第65話 キュート、クール、パッション。
『うぇ……。本当にこれ持って帰らなきゃダメなのかなぁ……。』
リュフトヒェンは山岳要塞から財宝を回収すると、とある場所へとたどり着いていた。それは、元ドワーフの居住地の地下要塞跡である。
ドワーフたちはあの後でも何度も地下要塞跡に潜っては財宝や鍛冶用の道具や希少な金属などを持ち出している。
その近く、アーテルが木端微塵に打ち砕いたはずの落とし子の残骸が落下したはずの場所に、リュフトヒェンは空中から近づいて着地して調べてみる。
すると、そこには木端微塵に砕かれた腐敗した肉体の破片が、脈打ちながらも再生しつつあった。
この状態からでもなお再生しようというのは恐るべき生命力である。
これを食らって自分の糧にしようという動物たちを逆に取り込んで再生を加速しているのだろう。
流石にある程度までしか再生が行えないだろうが、これほどの再生力があればどうなるかは分からない。
もし、他の落とし子が出た際に対して、その遺体を封印・処分・魔力化できる分解炉の実用化は確かに急務である。
だがそれはそれとして、腐敗した肉塊を掴むのは流石に彼でも怖気づいてしまう。
「とりあえずズタ袋と布は用意しましたので、これである程度回収しましょう。
後は焼き尽くして浄化する方向で。」
リュフトヒェンは布を手にある程度肉塊を回収して、それをズタ袋に入れて、財宝とは別の空間の歪みへと放り込んでおく。
後の肉片は炎で焼き尽くして浄化しておく。流石に焼き尽くしておけば再生はできないらしい。その後で浄化の水で手洗いをして、そのまま彼らは旧帝都へと帰還した。
『ただいま~。そっちはどう?オーディション候補集まった?』
人間たちが竜に畏怖を持っている事は理解しているが、それでも戦争によって夫を失ったりして生活に困っている未亡人たちやら何やら訳ありの女性は沢山いるだろう。
現実の日本と異なり、まだアイドル像に対してはそこまで処女性やら何やらは求められていない。そういった女性でも受け入れられるだろう、と考えていたリュフトヒェンの考えは、シャルロッテの一言によって打ち砕かれた。
「来たのは三人ね。後は全然さっぱりだわ。」
その予想外のセリフに、思わずリュフトヒェンは愕然の表情になる。
少なくとも十人ぐらいは来てくれると思っていた彼の予想は大きく外れてしまったのだ。
『ちょっと待って!何で三人しか集まっていないの!?』
「そりゃ怖がられているからに決まっているでしょう。竜が若い子を集める理由なんて食料にするか嫁にするかしかないですから。」
『ふ、風評被害だー!!納得いかーん!!』
リュフトヒェンがそう叫んだ所で、未だ世間の評判が大きく変わる訳でもない。
少なくとも自分たちを守ってくれるという事は知れ渡っているので、悪い竜ではないという事を人族も知ってはいるが、やはり竜が若い女性を集めているとなればそういう評価になっても仕方あるまい。
「それでご主人様。本当に若い女の子たちとイチャイチャしたいだけではないのですね?この子たちを後宮に召し抱えるのでもなく?」
『だからしないって。女芸人とか踊り子とかと明確に差別化させないといけないしね。』
こっそりとその三人がいる部屋へと行っていると、凹んでいるセミロングの少女、超然としているロングヘアーの少女、そしてミディアムヘアーの明るい快活な少女の三人だった。
「うう……。やっぱりあたしたち食べられちゃうんだ……。死ぬの嫌だなぁ……。」
「まあ、別にそれでもいいけど。食べるなら痛みのないようにしてほしいなぁ。
私の命なんてゴミカスだし。どうなってもいいけど。」
「うーん、とっても楽しみ!早く来てほしいなー!」
その部屋にいた三人のそれぞれ異なる発言を聞いて、リュフトヒェンは思わずこっそりと頭を抱える。まさかこれほど個性的なメンバーは来るとは思っていなかったからである。
セレスティーナに抱えられたまま小型化したリュフトヒェンが部屋に入ってきた瞬間、三人の行動はそれぞれだった。
