第37話 サマンサ
「くそっ!思ったよりスピードが出ない。これは俺が慣れていないからか?」
確かに馬よりは速く、移動している。
でももの凄い速さというわけじゃない。
せいぜい馬の倍程度の速さに過ぎない。
「それに、背中の痛みが全然引かない。血が噴き出し続けているからか?」
俺の背中から噴き出す血は、流線型の翼を形作った後、その先端から勢いよく噴き出していた。
おそらく足下の地上には、俺の通った跡がくっきり赤く浮き上がっているに違いない。
「これって普通、出血多量で死なないか?」
まず思うことはそれである。
だが今のところ、めまいがしたりすることもなかった。
「HP自己回復MAXで血を造り続けているってことかな?でもそれにしたって限界があるんじゃないか?」
俺は心配になってステータス画面を開いてみた。
見ると、やはりHPがぐるぐると高回転しながら急速に減りつつあった。
「まあそりゃあそうだよな。HP自己回復MAXといったって、追いつかないこともあるだろうし。でも元々のHP量が半端ないから、当分いけそうだな……」
するとその下の方に記載されているMPの欄も、くるくると高回転して徐々に減っていっていた。
「飛行中はMPも減るのか。これもMP自己回復MAXでも追いつかないくらい魔力を消費しているってことだな。それでもMPに関しても、元々の数字がデカいからとりあえず問題なさそうだ」
俺は大体の状況を把握すると、遙か彼方にあるであろう王都の方角を見据えた。
「なら後は痛みに耐えるまでだ。待ってろよアリアス、エドゥワルド。俺は必ず儀式前にたどり着いてみせるからな!」
ゴーン……ゴーン……ゴーン。
大聖堂の鐘の音が、煌びやかな王都に響き渡る。
「ああ……ついにこの日が来てしまったのね……」
ジーク=テスターの妹アリアス=テスターは自室の窓を開け放ち、その可愛らしい顔立ちを穏やかでさわやかなそよ風に撫でられながらも、ひどく沈んだ顔でつぶやいた。
「失礼いたします。アリアス様、そろそろお支度をなさってください」
アリアスは考え事に夢中であり、侍女長のサマンサが部屋に入ってきていたことにも気付かなかった。
「あ……サマンサ……そうね。支度をしないといけないのね」
「はい。アリアス様のお気持ちはこのサマンサ、重々承知しておりますが、儀式に出席しないわけにも参りません」
サマンサは齢三十五にしてテスター家に仕えてすでに二十年余り。
アリアスが乳飲み子の頃から目一杯の愛情を持って世話をしてきた、いわば股肱の臣であった。
そのためサマンサはアリアスの心情を思うも、断腸の念でもって言ったのだった。
「ええ。わかっているわサマンサ。今、着替えます」
アリアスもサマンサの気持ちが痛いほどわかるため、自分の辛い気持ちを胸にしまい込んで支度へと取りかかった。
サマンサはそのアリアスの態度に、見事に育ってくれたといううれしさの反面、言われようのない悔しさに歯噛みした。
そして確かな根拠もないにも関わらず、サマンサは意を決して口にしたのであった。
「大丈夫です。大丈夫ですとも。きっとジーク様はご健在であらせられます。エドゥワルド王子殿下がそう仰っていたではありませんか。それを信じましょう」
アリアスもうなずき、サマンサのなんとしてでも自分を励ましたいという気持ちに応えようとした。
「ええ。そうね。エドゥワルドが言っていたものね。きっとお兄ちゃんを連れて帰るって。そして……」
アリアスはそこで溜まらず嗚咽を漏らした。
とめどなく涙があふれ出す。
サマンサは思わずアリアスを抱きしめた。
「大丈夫です!大丈夫ですとも!まだ諦めてはなりません。きっとまだアリアス様がお幸せに暮らせる方策はございます。ですから決して諦めてはなりません。その時まで、どうぞお気持ちを強く持たれてください!」
サマンサの力強い言葉に、アリアスも涙を拭った。
「ええ。サマンサの言うとおりね。くじけちゃダメね。わかったわ。ありがとうサマンサ」
アリアスはそう言って、サマンサをギュッと力強く抱きしめ返した。
サマンサは自らの立場上、必死に溢れる涙を堪えるのであった。
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