ももいくれあ

第1話

ある晴れた日の朝、暗くて深い井戸の底に向かって叫びました。キレイな水が流れる川の近くに住んでいるあらいぐまさんは叫びました。

おーい おーい、もういやだよぉー、洗うのはいやだよぉー。

誰かお皿やコップを洗ってよぉー、毎日毎日疲れたよぉー。

深い井戸の中にその声はこだましました。思いっきり叫んでみたら、ちょっとスッキリしました。

だけど、誰もいないことに気がついてがっかり頭をうなだれました。これじゃ、お皿やコップは誰も洗ってくれないじゃないか。

あらいぐまさんは、ピカピカにキレイになるのは大好きでした。

でも、自分で洗うのはとってもいやでした。だって、ヘトヘトに疲れてしまうから。いつまで洗ったらコップやお皿がキレイなになるか、ちっともわかりませんでした。あらいぐまさんはそれがわからなくて、いつもいつも困っていて、泣いてばかりいました。毎日毎日、日が暮れるまで、朝からずーっとキレイな川で洗っていました。

あらいぐまさんには決まりがありました。

カラダを洗う日は決まっていました。お皿やコップを洗う日も決まっていました。それは決まっていて、そのルールは絶対守るのがあらいぐまさんでした。とってもまじめなあらいぐまさんは、そんな自分に時々疲れてしまっていました。ヘトヘトに疲れて、泣いてばかりいました。


おてんとうさまが真上にくる頃、そろそろキレイになったかなぁ。誰かいないかなぁ。いつもいつも思いました。

でも、まわりには誰もいないし、いつまで洗えばキレイになるのか分からないし、洗い続けて気がつくと、あたりは真っ暗。眠くなったあらいぐまさんは、ようやく川から上がってフカフカの草の上で、いつものように眠ることにしました。あらいぐまさんがモゾモゾ動くと草や花はカサカサ音をたてるので、その音が気になって、ちっともぐっすり眠れませんでした。

小鳥が鳴いて朝が来ると、ヨイショと起き上がって眠い目をこすっては、いつもの川であれこれ洗い始めました。そんなあらいぐまさんには困っていることがありました。それは、カラダを洗う日とお皿やコップ洗う日が別々で、毎日毎日いっしょうけんめい洗わないといけないと思っていることでした。そんなあらいぐまさんはいつもとっても疲れていました。いつまで洗えばキレイになるの分からないので、日が暮れるまで洗い続けました。

でも、そうやって毎日川に入って日が暮れるまで洗っていると、なんだかぜーんぶキレイになった気がして、フシギなことにすぅっーと気持ちはスッキリしました。そうやって毎日暮らしていたあらぐまさんはある日思いつきました。

そうだ。もう一度あの井戸に行ってみよう。この前みたいに大きな声で叫んだら、もっとスッキリするかもしれない。そう思ったら、いてもたってもいられなくて飛び起きて出かけました。草や木やお花たちをかきわけて、いっしょうけいんめい走りました。朝から走って、走って、おてんとうさまが真上にくる頃、ようやく井戸を見つけました。

すると、なんと、びっくり。。

太くてニョロニョロの長いヘビさんがスルリと井戸から顔を出しました。とってもびっくりしたあらいぐまさんでしたが、勇気をだしてヘビさんに言いました。

「ねぇねぇヘビさん。毎日毎日、カラダやお皿を洗っているけど、本当は洗うのはいやなんだ。いつまで洗えばキレイになったか分からなくて、とっても困っているんだよ。だからかわりに洗ってくれないかなぁ。」

するとヘビさんは、グルグル長いカラダをまーるくまいてヒラヒラの舌をヒョロヒョロ出して、大きくひとつうなずきました。

それから、ピョンとあらいぐまさんの頭の上に乗って、「さぁ、出発だぁー」と叫びました。何が起きたのかよく分からないあらいぐまさんはなんだかちょっと怖かったけれど、頭の上に乗ったヘビさんを落とさないように歩きはじめました。草や木やお花を見ながら歩いていると、いつの間にかいつものフカフカの草の所まであっという間に戻ってこれました。

