呪い返し

永嶋良一

1.京都・貴船神社 絵馬

 川床と書かれた提灯を掲げた料理屋が、せまい道の両側に並んでいる。夕闇が迫っていて、提灯のいくつかには早くも灯が入っていた。山が料理屋の後ろに黒く迫ってきている。


 私は道を急いだ。ハイヒールではなく歩きやすいスニーカーを選んだのが正解だった。


 道に緋毛氈ひもうせんを掛けた床几しょうぎを並べている店の前を通り過ぎると、急に左手に赤い鳥居が見えた。鳥居の横には『總本社 貴船神社』と書かれている。


 貴船神社は本宮、結社、奥宮の三つの社から構成されている。ここは本宮だ。


 私は赤い鳥居をくぐって、急な石段を登った。この石段が本宮に至る表参道だ。参道には朱色の春日灯籠が並んでいる。もう初夏で日中は京都市内の気温が25度を超えていた。が、ここまでくるとさすがに涼しい。石段を登りきると、眼の前に緑に包まれた龍船閣が現われた。龍船閣は本宮にある休憩所だ。龍船閣の向かいには二頭の馬の像があり、その横にたくさんの絵馬が掛けてあった。


 私は絵馬を探った。しかし、目的のものは見つからなかった。残るは結社か奥宮だ。しかし、結社は縁結びのパワースポットとして有名だ。まさか、そんなところに絵馬を置くまい。となると、奥宮だ。私は奥宮まで足を延ばすことにした。


 私は本宮からさらに15分ほど奥に歩いた。赤い小さな鳥居をくぐって、山間の道を進むと、赤い門が見えた。ここが奥宮だ。奥宮には誰もいなかった。ここまで来る観光客は少ない。奥宮の本殿の右に絵馬が掛けてあった。もう陽が落ちそうだ。私は急いで絵馬を探った。


 あった・・


 私はとうとう目的の絵馬を見つけた。絵馬の板の上には、私の写真が貼ってあった。一週間前に私が寮母さんに渡した写真だ。その写真の中で、私はプールサイドに腰を掛けて、こちらを見て笑っている。ビキニの水着からは水のしずくが落ちていた。そして、私の左胸には・・太い釘が打ちつけてあった。


 呪いの絵馬だ。


 あれは一週間前のことだった。


 


 

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