セミロングの少女はロングヘアーの少女の影に隠れてガタガタ震えだし、ミディアムヘアーの少女は小型化しているリュフトヒェンを興味深くじろじろと眺めだす。
リュフトヒェンが自己紹介をしてもずっと震えたままの少女を他所に、その前にいる少女は淡々とこう言い放つ。
「それで竜様?食べるんならさっさとしてほしいんだけど?痛みなくさくっとやって。」
超然としたロングヘアーの少女の言葉に、思わずリュフトヒェンは勢いよく反論する。
『食べないって!ごほん、というわけで君たちには
その言葉に真っ先に反応したのは、後ろで震えていたセミロングの少女だった。
彼女は震えていたのを忘れたようにいきなり立ち上がってリュフトヒェンの言葉を問い返す。
「い、一年間!?一年間ずっと食事が出てくるんですか!?マジで!?一日三食!?もしかして天国ってやつですか!」
その発言だけでもうこの少女が置かれていた状況が理解できるが、そこには触れずにリュフトヒェンはさらに言葉を続ける。
『もちろんタダ飯じゃないよ。その一年の間に君たちには歌手活動を頑張ってもらう。その一年の間で成果を出せればよし。出せなければ……。まあ、他の職への支援はするということで。』
ふむ、と超然とした少女は、顎に手を当ててリュフトヒェンの言葉を反芻する。
「なるほど……。一年間で肥え太らせてから私たちを食べるって訳か。了解したわ。
個人的にはさっさと食べてほしいけど。」
「つ、つまり、私たちは豚さんってコト!?ぴぃ……。」
こいつら人の話全然聞いてないな……。という顔をしつつも、今度はそれぞれの少女たちの自己紹介を促す。
アイドル活動を行うためにも事情を聞かなくてはいけない。
まずはセミロングの野暮ったいいかにも田舎出の痩せっぽちの少女から口を開く。
「あ、あの、初めまして。私、パトリシアといいます。
農村から口減らしに歓楽街に売られてきた時に逃げ出してきてしまって……。
あの、何でもしますから、歓楽街に戻すのだけは……!!」
『了解。こっちで金を払っておいてこっちが買ったという事にしておく。
金さえ払って面目を保てば向こうも文句いわないでしょ』
そのリュフトヒェンの言葉に、彼女は思わずほっと大きなため息をつく。
「ありがとうございます!私、頑張って太って美味しい豚さんになります!ぴぃ……。」
『君、人の話全然聞いてないね……。まあいいや。ともあれよろしく。』
そして、次は自分の命なんて何とも思っていない怜悧なロングヘアーの少女だった。
その冷ややかは他人を寄せ付けず、どことなくやけっぱちでありながら、貴族のような高貴さを帯びていた。
「私の名前?何でもいいでしょ?そうね。ジェーン・ドゥとでも名乗っておくわ。
それ以上は言いたくない。前歴不問って聞いたけど、嘘だったの?」
ジェーン・ドゥ。つまり名無し、という意味である。
自分の命などどうでもいい、むしろ早く命を絶ちたいという願望を持っている彼女も訳ありなのは理解できるが、そこまで深く追及する必要はなかった。
要は、偶像としてのポテンシャルさえあればそれでいいのだ。
『了解。それでいいや。何かあったらよろしく。』
その言葉に、ジェーンは思わず呆然としてしまう。
まさかここまで何も聞かれずに受け入れられるとは彼女自身思っていなかったのだろう。リュフトヒェンからすれば、三人しか集まらなかった以上、彼女も貴重な戦力なのである。
あまりのスルーっぷりに呆然としている中、最後の少女の紹介に入る。
「こんにちは!私はデリラって言います!竜様に会えて光栄です!何か面白そうなのでとりあえず参加してみました。よろしくです!!」
その彼女を見て、セレスティーナは軽く眉を顰めると、リュフトヒェンに耳打ちをする。
(ご主人様。彼女明らかに嘘をついています。私の直観ですが、スパイか何かなのでは?さっさと排除したほうがいいかと)
(仕方ないでしょ!人がいないんだから!スパイでもなんでも使える者は使わせてもらいますやで。)
こうして、訳ありばかりのアイドル活動が幕を開けたのだった。
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