第45話 見抜く

「ベノン子爵、そしてジーク=テスターよ。本当に暗殺未遂事件があったのかは、後日改めて詮議をすることとする」


 アスピリオス王が俺の顔を見つめながら、はっきりと断を下した。


 これに反対できる者はこの場にはいない。


 さすがのエドゥワルドですら、異議を唱えることは無理だ。


 我が国の王が下した判断だ。


 ここは従うしかない。


 俺は深いため息を吐き出しながら、肩をすぼめた。


 だがアスピリオス王は、まだ俺を見つめていた。


 うん?なんだ?何かじっと見られているようだけど……。


 するとアスピリオス王が目を細めながら、ゆっくりと口を開いた。


「ところでジーク=テスターよ。近う寄れ」


 なんだろう?


 俺は心の中で首を傾げながらも、言われるがままに玉座に向かった。


 その間もアスピリオス王は俺をジッと見つめている。


 俺はアスピリオス王の御前、三メートルほど手前で立ち止まり、腰をかがめた。


 だがアスピリオス王はやはり目を細めながら言ったのだった。


「もそっと側近くまで寄らぬか」


「は、はい……」


 俺は言われるがまま近付いた。


 だがアスピリオス王はどこまで近付いても止まれと言わなかった。


 そのため俺は、王の御前数十センチの距離まで来てしまった。


 すると王がスッと右手を挙げた。


 そして俺に手の甲を見せて、ゆっくりと手招いた。


「顔を近づけよ」


 俺はいぶかしみながらも、ゆっくりと失礼に当らないよう気をつけながら顔を寄せた。


 するとアスピリオス王は俺に顔を近づけて、ジッとのぞき込んで来た。


 俺はどうしたらいいかわからず、困惑していると、アスピリオス王がニヤリと笑って言ったのだった。


「お主、何をしてそうなった?」


「は?……仰っている意味が……」


「お主の今のレベルはいくつだ?ステータス画面を開いてみよ」


 あ、そういうことか。


 ということはあの距離で俺のレベルが格段に上がっていることを見抜いたってことか?


 とりあえず俺はステータス画面を開き、アスピリオス王に見せた。


 だがステータス画面をのぞき込んだアスピリオス王の反応は、意外なものであった。


「ふむ……なるほどな」


 俺のレベル千越えのステータス画面を見ても、アスピリオス王はあまり驚かなかった。


 興味深そうに様々なところをのぞき込みながらも、びっくりしているようには到底見えなかった。


 マジか。


 レベル千越えだぞ?普通驚くでしょ。


「いいだろう。よくわかった」


 え?何が?


 何がわかったって言うの?


 するとアスピリオス王がスーッと目を細め、厳しい眼差しを俺に向けながら小声でささやくように言ったのだった。


「ジーク=テスターよ。何故そのような強大な力を手に入れたのかは、今は問うまい。だが、当分の間その力は隠せ」


 隠せ?何故に?


 俺が困惑していると、アスピリオス王はさらに言った。


「あまりに強大な力は、いらぬ多くの敵を生み、と同時に数多の憎悪を浴びることとなろう」


 いらぬ敵……数多の憎悪……。


 俺がアスピリオス王の言葉をあまりよく理解出来ないでいると、俺の眼をジッと見つめながら、さらに言った。


「よいか、強大な武力を持てば、それに恐れを抱く者が必ず出る。そうした者たちが連なり、お前に向かってくるとも限らぬ。そしてそうした者たちを倒せば、残された者たちの憎悪を生もう。それはやがて連鎖となり、いずれお前を縛り上げることとなろう」