それは、なんだかフシギでした。朝井戸に行く時はあんなにたくさん走ったのに、ヘビさんを頭の上に乗せていたらあっという間にも戻ってこれました。

ヘビさんはずっと、じーっとしていて何も言いませんでした。ただ頭の上で日が暮れるまでヒラヒラの舌で何かソラに向かって描いていました。あらいぐまさんは最初はなんだかちょっと怖かったけれど、だんだん怖くなくなりました。あらいぐまさんの頭の上に乗っているヘビさんと一緒ににいることが、だんだん楽しくなってきました。そして、そんなフシギなヘビさんのことがだんだん好きになりました。もしかしたら、ヘビさんと友だちになれるかもしれない。そしたら、一緒に洗おう。そうすればキレイになったか心配しなくても大丈夫だ。日が暮れて真っ暗になってもヘビさんは何も言いませんでした。あらいぐまさんはなんだか眠くなってきたので、ヘビさんに話しかけようとしました。すると、ヘビさんはヒラヒラの舌をしまって大きくてキレイな青いビー玉のような目を閉じていつの間にか眠っていました。しかたないなぁ。あらいぐまさんは、ヘビさんを頭の上に乗せたままフカフカの草の上に座って眠ることにしました。

小鳥が鳴いて、朝が来ました。気がつくとあらいぐまさんはぐっすり眠っていました。あわてて頭の上のヘビさんに話しかけようとすると、ヘビさんはどこにもいませんでした。どこをさがしても見つからないので、またいつものように川に向かいました。そして、川に入ろうとした時、

あっ。思わずひっくり返りそうになりました。川にうつったあらいぐまさんの姿は、まるで昨日であったヘビさんでした。ただ少し違うのは、毛がもじゃもじゃはえたヘビさんになっていました。あらいぐまさんはおそるおそる舌を出してみました。すると、ヒラヒラの長いヘビさんの舌になっていました。そうだ、このヒラヒラの長い舌でお皿やコップをペロペロなめてみよう。そうすればきっとピカピカになるにちがいない。カラダもペロペロなめたらツヤツヤになるかもしれない。そう思ったあらいぐまさんは、勇気をだしてもじゃもじゃのカラダをなめてみました。

すると、びっくり。なんとツヤツヤになってきました。嬉しくなってカラダじゅうをペロペロなめて、ピカピカになりました。どのくらいキレイになったか見てみようと思ってもう一度川まで行って、そおっとのぞきこみました。あれ?さっきまでのヘビさんの姿ではなくなっていました。フシギに思ったあらいぐまさんは、思いっきり舌をのばしてみました。すると、舌はヒラヒラしていない短いあらいぐまさんの舌でした。ヘビさんはどこにいったのかな?あらいぐまはなんだか急にさみしくなりました。川のまわりをあちこち探したけれど、ヘビさんはどこにもいませんでした。がっかりしたあらいぐまさんは、いつものフカフカの草の上で日が暮れるまで待つことにしました。

でも、ヘビさんはとうとう現れませんでした。せっかく友だちになれると思ったのに。涙がとまりませんでした。泣いて、泣いて、夜がきて、朝が来て、夜がきて、また朝が来てぐったりしたあらいぐまさんはようやくいつものフカフカの草の上に横になりました。

ふっとソラを見上げると、何かが見えたような気がしました。ニョロニョロと太くて長い、大きな青いビー玉のような目をしたヒラヒラの舌のヘビさんがソラを登っていったように見えました。あらいぐまさんは、ちょっと嬉しくなりました。もう、会えないと思っていたヘビさんにまた会えたから。こっちを向いてヒラヒラの長い舌で何かかているように見えたけれどなんだかよく分かりませんでした。

その夜、あらいぐまさんはヘビさんの夢をみました。

ヘビさんは、たくさんたくさんいました。いろんなヘビさんがいました。みんな何も言いませんでした。あらいぐまさんは、なんだかワクワクしました。楽しいキモチでぐっすり眠れました。

小鳥が鳴いて、朝が来ました。あらいぐまさんのカラダは、いつものように毛だらけでした。いつもの川にカラダを洗いに行こうと歩いていると、あれっ?川がどこにもありませんでした。歩いても歩いても、見つかりません。

あらいぐまさんはちょっとフシギでした。

でも、あらいぐまさんは、川がなくてもちっとも気になりませんでした。カラダもお皿もコップも洗えないけど、なんだかすごくスッキリしていました。そしたらなんだかうとうとしてきてにっこり笑って夢の中に入っていきました。

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