真夜中に出会った見知らぬ犬

後藤権左ェ門

真夜中に出会った見知らぬ犬

 真夜中。


 俺の目の前には見知らぬ犬がいた。




 その日、俺は大学の授業が終わると、いつも通りコンビニのバイトへ向かった。


 いつもと同じルーティーン。代り映えしない毎日。


「ありがとうございましたー」


 もうこんな時間か……

 夜も深くなり、客足が途切れる。


「奥田くん、もうあがりの時間だろ? お疲れさん」


「お疲れ様でした」


 店長に言われ、俺は帰り支度をする。


 さっさと帰ろうと外に出ると、店の入口前に犬が繋がれている。

 あれ? お客さん、今いないはずだよな。


「わふっ」


 犬は不思議そうにこちらを見上げている。


「店長ー! 今、お客さんっていましたっけ?」


 俺は店の入口から店長に呼びかける。


「いや、今は誰もいないよ。どうかした?」


「店の前に犬が繋がれてるんですけど……」


「え!? 本当!?」


 店長が慌てた様子で店の入口へとやってくる。


「うわっ、本当だ。どうすっかなー。奥田くん、どうしたらいいと思う?」


「いや、僕に聞かれても……警察に届けるしかないんじゃないですかね?」


「警察かぁ……俺、警察苦手なんだよね。奥田くん、あとは任せた!」


 店の中に逃げていく店長。


「ちょっ、店長! えー……どうすんだよ、これ」


「わふ?」


「お前、一人で警察行けるか?」


 問いかけてみるが、こちらを見上げるだけで返事はない。


「そりゃそうだよな。仕方ない交番に連れて行くか」


 犬を連れて歩きだす。

 しつけがしっかりされているのか、リードを引っ張ることもなくぴったり寄り添って歩いてくれる。


「お前どこから来たの? 飼い主に見捨てられちゃったの?」


 返事を期待している訳ではないが、2人きりなのに無言なのも居心地悪い。


「ほら、あそこが交番だ。お前はあそこで預かってもらうんだよ。捨てられたんじゃなければ飼い主が迎えに来てくれるはずだ」


 なんで俺は見ず知らずの犬に話しかけながら歩いているんだ?

 真夜中で人があまりいないからいいが、他の人に見られたらただの変人だ。

 さっさと警察に預けて帰ろう。


 俺は交番の扉を開ける。


「すみませーん、飼い主不明の犬がいたんですけど……」


 誰もいないのか?

 なんか案内板が出てるな。

 不在中だから電話しろって?

 なら初めからスマホで電話すりゃよかった。


 俺は受話器を取って連絡する。


「はい、どうされました?」


「飼い主不明の犬がいたんですけど」


「すみません、現在担当の者が不在で。緊急でない用件は、また明日以降にお願いできますか?」


「え? でも犬はどうすれば……」


「預かっていただけると助かります」


 マジか……

 足元に視線を落とすと、つぶらな瞳が2つ俺の方を見上げている。

 そんな目をされたら断れないじゃないか。

 こっちの話を理解してるんじゃないだろうな?


「わかりました。今日はうちで面倒見ます」


「ありがとうございます。そうしていただけると助かります」


 ふぅ……

 さて、帰りますか。


 俺の家は一軒家だから、犬を連れて帰っても問題ない。

 もちろん俺の家といっても俺が買った訳じゃない。

 俺の両親はよく言えば放任主義で、自由に世界中を飛び回りほとんど一緒に暮らした記憶が無い。

 大学の授業料や生活費なんかはちゃんと出してくれているが、やはり寂しさがある。


「どうだ? 結構広い家だろ?」


 心なしか犬の尻尾が大きく振られている気がする。


「今日はもう遅いし、早く寝よう」


 俺は布団にもぐり目を閉じる。

 今日は大変なことになっちゃったな。

 早く飼い主が見つかるといいけど。


 もぞもぞっ


 ん? なんだ?


「わふ」


 犬が俺の布団から顔を出す。


「一緒に寝たいのか? 仕方ないな」


 あったかいなぁ。俺は安心感と懐かしさを感じながらすぅっと眠りについた。




 次の日、俺は大学をサボって犬の世話をしている。


「お前、飼い主に見捨てられたなら俺と一緒に暮らすか? 俺も親に見捨てられたようなもんだし……」


「ふぅ~っ」


 犬はあきれたように溜息をつく。


「なんだよー。昨日一緒の布団で寝た仲だろー」


 ヴー、ヴー


「あれ? 店長から電話だ」


 電話に出てみると、飼い主がコンビニに迎えに来たという連絡だった。


「よかったな。お前の飼い主が迎えに来たってよ」


「わふっ!」


 こいつもどこかうれしそうだ。


 俺は犬を連れてバイト先のコンビニまでゆっくり歩いて向かった。




「コタロー! ごめんねー。さびしかったよね」


 飼い主の女性が駆け寄ってくる。

 お前、コタローっていう名前だったんだな。


「コタローの面倒をみていただいてありがとうございました。昨日、祖父が夜中にコタローを連れてコンビニに来て、そのまま忘れて帰ってきたみたいなんです」


「いえ、飼い主が見つかって本当によかったですよ」


 そうか。お前は家族に見捨てられた訳じゃなかったんだな。


「それじゃあ、失礼します。本当にお世話になりました」


 そう言って、飼い主は犬を連れて帰っていく。


 俺は後ろ姿を見送る。

 元気で暮らせよ。

 俺と違って見捨てられた訳じゃなくて本当によかったよ。


「わふっ!」


 振り返った犬と目が合った。


 お前も見捨てられた訳じゃないと言われた気がした。

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