


2分の1成人式の練習が始まると同時にその事件は起こった。いや、俺が気付かなかっただけでもうずっと前から起こっていたのかもしれない。


5.6時間目の2分の1成人式の合唱練習について考えながら、俺は給食を運んでいた。運んでいるおかずはスープ。こぼしちゃあいけない。俺はいつもより慎重になる。1ヶ月に一度のペースで回ってくる給食当番は面倒くさかったが、本気で嫌がる男子達を見ると、そこまで嫌じゃない自分が特別な様に感じれて悪くは無かった。

給食当番の列は俺を置いていく。前を歩いていた炊き立てのご飯を抱えた2人組が置いていかれない様、焦った顔をして走って行った。


「別に教室の場所が分からない訳でもないし、遅れたらクラスメイトから怒られる訳でも、ペナルティがある訳でもないのに、なんで危険を冒してまで無理について行こうとする?」


誰もいない廊下で呟く。


ただ当番の列から少し置いていかれただけで、まるで世界でも終わるかのような悲壮感漂う表情で走る姿は嘲笑を誘った。が、俺は少し口角を上げたにとどまった。


「かわいいなぁ」


最近クラスメイトや、先生までもが、赤ちゃんの様にひどく愛らしく感じる事がある。


俺は大人びている。そしてそれでイキる事があってはならない事も理解している。



「ごちそうさまでした」



給食のおかわりじゃんけんはいつも熾烈だ。勝つ日も有れば負ける日も…そして、今日は負ける日だった。ただそれだけ、別に悔しくもない。

およそ小学生とは思えない程の暴言を撒き散らしながらじゃんけんに負けた連中が教室から出て行った。校庭にでも遊びに行ったのだろう。どうせ数分もしない内にケラケラ笑いながら遊んでいるさアイツらも。


俺は昼休みに本を読むなんてつまらない事はしない。本ならもっと静かでパーソナルな場所でいくらでも読める。

今は友人との時間を優先するべきだ。


「今日は何して遊ぶ?」


友達と遊ぶのは楽しい。だから遊ぶ。


「今日は…あ、ちょっとお前も来いよ!面白いもん見してやる!」


なんだか嫌な予感がする。

わっるい顔するなぁお前。

ロクでもねぇことしてんだな?


フィクションだったら歯がギザギザになる様な笑みを浮かべて友人は走り出す。


走った先にいたのは、見た事はある程度の他のクラスの女子だった。


「ほら見ろよコイツ!左右で目ん玉の色がちげぇんだぜ!キモ!キショ!死ね!死ね!キモ女!」


あぁ、イジメか。つまらねぇ。


「まぁまぁ落ち着けよ。そいつはオッドアイってんだ。確かに珍しいが悪い事じゃあねぇよ」


「ほっとけ」俺は言うが、コイツは止まらない。てか俺の話は聞いていない。


「キモ!キッショ!目ん玉腐ってんじゃね?きったね!キモ!くっさ!」


お前「キモい」って言葉好きすぎだろ最近覚えたてか?


暴言を吐かれ続ける女の子は声を殺して泣いている。

周りは誰も止めようとはしない。周りに先生はいないか…


「身体的特徴を馬鹿にするのはダサいぜアニキ…そんなヤツほっといてサッカーしに行こうぜ?な?」


「キモいから死ねよ!お前死ね!」


あっ


女の子がお腹を押さえて疼くまる。声はもう抑えられない様子だ。


足が出たか。まぁ暴力は分かりやすい最低の行為だ。もうそろ俺は、しっかりとコイツを止めなきゃなんねぇ。


「お前の目ん玉腐ってっから俺がほじくり出してやるよ!きったねぇけどな!」


じゃあやんなよ。…おい待てコンパスはまずい。


友人はポケットからコンパスを取り出し、鋭い針を少女の眼に向ける。少女は後ずさるが後ろは壁だ。

周りを見ると今までいた人達もいつのまにか居なくなってる。これは…


「好都合か…」


俺は小さく呟くと、友人の肩を掴む。そして…


「こいつまじでアホそうだなうざいなやば!」


「だろ!キメェだろ!なー!」


よしきた。


「あっ!そういやお前先生が探してたぞ!」


「え?は?マジか!行ってくる!」


なんでそんなすぐ俺の言う事信じれんの?あいつ…


気を取り直して俺は少女の前に屈む。


「君、名前は?」


少女は恐怖に怯えた顔をしていたが俺が表情筋がおかしくなるくらいニッコニッコしていると、やがて答えた。


「…早乙女ひまり」


「じゃあ早乙女には親や先生みたいな大人じゃなくって頼れる人っているか?」


早乙女は、幼馴染であるという男の名前を即答する。こりゃあいい。


「じゃあ今日あった事をそいつに全部伝えろ。そんで守ってもらえ」


少女はよく分からない顔をする。


「なんだ?なんか問題か?」


「あなたの名前は?」


なるほどこりゃあマナー違反だった。


「俺は圭介けいすけだ」


名前なんか覚えてくれなくて構わない。どうせもう関わる事はない。




よく知らないが、友達の様子から見てそのいじめは1ヶ月もしない内に消滅したらしかった。早乙女という少女にも頼れる幼馴染君にも、俺はそれから卒業まで会う事は無かった。


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