第74話 戦略的撤退。

 そして、その異変に感づいたのは、ティフォーネだけではなかった。

 地脈の操作を行っているリュフトヒェンや膨大な魔力の波動を感知したアーテルやセレスティーナたち魔術師たちも同様だった。


 偶像たちに対して、レッスンや路上ライブを行わせて地道な活動をさせ、(書類仕事から逃げる名目で)彼女たちを見守っていた小型化していたリュフトヒェンは地脈の乱れと魔力波の大きな乱れを感知し、慌てて自分を抱きかかえていたセレスティーナから離れて上空へと飛翔する。


『いかん!!緊急事態だ!みんなに連絡!!警戒レベルを最大に!!我々はこれから大辺境へと駆けつける!後は任せた!!』


 それだけを言うと、リュフトヒェンは上空に飛行して元の姿へと戻り、前方に円錐状の結界と仮想エンジンを展開し、瞬時に高速で大辺境へと飛行して向かう。

 それはアーテルも同様だった。

 彼女も同じように、仮想エンジンを展開して高速飛行を行う。


 大空を一直線に切り裂いて高速で飛行する二頭の竜は、まるで解き放たれた二本の矢のようだった。本来ならばアフターバーナーをオンにしてさらに出力を上げたいのだが、通常の物理型エンジンではなく、あくまで魔術式によって構成された仮想エンジンでは、アフターバーナーを行うことはできない。

 だが、以前に比べ、彼の魔力推進力は増大しているように見え、速度もグングンと増している。これは、竜人や亜人たちの信仰心が彼の魔力の向上をもたらしているからである。もっと信仰心を集めればより上位存在、神竜の領域へと足を踏み入れることもできるかもしれないが、まだ始まったばかりの信仰ではこの程度である。


 超音速飛行で大気と音の壁を切り裂いて飛翔する二体の竜は、魔導通信を用いて飛行しながら会話をする。


《とりあえず何か地脈が激しく乱れて、何かの封印が解けてヤバぎみというのは感知できたんですが、何が起こったかチョロ竜さん分かる!?》


《チョロ竜言うてる場合か!混沌竜エキドナ本体の封印が解けたんじゃ!

 妾たちも落とし子と戦っただろう!あの本体である竜じゃ!!

 ヤツの本質であり厄介な所はその無限の生命力じゃ!!神代の戦いでは、空帝が物質の最小の単位まで打ち砕いてなお生存していたから大地へと封印したぐらいだと聞いておる!》


 リュフトヒェンたちも以前戦ったエキドナの落とし子。

 あの本体が復活したとなれば、非常に厄介なのはアーテルのいう通りその再生能力だろう。落とし子ですらあれほどの再生能力を誇るのだ。

 その本体であれば飛びぬけた再生能力を持っているであろう事は推測できる。

(流石に原子や分子の単位まで砕いてなお生存していたというのは嘘だとは信じたいが)


《というか空帝の奴は何をやっているんじゃ!!これあいつの仕事じゃろうが!!

 鱗を使って空帝に直接連絡しろ!緊急事態じゃぞ!!》


 そのアーテルの言葉に、空間の歪みにしまってあるティフォーネの鱗に、飛行しながら彼女に対して何度も連絡を取る。

 だが、何度連絡をしても繋がらず、しまいには何か留守番電話みたいな物まで流れ出す始末だ。


《あの天災女、こちらにエキドナを任せるつもりか!?クソ!ギリギリまで動かないつもりか!はっきり言ってエキドナなんぞ妾たちの手に余るぞ!?》


 そう言っているうちに、新開発した魔力波を放出して帰ってきた魔力波を感じ取る魔力レーダーの術式に巨大で悍ましい”何か”の存在が感じられる。

 彼らの肉眼でも捉える事ができた。

 空中に浮かぶ巨大な腐肉の塊。10mは超えるその蠢く腐肉はまさに悪夢のようだった。


《よし、まだ完全復活は遂げておらんようだな。

 完全復活した時には、およそ1kmもの文字通り空中要塞になると聞いたからな。

 そうなれば到底妾たちでは手出しができん。》


 エキドナの方も、こちらに近づいてくる敵に本能で気づいたのか、腐肉の表面が激しく流動し、そこから牙を向いた竜の首が咆哮と共に生み出される。

 しかも、それは一本だけではない。

 球状の腐肉からボコボコとさらに何本も生み出され、計五本の竜の首が飛来してきたリュフトヒェンたちに向かって牙を向く。


《先手必勝!くたばれ!!》


 リュフトヒェンは、エキドナに突撃し、エキドナの首から放たれる魔力レーザーをバレルロールで回避しつつ、自らの周囲に魔術で雷球を数十作り出し、そこから雷撃を放ってエキドナへと攻撃を仕掛ける。

