第63話 悪魔”モレク”像との戦い

 ―――そして、数日後、セレスティーナとシャルロッテは衛兵たちや諜報組織の人員たちはある館を秘密裏に包囲していた。

 元帝国穏健派の館であるそこでは、悪魔信望者たちが集い、麻薬を使用した酒池肉林の宴、”悪魔”に捧げる乱痴気騒ぎを行っているらしい。


 彼女たちは知らなかったが、”クォデシャー”と呼ばれるその麻薬の原料は、悪魔エイシェト・ゼヌニムの血であり、それを服用する事によって素晴らしい快楽と理性を全て解放したケダモノに人間を変貌させる。

 そして、同時に非常に強い中毒性もあり、それを連続で服用する事により、男性も女性も次第に妖艶な淫魔へと変貌し、エイシェト・ゼヌニムの下僕へと変貌する。

 そうして、彼女は酒池肉林によって信望者と自分の下僕を増やしているのである。

 彼らを捕らえる作戦としては、大規模な眠りの雲スリープクラウドの魔術で屋敷を覆い、さらに内部にも同時に眠りのスリープクラウドを発生させて、悪魔信望者たちを眠りにつかせる二重の作戦である。 

 眠りのスリープクラウドは相手を無傷で捕えるためには、最適の呪文といっても過言ではないが、それに対して、セレスティーナは思わずぶーたれる。


「とりあえず突撃して半分ぐらい殺しても構わないのでは?尋問は残り半分いれば大丈夫でしょう?」


 半分ぐらい残っていれば後は殺してしまっても構わない的な精神である。

 彼女からすれば、竜皇国を脅かす悪魔信望者は完全な敵そのものであり、本心では皆根こそぎ殲滅したいのが本音だろう。


「いいからアンタは大人しく眠りの雲の呪文唱えておきなさい。アタシとアンタなら拠点の大半はカバーできるんだから。

 というか逮捕だっていうのに派手に立ち回りしてどうするのよ。」


「ご主人様の迷惑になる事を仕出かした奴らは大罪人です。皆なぶり殺しにしたいのをこれでも必死に我慢してるんですよ。」


 その殲滅する気満々の彼女のセリフを聞いて、思わずシャルロッテは額に手を当てて、はぁ、と深々と溜息をつく。


「はぁー。昔よりもマトモになったと思いきや、ある意味昔よりもおかしくなってるわね……。アンタね。ライバルと見込んだ人間が急に強くなってしかも変態になって帰ってきた時のアタシの気持ちを考えなさいよ。少年趣味はれっきとした変態よ変態。分かる?」


「なっ……!私は少年趣味ではありません!ただ人間の姿になったご主人様の姿があまりに麗しく、若々しく、美しいから夢中になっただけです!そう!いうなればあれはご主人様ラブ♡が多少暴走したにすぎません!」


 あーはいはい。分かった分かったとシャルロッテはセレスティーナの熱のこもった戯言を、ひらひらと手を振って適当に受け流す。


「いいから口を動かす前に手を動かしなさい。さっさと仕事するわよ仕事。面倒なく大人しく捕えられてくれるといいけどなぁ……。」


 そして、彼女たちは同時に眠りの雲の魔術を唱えて、屋敷の中の人間たちを次々と眠らせていく。異変に気付いて逃げ出そうとする連中も、屋敷の外にある眠りの雲を吸い込んでしまう事によって大抵寝込んでしまう。

 裸で寝込んだ悪魔信望者たちを捕縛し、縄で縛りあげて連行するのは極めて容易い事であり、こちらの被害も全くない完全勝利で終わると思ったその瞬間だった。


 屋敷の中に踏み込んで、眠っている信望者たちを片っ端から捕えている中、屋敷の地下から振動が起こり、それは次第に大きくなってまるで地震のように屋敷全体を震わせる。

 そして、ついに屋敷の床を突き破って”何か”が姿を現す。


 それは異形の神像、いや、悪魔の姿を形どった悪魔像だった。

 男性の上半身に首は牛の頭、そして、胸の部分には人間を閉じ込めるための籠が存在し、下半身は火を放つ窯でできている3mほどの像。

 その特徴的な姿を見て、セレスティーナはその名前を叫ぶ。


「”悪魔”モレク!?まさかこんな所に出現するなんて!」


 その名前は、悪魔モレク。

 かつて存在してした古代の人々が人身御供を捧げていた事で有名な牛頭人身の怪物である。この悪魔は子供の人身御供を殊の外喜び、その像に子供を閉じ込めてそのまま焼き尽くして生贄に捧げるという非人道的な手段が取られていたという。

