第108話 無償労働は良くないよね。

 こうして、クーデターを企んだ元穏健派たちを排除しつつ、リュフトヒェンは自らに忠誠を誓う騎士たちを領主へと任命していった。

 元々、ある内心で反感を持っている元穏健派を排除し、自分に忠誠を誓う騎士たちを領主にする事で、権力を安定化させて、他の元穏健派たちに対して牽制をする。

 これでこちらに不満を持っている元穏健派を一掃する事によって内憂は大分解消されるだろう。


 そして、領地を平定するのと同時に、可憐な容姿と豪奢な衣装をした偶像アイドルたちの歌と吟遊詩人の楽器という娯楽によって、娯楽に飢えている民衆の心をがっしりと掴んでいく。


 古来より吟遊詩人は現代でいうマスコミの役割を持つ情報発信の主たる存在であり、名誉などを重んじる戦士たちも吟遊詩人には逆らえなかったとされている。

 そのため、セレスティーナは吟遊詩人たちに金を払ってリュフトヒェンを称える歌を、偶像アイドルたちと村々で歌いまわっている。

 リュフトヒェン自身としては。照れくさくて仕方ないのだが、こうしなくては神竜としての力をさらに向上させることはできない。


 偶像たちが歌っている中、照れくささで外に出れないリュフトヒェンは、自分の馬車の中でバエルの化身である黒猫から色々と情報を聞き出していた。

 リュフトヒェンは尻尾を猫じゃらし代わりに振りながら、黒猫と話しているため、傍から見たらじゃれているように見えるがれっきとした情報収集である。


『それで、何かパトリシアに対してアスタロトが介入してきたみたいけど大丈夫なの?』


 揺れる尻尾に肉球パンチをしつつ、バエルの化身の黒猫はリュフトヒェンに答える。


『まあ、簡単に言うと彼女がアスタロトに対して百点満点の行動をしたから気に入られたっぽいにゃ。あのロクデナシは「弱い人間たちが勇気を出して立ち向かう」というシチュが大好きだからなにゃ……。あいつは人間賛歌大好きだからあの人間に変な力とか与えないと思うにゃ。』


 とりあえず、バエルの化身からアスタロトについての情報を色々聞いてくると、リュフトヒェンは思わず真顔になってしまう。

 どこからどう見ても、上位存在気取りのロクデナシではないか。

 そんな存在が蠢いているのを知ると、思わず頭が痛くなってしまう。


『あのさぁ……。はっきり言って、アスタロト頭おかしいんじゃないの?その力をもっと有益な方に向けろよ。』


 まあ、リュフトヒェンも元は日本人で様々な娯楽文化に触れていたため、そういう上位存在としての物の見方は理解できなくもないが、いくら何でも趣味に走りすぎだろう。

 確かにそういった存在は眩いし尊い物ではあるが、日々を一生懸命生きている人間たちに対して、全ての人間がそうなれ、というのは流石に無茶がすぎる。

 竜である自分ですらも一生懸命何とか生き抜いているだけなのだ。

 力のない人間にそんな自分の理想を押し付けるのは、やはり無理があるだろう。


『正直、余もそう思うにゃ。まあ、人間の輝きを見たいために人間に"試練"を与えるかもしれんが……最近は「やはり自作自演では感動が薄れる。偶然の織り成す生のドラマこそ至上」とか言ってたからちょっかい出してくるのは五分五分なんじゃないかにゃ。』


『……ちなみに、アスタロトに気に入られてメリットとかあるの?』


『ないにゃ。(キッパリ)力のない人間が気合を見せるのは好きだけど、だからといってそんな人間たちに力を与えるのは解釈違いとか言い出す奴にゃ。

 基本的に、無視が一番にゃ。』


 本当にロクでもない上位存在だな……。という顔になる。

 しかも基本概念が”娯楽”だから質が悪い。ああいう類は「面白そうだから」という理由でどこにでも首を突っ込むし、自分の面白くなりそうになるために陰ながら企みを起こす事も厭わない。


『はぁ……。本当にロクでもないな……。

 まあ、それはともかく、色々働いてくれるし、仮にも”悪魔”に無償労働をさせるのも怖いし、開拓村にバエル……もとい神霊バアルの小型の神殿を作ってみるけどいい?後は吟遊詩人たちにバアルのカッコいい逸話とかを歌にして歌わせれば人気も出るでしょ。』


 そのリュフトヒェンの言葉に、バエルの化身である黒猫はぴょこん、と飛び跳ねて尻尾を左右に振って喜びを示す。ようやく自分の望みの第一歩が始まるのだ。

 これで喜ばない方がどうかしている。


『まあ、基本的には前の契約と同じで、カルトや邪教に走らずに、悪事など働かずに全うな宗教として普及させる事。多分、ウチのママンの従属神としての扱いになると思うけど、そこはしばらく我慢してほしい。』


リュフトヒェンの言葉に、黒猫は頷いて答えを返した。

元々は主神である彼が従属神になるというのはある意味屈辱だが、まずは神霊回帰さえしてしまえば後は何とでもなる。

ティフォーネ信仰から独立して独自の宗教を立てるというプランもあるが、悪魔のままで正しく信仰してくれる人間など普通はいない。

とりあえず、何としても神霊へと戻る必要があるのだ。


『分かったにゃ。千里の道も一歩からって奴にゃ。ともあれ、悪魔ではなく真っ当な神としての信仰が少しでも入ってくれると嬉しいにゃ。

何か派手な活躍でも考えてみるかにゃ……。』


あんまり派手な事をすると教皇庁からさらに目をつけられる可能性があるから、ほどほどでやってほしいなぁ……。と思うリュフトヒェンだった。

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