 だが、以前より威力を増しているはずのその雷撃は、エキドナには命中しているが、表面を焼き尽くしているだけで大したダメージにはならないように見える。

 おまけに、焼き尽くされて、炭化した表面はポロポロと地面に落ちて、瞬時に腐肉が再生していく。


《この!だったら、これならどうだ!!》


 そう叫ぶと、リュフトヒェンは、自分の周囲に浮かんでいる雷球をそのままエキドナへとフライハイしながら叩き込む。腐肉に叩き込まれた雷球は爆弾よろしく、そのまま周囲に雷撃をまき散らしながら爆発を起こす。

 しかも、再度フライハイすることで、その雷球がさらに次々と叩き込まれて爆発して腐肉をまき散らしていくのだ。流石のエキドナもこれは堪らなかったらしく、五本の首は思わず苦悶の叫びを上げる。だが……。


《!?再生している!?》


 そう、エキドナの肉体に空いた穴は、みるみるうちに腐肉が盛り上がり再生を行っているのだ。あの爆発も、ただ表面を吹き飛ばしただけにすぎず、与えたダメージも瞬時に再生されているらしい。


 アーテルも、同様に魔力球を生み出して、その傷口に対して、エキドナへと魔力レーザーを射出しているが、傷口を穿つだけで再生自体を止められない。

 二機が交互に一撃離脱戦法を行うサッチウィーブに似た攻撃を仕掛けているが、それでもエキドナには手も足も出ない。

 生半可な攻撃では、強力な再生能力を持つ腐肉を貫けない、と判断したアーテルは、一気にこちらの最大火力であるドラゴンブレスを叩き込む事を提案する。

 もちろん、リュフトヒェンに否はなかった。


《タイミングを合わせろ!ダブルドラゴンブレスであやつの腐肉と竜核ごと微塵に吹き飛ばすぞ!その後で封印術式で再封印を行う!!妾、封印術式とか苦手なんじゃがな……!!》


 二体の竜はそのまま天空へと駆け上るように急上昇すると、そのまま反転し、急下降しながら真下のエキドナへと襲い掛かる。

 空中に浮かんでゆっくりと進んでいるだけのエキドナは、そんな急速な機動を取れる竜についていくのは難しい。


 急下降しながらも、彼らは口を開き、ドラゴンブレスのための魔力充填を開始する。


《今じゃ!放て!!》


 アーテルの言葉と共に、二体の竜は同時にドラゴンブレスを放つ。

 片や150万kWを軽く凌駕する高威力の雷撃であるブレスは、大気中をプラズマ化しながら突き進み、あらゆる存在を粉砕し、焼き尽くしながら。

 もう片や魔力を加速させて解き放つ事実上の魔力粒子加速砲であるアーテルの漆黒の魔力のブレスは、大気を切り裂きながら。

 二体のブレスは直線状に突き進み、真下のエキドナの球状の腐肉の塊へと突き刺さる。


 ―――瞬間、世界自体が砕け散るような眩い光と、轟音が周囲の空間を支配し、エキドナの球状の肉体の半分が粉々に粉砕される。


『~~~~~~!!!』


 エキドナの声にならない声が空間中に響き渡る。

 10mもの球状の肉体のおよそ半分は、二体のドラゴンブレスによって吹き飛ばされ、半球上の腐肉がのたうちまわりながら声にならない悲鳴を上げている。

 だが、それを見てアーテルは忌々しげに舌打ちをする。


《クソッ!!まだあんなに残っておるとはな!!もう一度やるぞ!!》


 信仰で力を増しているとはいえ、まだまだ目に見えるほどではないリュフトヒェンのブレスと、エルダー級であるアーテルのブレスでは、エンシェント級のエキドナの肉体を完全には粉砕はできない。

 急下降から今度は水平飛行へと機動を変えると、そのまま一旦ぐるりと旋回して距離を取りながら、エレメント状態の二体の竜は再度息を合わせてブレスを放つ。


 ―――着弾。

 再び空間自体を引き裂く閃光と轟音が周囲を支配し、エキドナの半球状の残りの肉体がさらに吹き飛ばされる。

 だが、それでもなお十分の一、1mほどの肉塊がしぶとく残っており、そこから猛烈な再生速度で肉体が再生されていく。

 エキドナの肉体と竜核は交じり合っており、一定の腐肉を消し飛ばさないと肝心の竜核が出現しないのである。

 全力のブレスを二回も放った彼らに、三回目のブレスを放てるほどの魔力は残ってはいなかった。


《ダメじゃ!!竜核も腐肉も完全に吹き飛ばせておらぬ!あれでは再封印できぬ!

 撤退じゃ撤退!!》


 そのアーテルの言葉に逆らえるほどの魔力も残っておらず、戦略もないリュフトヒェンには、彼女の言葉に従うしなかった。

二体の竜は、高速でその空域から離脱していった。


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