 恐らくここで悪魔信望者たちに祭られていたのは、このモレクなのだろう。


「どうするのよ!純粋な魔である悪魔に、魔術を操るだけの魔術師が敵うわけないわよ!一端撤退しかないんじゃない!?」


 シャルロッテのいうように、魔術師では悪魔に勝てるはずもない。

 そもそも敵わないからこそ、使役や懇願などが行われているのだ。

 だが、それに対してセレスティーナは首を振って答える。


「いえ、アレは恐らく本体ではありません。神像に憑依して無理矢理具現化した劣化した分体。ならば、我々にも勝てる可能性はあります!」


 そう、多分アレは崇拝していた像に悪魔が憑依して動かしている劣化分体に過ぎない。ならば、魔術師たちでも勝てる確率は十分にある。

 下半身の窯から地獄の炎を噴出するモレクに対して、部下たちや捕らえた信望者たちを避難させると、シャルロッテとセレスティーナは敢然と戦いを挑む。


「炎が通じないのなら、これならどう!?」


 シャルロッテは自らの周囲に数本の氷の槍を作りだし、それをモロクへと投擲する。だが、その槍はモレクの地獄の炎で瞬時に融解してしまう。


「それなら、これです!!」


 セレスティーナはそう叫ぶと、モレクの周囲の気温を氷点下にまで下げて、魔力の籠った吹雪で覆いつくす。流石に地獄の炎でもこれはきつかったらしく、みるみる内に下半身の窯から噴き出す炎は弱くなり、高温の水蒸気が一面を覆う。

 これは決定打にはならないが、モレクの力を弱めることはできたらしい。

 シャルロッテは、その隙をついて魔力砲台を展開して魔力弾を放ってみるが、力が弱まったモレクに対してもいまいち効果が薄い。


「氷が決定打にならないんだったら……物理的にぶっ飛ばすまでよ!くたばれ!」


 シャルロッテは魔力で側に転がっていた床の残骸を浮かせると、そのまま魔力弾の応用で勢いよく空気圧によって射出し、モレクへとぶつけていく。

 元々物理的な像を触媒にしていたモレクは、魔力には強いが物理的攻撃には弱いらしい。まともに残骸が命中し、像の表面が歪んでしまう。

 それを見たシャルロッテは、これ幸いと床から飛び出してきた際の岩やら何やらを片っ端から射出していき、それは次々と命中してモレク像を歪めていく。


『生贄を……。生贄を捧げよ……。生贄を……。』


「うるせー!これでも食らってろ!」


 ボコボコにされ、うめくような言葉を発するモレク像の言葉を一言で切り捨てて、シャルロッテは屋敷の柱の残骸を射出すると、それはモレク像の胸のド真ん中、恐らく生贄を納めて閉じ込めて焼き尽くす檻の部分にすっぽりと入るように命中し、思わずモレク像は衝撃で吹き飛ばされる。


「よっしゃ!ナイスコントロールアタシ!」


 思わずガッツポーズを取るシャルロッテ。

 そして、その隙にセレスティーナは転がっているモレク像へと部下から投げ渡された剣を手に一気に疾走する。

 転がっているモレク像に対して、セレスティーナは手にした剣をモレク像の首に突き立てる。もちろん、生物ではないのでこの程度では死ぬことはないだろうが、像を破壊すれば自然と憑依した悪魔ももう元の世界に帰還するしかない。


 セレスティーナはもう片手に持っていた竜骨杖から魔力を放出させ、ビームハルバード状態にすると、それを大きく振りかぶって、斧状になった魔力の刃をモレク像へと叩きつける。

 その連撃には流石に耐えられず、モレク像の首が破壊され、牛頭が宙を舞う。

 首を破壊されたモレク像は悪魔の憑依が解けて、急速にただの像へと戻っていった。こうして、この戦いは幕を閉じた。


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