第109話 露悪趣味は地雷中の地雷なんだが?

 ―――神聖帝国のとある巨大な地下室。選ばれた人間たちしか入る事のできないそこでは、酒池肉林の宴は繰り広げられていた。

 肌も露わな美女たちと夢中で交わる男たち。あちこちでは女性同士も交わっている艶やかな声が聞こえてくる。

 そして、そんな裸の男女が所かまわず乱れあっている快楽地獄を、椅子に腰かけてワインを傾げながら口元に艶やかな笑みを浮かべる絶世の妖艶な美女。

 ―――悪魔、エイシェト・ゼヌニム。

 彼女の作り出した悪魔教団、カルトは神聖帝国の内部を、美女と麻薬で着々と侵食していった。

 何せ上層部が真っ先に侵食されているのだ。

 治安組織が全うに機能するはずもなかった。


 酒と食べ物と様々な麻薬と美女たちの快楽の坩堝と化している地下の広間。

 その一ヶ所にさらに深い井戸のような穴が空いている。

 その穴の底では痩せ細った人々が呻き声を上げながら蠢いている。

 彼らは、ゼヌニムに逆らった人々であり、もう長い時間何も食べていない飢餓地獄に置かれているのだ。


 上では酒池肉林の快楽地獄。

 下の穴の中では自らに逆らった者たちの飢餓地獄。まさしく、ここら地獄の縮図と言えた。

 そろそろいいだろう、とゼヌニムはナイフを手にすると、それを飢餓地獄に陥っている穴の中に放り投げる。

 何も食べる物がなくなり、飢餓地獄に陥った者たちの中にナイフを投げ込んだらどうなるか。それは言うまでもない。

 やせ細った彼らはナイフを手にするために争い、ナイフを手にした者はそれを振るい、他の人間を切り裂き、その肉を食らおうとする。


 そして、そんな悪夢のような光景を、ゼヌニムは鈴を鳴らすような可憐な声でころころと優雅に笑い声を上げながら楽しんでいた。

 そう、悪魔である彼女にとって、快楽にふける人間も、共食いに走る人間も、この文字通り地獄のような光景もただの喜劇でしかないのだ。


「ああ、愉快愉快。愉快ですわ。やはり人間どもはどうしようもなく愚かで本質的に邪悪な存在。故に悪魔である私たちがきちんとその本質をむき出しにして管理しなくてはいけませんわ。ねえ、そちらのアスタロト様もそう思いません事?」


 そう言いながら、ゼヌニムが床の一か所を見ると、そこから一匹の蛇がにょろにょろと姿を現すのが見えた。

 人間ならともかく、同じ悪魔である彼女には、その存在が正確に理解できた。

 そう。それは同じ悪魔であるアスタロトの化身の蛇だった。


『……。我を侮っているのか?』


 敵意むき出しなアスタロトの言葉に対して、ゼヌニムは妖艶な笑みを浮かべながら、悪意たっぷりに言い放つ。


「ええ、人間の善性なんてしょせん表面のメッキだけの物。

 そんな表面だけを見てきゃっきゃっと子供のように喜ぶなど、実に愚かと言わざるを得ませんわね。アスタロト様もいい加減、人間の本質を見つめるべきでは?」


 人間の善をはぎ取って、悪を暴き立て喜ぶ露悪的なセヌニムと、人間の魂の輝きに目を焼かれているアスタロト。

 お互いに人間に対するスタンスは対極といえた。そして、人間の魂の輝きを愛するアスタロトに対して、こんな光景を見せつければゼヌニムに対して敵意を持つのは当然である。

 アスタロトの化身である蛇は、怒りを押し込めた口調でゼヌニムに対して言い放つ。


『なるほど。よく理解した。つまり、貴様は敵という訳だな。エイシェト・ゼヌニム。このことはよく覚えておくぞ。覚悟しておくがいい。

 サマエルの威を借りて威張り散らしているだけの阿婆擦れが。』


 そのアスタロトの言葉に、ゼヌニムは鈴を鳴らすようなころころという可憐な笑い声を上げる。

 所詮は現世にロクな介入もできない、ロートルな負け犬の遠吠え。

 そんな戯言など、彼女にとってはどうでもよいことだった。

 アスタロトの化身である小型の蛇が消えたのを確認しながら、彼女はひたすら高笑いを続けていた。



『と、いう訳であのアバズレもサマエル派も丸ごと滅ぼしてやる事にした。』


 アスタロトの本体がいる魔界の神殿で、いきなり猛烈な怒りを宿しながら言い放つアスタロトに対して、バエルの化身である黒猫は思わずドン引きしていた。


『怖……。何でいきなりブチ切れてるのにゃ……。』


 ぺろぺろと自分の体を舐めて毛繕いしている黒猫に対して、ついに堪忍袋の緒が切れたのか、王座に座ったままのアスタロトは凄まじい魔力と威圧を解き放ちながら絶叫する。


『あのクソ女がよぉおおおお!!人間の輝きを堕落させて取るに足らないゴミクズだと罵りやがってよぉおお!あの中にも輝きを見せてくれる人間がいるかもしれなかったじゃないか!人間を玩具のように扱いやがって!許せねぇ!!』


 おっ、自己紹介かな?ブーメランかな?とバエルの化身は突っ込みたくなってくるが、面倒くさい事になるから毛づくろいしながら聞き流す。

 とはいうものの、その押しつぶされそうな魔力と威圧を無差別に解き放っている所を見ると、アスタロトは本気で怒り狂っているらしい。

 バエルの化身だからこそ受け流しているのであって、下級悪魔ならそれだけで消滅しているだろう。


『人間が悪性を秘めているなんて理解しているんだよ!その悪性を乗り越えて魂の輝きを見せるのがいいんじゃねーか!!洗脳して堕落させて悪性をむき出しにして、「これが人間の本質ですよww」とか我メチャクチャ許せねぇ!!人間は悪魔の道具じゃねぇ!!』


 おっ、ブーメランかな?(本日二度目)とバエルの化身は思ったが、それを口にするとさらに怒り狂って、こちらにまで被害が来るため、適当に受け流す。


『……で?余を呼んだのは何の用にゃ?愚痴言うだけなら面倒臭いから帰らせてもらうにゃ?』


 わざわざアスタロトの愚痴を聞くためにやってくるほどバエルも暇ではない。

 そんな事ならさっさと帰らせてもらおう、という彼に対して、アスタロトは思わず引き留める。


『まあ待て。確かそちらが力を貸している竜とやらは、あのアバズレ、ゼヌニムと敵対関係にあるのだろう?ならば、我もそちらに力を貸してやろうと思ってな。』


 ふむ、と黒猫はぱたぱたと尻尾を動かして先を促す。


『我がいきなり出張って全面戦争を起こすと、魔王ベルゼブブや他の勢力も黙っていないし妨害してくるだろうから、バエルである貴様の手助けをする事によって、あの女の妨害をするということだ。遠回りな手ではあるが、仕方あるまい。

 そちらにとっても悪い話ではないと思うが?』


 やれやれ、面倒くさい話にゃ、と思いつつ黒猫はその言葉を聞く事にした。


 



・人間賛歌とか愛と友情の少年漫画とか大好きな人間が、無理矢理エログロ18禁露悪映画を見せられたら、そりゃ切れるよな、というお話です。

 

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