第50話 悪魔召喚
「おかしい!どう考えたって、ルビノが悪魔を召喚することなんて出来るわけない!」
俺は確かにクラスについて詳しいわけではない。
だけど、いくら上位職とはいえ、ダークナイトが悪魔召喚できるなんて聞いたことがない。
そもそも悪魔召喚なんて、専門の召喚士でもよほどのレベルにならなきゃ出来ないはずだ。
だけど……。
「こいつはどうみたって悪魔そのものじゃないか……」
巨大な猛牛が二本脚で立っているかのような出で立ち。
頭にはやはり二本の角が天に目掛けてそそり立っている。
そして全身を黒く覆った体毛。
予想外の悪魔の登場に、闘技場に詰めかけた観衆が固唾を呑んでいる。
その時、俺と同じく闘技場外に逃れていた裁定者が、観衆に向けて精一杯の大声で叫んだ。
「みなさん!速やかに逃げてください!」
その途端、観衆の張り詰めていた緊張の糸が切れた。
堰を切ったように観客が我先にと出口に向かって逃げ出した。
悪魔の登場によって、闘技場内は大混乱だ。
「ジーク!お前も逃げろ!」
エドゥワルドが叫ぶ。
「大丈夫だ。俺は問題ない!」
「しかし!」
するとエドゥワルドの横にいたマルス将軍が口添えをしてくれた。
「エドゥワルド殿下、彼ならば大丈夫です」
エドゥワルドが顔をしかめてマルス将軍を睨み付ける。
だがマルス将軍は臆することなく、その視線を真正面から受け止めた。
「問題ありません。彼は……特別です」
エドゥワルドが眉根を寄せて首を傾げた。
するとすかさずマルス将軍がたたみかけた。
「さあ、殿下、ひとまず退避を!」
呆気にとられるエドゥワルドを、マルスが強引に引っ張り退去させようとする。
俺はエドゥワルドに向かって、笑みを向けた。
「将軍の言うとおりだ。俺の心配はいらん。それよりちゃんとアリアスを退避させてくれ」
アリアスはエドゥワルドの後方、観客席の最前列で恐怖のあまり、動けないでいた。
エドゥワルドはそのことに気付き、言った。
「わかった。アリアスは俺に任せろ!だがお前も無理はするなよ!」
「ああ。頼んだぞ!」
よし、これで大丈夫だ。
後は……このでかぶつを退治するだけだ。
俺は大きく息を吐き出すと、突然現れ出でた最強クラスの魔物に向かって歩き始めた。
それにしてもこれは予定外だな。
軽くルビノをぶちのめしてやるつもりが、こんなことになるなんて。
そういえば戦う直前、ベノンたちがニヤニヤ笑っていたが、これを狙っていたのか?
俺は悪魔の現出によって、下火となった炎の先にいるベノンたちを見た。
ダスティたちが慌てている?
ベノンを取り押さえようと大焦りだ。
そもそもルビノは何処に行った?
闘技場の上にはいない。
いるのは巨大な悪魔だけだ。
なら、悪魔はルビノの身体を乗っ取ったってことか?
そしてここまで巨大化を?
参ったな。どうするか?