 ……なんとなくだけど、わかった。


 確かにそうかもしれない。戦いは必ず憎しみを生む。


 そしてそれは次の戦いを生み出すだろう。


 戦いは、常に連鎖していくものなのだろうから。


「わかりました。当分の間、力を隠そうと思います」


 俺の回答に、アスピリオス王は満足げにうなずいた。


 そしてやおら立ち上がると、大聖堂内の者たちに向かって高らかに宣言したのであった。


「ここにいるジーク=テスターを、次のテスター侯爵に叙任することとする!」


 突然の宣告に、大聖堂内が大歓声に包まれた。


 エドゥワルドとアリアスが抱き合って喜んでいる。


 エドゥワルドの腹心のゲトーやドーラも、ほっと胸をなで下ろしているようだ。


 だが、このアスピリオス王の決断に納得いかない者も当然いた。


 それも、結構な数だ。


 やはり俺のクラス無しが引っかかっているようだ。


 だが、納得いかないどころの騒ぎではない者たちもいた。


 ベノンとルビノである。


 ベノンは憤怒の表情で前に進み出るや、ワナワナと震えているルビノの肩を抱き寄せながら大音声で叫んだのだった。


「陛下!こは如何に!そのような裁定、このベノン納得がいきませぬ!」


 するとルビノも震えながら叫ぶ。


「そうです!陛下!ご無体にございます!そこのジーク=テスターは、クラス無しの能無しなのですよ!栄光あるテスター侯爵家を継ぐにふさわしいとは思えません!」


 おおよそ堂内の半数ほどは、ベノンたちの言い分にうなずいているように俺には見えた。


 さて、どうしたものかな。


 俺が思案していると、アスピリオス王が再び威厳に満ちた声音でもって言ったのだった。


「このジーク=テスターはクラス無しではあるが、すでにドラゴンキラーの称号を得ておる。それならばテスター侯爵家を継ぐにふさわしいと言えよう。よって本来の正統後継者であるジーク=テスターを、次期テスター侯爵と決めたのだ」


 すると堂内が大いにざわめいた。


 そして皆口々に言い合っていた。


「ドラゴンスレイヤーならぬドラゴンキラーとは!」「うむ、それならば問題あるまい」「いや、しかしあの者はついこの間クラス判定をしたばかりの十五歳の子供ではないか。ドラゴンキラーの称号を得られるはずがあるまい」「いや、では貴殿は国王陛下が嘘を言っておられると申すのか?」「いや、そうではないが……にわかに信じられる話ではあるまい」「うむ。わたしも信じかねる。いくらなんでもドラゴンキラーは有り得ぬ!ドラゴンを百頭倒さねば得られぬ称号ですぞ?到底信じがたいことだ」


 するとアスピリオス王が背後に控える将軍を手招いた。


 将軍は国王の護衛のために近侍していたが、まさかここで呼ばれるとは思っていなかったため、困惑の表情を浮かべた。


 だが国王の求めでもあり、何故かわからぬままにお召しに従った。


「陛下、わたくしに何か御用でしょうか」


「ジーク、ステータス画面を将軍に見せよ」


 アスピリオス王の求めに応じ、俺は素早くステータス画面を開いた。


 将軍は俺のステータス画面をのぞき込むと、仰け反りそうなくらいに驚いた。


 そうだよなあ。普通はこういう反応だよなあ。


 将軍はワナワナと身体を震わせ、信じられないものを見たという顔で俺を見た。


 するとアスピリオス王が、小声で将軍に囁いた。


「ドラゴンキラーの称号以外については言うな。良いな?」


「は。かしこまりました」


 将軍はすべてを瞬時に悟ったのか、すかさずうなずくと、堂内の貴族たちに向かって大声で呼ばわったのだった。


「今わたしも確認した!間違いなくこの者はドラゴンキラーの称号を得ておる!」


 すると堂内が再び大歓声に包まれた。


 凄まじい熱気が沸き起こり、堂内を渦巻いている。


 これで大勢は決したか?


 俺がふとベノンを見ると、ワナワナと怒りに震えながらも、その目にはまだ闘志が湧き上がっていた。


 ベノンは力強く前に一歩を踏み出すと、俺の顔を睨み付けながら言ったのだった。


「それでは決闘を!我が息ルビノと、ジーク=テスターのどちらがテスター侯爵家を継ぐにふさわしいか、それで決めていただきたい!」


 望むところだ。


 出来れば俺もそうしたかったところだ。


 このまま何もなしにテスター侯爵家を継ぐっていうのは据わりが悪い。


 何せあいつらはこの俺を亡き者にしようとした奴らだ。


 主犯はベノンだが、絶対ルビノの野郎も承知しているはずだ。


 だったらルビノの奴だけでもギッタンギッタンにしてやりたい。


 これが俺の偽らざる思いだ。


 だけど、国王陛下はそれを許してはくれないか。


 俺は視線を陛下に向けた。


 すると陛下の視線とバッチリ合った。


 俺は少しドキッとしながらも、望まれた決闘を是非とも受けたいという気持ちを込めて陛下の目をのぞき込んだ。


 するとアスピリオス王がフッと苦笑を漏らした。


 そして小声で俺に囁いたのだった。


「致し方あるまい。だが手加減はせよ。よいな?」


 俺は力強くうなずいた。


 アスピリオス王は俺にうなずき返すと、眼下のベノンに向かって言ったのだった。


「よかろう!ではお主の望み通り、決闘で決着をつけよ!」

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