第13話 一万分の一

 くそっ!俺に選択肢は……ないか。



「わかった。どうやればお前の封印を解けるんだ?」



『ようやくその気になったか。いいだろう。まず全身の力を抜け』



 すでに覚悟を決めた俺は、言われるがままに全身の力をスッと抜いた。



『いいぞ。余分な力をすべて抜け。何も考えるな』



 力を抜く。



 考えない。



 俺は次第に意識が遠のいていく感覚を覚えた。



『いい。いいぞ。その調子だ』



 俺は何も考えず、ただ力を抜いて立っていた。



『よし。では俺を受け入れろ。俺を心の中で手招け。それですべては完了するはずだ』



 手招く。



 よくわからないが、受け入れようとすればいいんだな?



 俺は力を抜いたまま、奴を受け入れる気持ちとなった。



 その時、全身を寒気が襲った。



『慌てるな。力を抜け。身体を固くするな。大丈夫だ』



 奴が落ち着いた声音で俺を諭すように言った。



 俺は再び全身の力を抜くことに専念した。



 するとまたも寒気が頭のてっぺんからつま先までを襲った。



 さも瞬間的に寒冷地にほっぽり出されたかのように。



 だが二度目でもあり、今度は上手くいったようだ。



『いいぞ。そうだ。その調子だ』



 奴が含み笑いを漏らしながら言う。



 もしかしたら俺はとんでもないものを世に放ってしまう事になるのかもしれない。



 だがこうでもしなければ俺は死ぬ。



 世界と俺。



 どちらを取るかと問われれば、俺はためらいなく俺自身を取る。



 利己的だと言われようと何と言われようと構わない。



 俺はまだ死ぬわけにはいかないんだ。



『来た!この感覚!いいぞ!いいぞ!ぞくぞくするぞ!』



 奴が愉悦を漏らす。



 鬼が出るか蛇が出るか。



 もしかしたらそれ以上のものが出てしまうのかもしれない。



 だが、こうなったらどうだっていい。



 俺は必ず帰還するんだ!



 そして、きっとより良い未来を築いてやるんだ!



『よし!入ったぞ!喜べ!』



 奴が快哉を叫ぶ。



 俺にはよくわからない。



 だが奴は俺の中に入ったらしい。



 俺はゆっくりと瞼を開ける。



「うん?お前、まだ目の前にいるぞ?」



 俺の目の前には先程同様、俺そっくりなニムバスの姿があった。



『ああ。入ったといっても、少しだけだからな』



「少しだけ?」



『そうだ。俺の……そうだな。たぶん一万分の一くらいかな』



 俺は何やら拍子抜けした。



「それだけ?本当に少しだな」



『そりゃあそうだ。俺が全部入ったら、お前すぐさまパンクするからな』



「パンクって……」



『文字通りパンクさ。パンって身体がはじけて四散するだろうさ』



 俺はゾッとした。



「ホントかよ……」



『嘘を言っても仕方がない。本当のことさ』



「そうかもしれないけど……でもそんな一万分の一でいいのか?」



『よくはない。だがほんの少しでも入ったのは初めてのことだ。やはり血縁だな』



「……なんかうれしくない……でもまあいいや。それで一万分の一が入ったとして、この後どうするんだ?」



 するとニムバスがにたーっと嫌らしい笑みを浮かべた。



 俺は嫌な予感がした。



「なんだよ、その笑いは……」



『そう警戒するな。何も取って食おうってわけじゃないんだからな』



「なにをするつもりだ」



『俺は何もしないさ。するのはお前だ』



「持って回った言い方をするなよ。ストレートに言ってくれ」



 するとニムバスは顔をクイッと上げて、口の端を上げた。



『特訓さ。俺をちゃんと容れられる身体を作るためにな』



「ちゃんと容れられる身体だって?」



『そうだ。一万分の一ではなく、一万分の一万を容れられる身体づくりをするってわけさ。そうでないと外へ出られないからな』



 ニムバスはそう言うと両手を広げて肩をすぼめた。



 俺は眉根をギュッと寄せた。



「どんな特訓をするって言うんだ?」



『決まっている。特訓なんてものは昔から変わらない。ただひたすらに魔物を次から次へと倒して行くことさ』



 俺はギョッとした。



「地下千階に巣食う魔物をか!?」



 慌てる俺を、ニムバスがせせら笑った。



『いくら俺が少し入ったとはいえ、地下千階の魔物をお前が倒せるわけないだろう』



「そりゃあそうだが、じゃあどうするんだ?」



 するとニムバスは軽く首を傾け、不敵に笑ったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る