陛下は俺に手加減しろと言ったが……。
よし、とりあえずぶちのめそう。
あれこれ考えたって、どうしようもない。
考えるのは、ぶちのめした後だ。
……ていうか、こいつ、ぜんぜん動かないんだけど。
まあその間に観衆が逃げ出せるから、よかったけど。
俺が近付きながら首を傾げていると、悪魔が次第に震えだした。
お、少し動いた。
口からはシューシューと煙のように白い息が吐き出されている。
いよいよか。
すると悪魔の大きく裂けた口が、ゆっくりと開いた。
「……ふう……ようやくだ……」
俺は興味を引かれたため、立ち止まって話しかけてみた。
「ようやくってのは、何のことだ?」
すると悪魔の巨大な頭がゆっくりと下向きになり、俺を視界に捉えた。
「……ほう、人間。我を見ても驚かぬか」
「いや、驚いたよ。一応」
「ふうむ、それにしては落ち着いているな」
「まあね。それよりようやくってのは何のこと?」
すると悪魔が頬を歪めて嗤った。
「この身体を支配し、上手く操るのに手間取った。我はこの通り、だいぶ大きいのでな」
向こう側のベノンが膝から崩れ落ちた。
あ、首が前にガクンと落ちた。
どうやら気絶したようだな。
あ、ダスティたちが外に運び出してる。
あいつらはまあいいや。
問題はこいつだ。さて、ということは……。
「ルビノの身体を乗っ取ったってことか」
「ルビノ?ああ、この身体の元の持ち主だな」
やっぱりね。
「ええと~、一応その元の身体の主に戻したいんだけど、あんたを倒せば出来るのかな?」
すると悪魔が顔を天に向けて大いに嗤った。
「そうだな。我を倒せばそうなるであろう」
よし、ぶちのめす方針、変更無し。
「わかった。じゃあそうさせてもらおう」
俺はそう言うと、力強い足取りで再び歩き出した。
「小僧、人間の分際で我を倒すだと?」
「そう。その予定」
「やめておけ。無駄なことだ」
「無駄かどうかはやってみればわかるよ」
すると悪魔がさらに高笑いした。
だがひとしきり笑い終えると、俺をしっかりと睨みつけた。
「この身体の元の持ち主は、お前の友か?」
おいおい、冗談じゃない。
「ぜんっぜん違う!真逆!仇敵!心底大っ嫌いな奴!」
すると悪魔が不可思議な表情となった。
「ほう、おかしなことを。そのような者を救おうというのか?」
「そう。残念ながらね」
「何故だ?」
……話せば長くなるな。
「まあ、色々あるんだよ。人間世界はな」
悪魔が嗤いながら首を傾げた。
「おかしなことを言う人間だ。面白い、ならばかかって参れ」
言われんでもそのつもりだ。
「それじゃあ、遠慮なくいかせてもらうぜ!」
俺は再び魔剣ダルフルデュランを右手に現出させると、悪魔に向かって突撃を仕掛けた。
凄まじい速度で駆け寄り、直前で高く飛び上がった。
凄い跳躍力だ。
我ながら驚く。
あっという間に奴の巨大な顔の前だ。
「おおりゃあぁぁぁぁーーーーー!」
俺は魔剣ダルフルデュランを両手で握りしめ、横殴りに悪魔の長く伸びた鼻面に斬り付けた。
ザグッ!
魔剣は悪魔の前にせり出した長い鼻を二つに裂いた。
だがそれだけではなかった。
剣を振るった際に起きた衝撃波が、悪魔の顔の内部にまで襲いかかったのだ。
ダブンッ!
肉が波打つ音が響く。
だがそこで俺の自由落下が始まった。
空も飛ぼうと思えば飛べるけど、あれはあまりやりたくない。
人目に付くと、俺も悪魔と間違われちゃうし。
そうこうする内、俺は闘技場の石床に着地した。
「ぐおおぉぉぉぉぉーーーーーー!」
悪魔の叫びが、ガランとなった闘技場内にこだまする。
上空から何かが落ちてくる。
俺は咄嗟にそれを後ろに逃れて躱した。
ドチャッ!
バチャドチャバチャバチャ。
奴の血だ。
良かった。逃げられて。
俺はそう独りごちると、上を見上げた。
悪魔が鼻を押さえてもだえている。
だが苦しみながらも、俺を睨みつけた。
「貴様……一体、何者だ……」
ふん、礼儀知らずめ。
「他人に名前を聞くときは、まず自分から名乗ったらどうだ?」
「ぐ……ぬぐぐぐ……」
悪魔はもだえながら歯ぎしりした。
「……よかろう。我が名はレジルだ」
「そうか。俺はジーク=テスターだ」
「貴様、ただの人間ではあるまい」
……まあ、そうだな。
だが俺は、これまでの経緯を冗長に話すつもりはなかった。
こういう相手に丁度良い、便利な称号があったな。
「俺は悪魔王の分身という称号持ちだ」
すると悪魔レジルがわかりやすく仰け反って驚いた。
「な、なんだとっ!?」
「それにレベル千を超えている」
「ば、馬鹿な!」
「馬鹿じゃない。お前、ぶちのめすぞ」
するとレジルの顔に畏れの色が浮かび上がった。
「ま、待て。本当に……いや、お前の右手にあるものは、もしや魔剣か?」
「ああ。魔剣ダルフルデュランだ」
レジルはギョッとした表情を浮かべた。
「よもや貴様……あやつと知り合いか何かか?」
「あやつ?……ニムバスのことか?」
するとまたもレジルは大口を開けて、大きく仰け反ったのであった。
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