第20話 レベルアップ

「……う……う~ん……」


 俺が重い瞼をゆっくりと開くと、酷薄そうな顔の少女がのぞき込んでいた。


「……エニグマ……」

 

 俺がその少女の名前を思い出しつぶやくと、エニグマは無感動な様子で口を開いたのだった。


「ご無事で何よりです」


 心にもないことをエニグマはさらりと言ってのけた。


 俺も冷め切った心でそれを受け止めた。


「ありがと……あ」


 俺はそこでようやく先程の戦いを思い出し、寝そべっていた身体を上半身だけ起こして後頭部に手をやった。


 すると俺の右手には先程同様、べったりとした液体がまとわりついた。


 俺は恐る恐る右手を前に回してじっくりとのぞき見た。


「……ねばっぽい……」


 俺の手には赤黒い液体がでろーっと気味悪くまとわりついていた。


「なんかずいぶんと粘度が高いような……」


「それはドラゴンの体液でございます」


「え?俺の血液じゃないの?」


 俺の問いに、エニグマが無表情で答えた。


「違います」


「じゃあ俺の後頭部は……」


 俺は改めて右手で持って後頭部をまさぐってみた。


 だが何処にも痛みは無かった。


 俺はほっと胸をなで下ろした。


「……ふう……頭が割れたわけじゃなかったのか……」


 安堵のため息を吐く俺だったが、そこで戦いの行く末が気に掛かった。


「じゃあドラゴンは!?」


 慌てて問い掛ける俺に、エニグマが冷静そのものといった様子で答えたのだった。


「後ろをご覧ください」


 エニグマに言われ、俺は慌てて後ろを振り返った。


 するとそこには、首を切られた巨竜が横たわっていた。


 俺は目を大きく見開き、ドラゴンの死体をマジマジと見つめた。


「……あれ、俺が倒したのか?……」


 俺の息を呑み込みながらの問い掛けに、やはりエニグマが冷静に答えた。


「ステータス画面を確認されるがよろしいかと」


 俺は素早くうなずき、早速ステータス画面を呼び出した。


 するとその称号の欄には、紛うこと無く『ドラゴンスレイヤー』の文字があった。


「ま……まじか……本当に書いてある……」


「当然です。ドラゴンを倒されましたので」


 エニグマの無感動な物言いであったが、俺の心は深い感動に包まれていた。


「やった……俺が……ドラゴンスレイヤーに……」


 俺はこみ上げてくるものを必死に抑え、泣かないよう努めた。


 するとそんな俺の様子を見てか、エニグマがすかさず言い放った。


「まだ訓練は終わってはおりません。準備が出来次第、次の魔物を召喚いたしたいと思いますが」


「え?まだやるの?」


「当然です。まだそれほどレベルは上がっておりませんので」


 エニグマは俺が出したステータス画面をのぞき込みながら、冷徹に言った。


 俺も先程は称号の欄にばかり気を取られていたため、レベルの確認をしていなかったので、改めて見てみた。


 するとそこには、レベル88の文字が。


「レベル88!凄い!一発でこんなに上がるのか!?」


「当然です。レベル100のドラゴンを倒されましたので」


「でも45から一気に88だよ?凄くね?」


 興奮気味の俺であったが、エニグマはやっぱり冷静であった。


「いえ。普通です」


 さしもの興奮も、この淡々とした物言いの前では冷めるというもの。


 俺は落ち着きを取り戻し、コホンと一つ大きな咳払いをすると問い掛けたのであった。


「ところで、レベルはいくつまで上げればいいのかな?」


 するとエニグマが微かに口の端を上げたのを俺は見逃さなかった。


「そうですね……10000くらいでよろしいかと存じます」


 そう言ってエニグマはさらに微かに口角を上げた。


 俺はエニグマの表情よりも何よりも、その10000という数字に気圧され、開いた口がふさがらないのであった。

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