銀の爪をもつ獣

アラタ ユウ

銀の爪をもつ獣

 とある満月の夜、私は近くの小路を歩いていた。


 木枯らしが体毛を吹き抜けて、冬の匂いが鼻をつく。私の体はどうしようもなく火照っていて、今にもどこかに飛び出して行ってしまいそうだった。私はとても不安で、同時にとても充足していた。筋繊維の一つ一つがひしめき、それが束なった私の肉が、意識を持って動き出してしまいそうだった。


 我慢できない程の高揚感に突き動かされるように歩いていると、とつぜん道の側に植っている茂みから獣が飛び出してきた。私よりも一回り小さく、毛がなく、私の知識に無い奇妙な姿をした獣だった。獣はその長い爪を持って私に飛びかかってきた。


 私は本能のままに爪を振るう獣をいなし、避けた。戦い方は知っている。力と力で競い合うのではなく、いかに相手を翻弄し、感情を掻き乱せるかだ。私はそれでいくつもの同士を殺した。銀色の刃で首を切り、頭を抉り、腹を裂いた。足を切り落とし、耳をちぎった。私はその果てに強くなった。もはや私に楯突くものはいないはずだった。


 獣はのろかった。爪の切れは甘く、動きに俊敏さの欠けらもない。跳躍したかと思えば、私を苛立たせるように見当違いのところに爪を突き立てる。


 私はそいつを殺してやろうと思った。殺してももはや私は強くならないが、それでも殺してやろうと思った。私は怒ったのだ。


 向かってくる獣に私は大声で威嚇した。獣は怖気付いたのか足を止め震え出した。銀色の爪が月の光を浴びて輝き、私の殺気だった瞳を映し出した。獣には戦意はもうないように見えた。


 私が半歩踏み出すと、獣は一歩下がった。もう半歩踏み出すと、向こうもまた一歩下がった。そうやって三、四度繰り返すうちに獣の後ずさる速さが増していった。私の追いかける調子は変わらなかったが、ふと、分厚い雲に月が隠れた時に獣は踵を返して逃げ出した。

 

 私は衝動をこらえて、追いかけようとしなかった。獣の後ろにもう一頭、同じように毛のない獣がいたからだ。私は低い声で毒づいて、獣たちから目を離さずに後ずさった。遠くに見える獣たちは追ってこず、私の瞳をじっと見ていた。そこには恐怖とともに安堵があった。


 私は獣がそうしたように通りの側の茂みの中に入り、家に戻った。眠ろうとすると、空が白み始めている事に気がついた。


 私は一つ大欠伸をして、獣のことを考えた。そして、私は私の妻の墓のそばに丸まって眠った。赤土の小山には、妻を殺した者が遺していった、鋼鉄の火縄が刺さっていた。



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銀の爪をもつ獣 アラタ ユウ @Aratayuu

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