第二章 魔法学校擾乱編
第17話 新たなイベントの予兆
「ねえねえ知ってる? そろそろあるらしいよ! テリオス魔法学校名物『校内乱闘』が!!」
その日の放課後。
いつもよりもテンション高めのローズがそう言って詰め寄ってきた。
テリオス魔法学校に入学してもうすぐ三ヶ月が経つ。
学校の空気や風習にも慣れ、授業も多種多様の分野に触れるようになってきた。
いつものように睡魔と戦いながら座学を受け、実技はいまだに見学し、たまにエルシアたちの魔法の特訓に付き合いながら比較的平和な学校生活を楽しんでいた今日この頃。
何やら新たなイベントが舞い込んできたようだ。
「校内乱闘って?」
「つか学校イベントにしては物騒すぎンだろ」
テリオス魔法学校名物と言われても、案の定それを知らなかったルベルとアッシュ。
レオンは「やっぱり今年もあるのか……」なんて頷いているところを見るに、この男もその名物とやらを知っていたらしい。
「あー…はいはい。あんたたちは知らなくて当然だよね。校内乱闘っていうのはただの俗称だよ。正式には『校内模擬戦』──つまりは学校全体で大規模に模擬戦闘をやろうってイベントだよ!」
曰く、テリオス魔法学校の敷地全てをフィールドとして、全学年が入り混じって戦うらしい。
基本的には個人戦で、他の生徒を倒すことでポイントをゲットし、その獲得総数で競い合うというものだ。
フィールドには教師たちの魔法による安全装置が機能しているため死ぬことはないらしいが、当然魔法の使用は可。つまり場合によっては怪我人もそれなりに出るということだ。
「実践的な模擬戦をすることで、いざ戦いの場に置かれた時でも対応できるようにするためだとかなんとか……。新入生も学校に慣れたこの時期に毎年やるらしいよ。ま、Aクラスでもない限り一年なんて瞬殺だろうけどね!」
一部の生徒を除き、魔法学校に入学する生徒は魔法に未熟な少年少女ばかりだ。
だとすれば、必然的に長く魔法教育を受けている上級生の方が魔導師としての力をつけているということになる。
入学して数ヶ月程度の一年生など、それはそれは上級生にとってはいいカモになることだろう。
(もっと甘ちゃんな学校かと思ってたけど……案外シビアなところもあるんだ)
とはいえ、ルベルの認識ではそのシビアさもかわいいお遊び程度のものである。
「二人とも詳しいね。そんなイベントがあるなんて知らなかったよ」
「世界的に見てもテリオス魔法学校は名高いからな。自然とその校風や模擬戦とかの情報も知れ渡るってことだ」
「実力主義だって、わりと有名だしね」
この世界の実質は弱肉強食だ。
弱き者は淘汰され、強き者だけが生き残る。
矮小化されてはいるものの、この学校でもその考えが根付いていた。
魔法の巧拙でクラスが分類されているのは個々人の立場を分かりやすく示すため。
魔法が使えない者の入学が許されているのだって、たしかに将来性を見込んでというのもあるのだろうが、あえて”弱者”をつくることで生徒たちに弱肉強食の世界を体感させるという意図も含まれているはずだ。
そこまで学校側の志向を深読みする生徒は少数派なのだろう。
それでも”力”がものを言う世界を知っている者ならばそう考えて当然だった。
ここで言う力とはただ純粋な腕力や魔法の強さを指すわけではない。権力だったり財力だったり、知識だって立派な”力”となる。
強者の形は決してひとつではない。
逆に言えばここで弱者とされている者だって、何かのきっかけで強者になり得ることもある。
テリオス魔法学校では、魔法とともにそんな弱肉強食の世界を教え込む。同時に弱者にも強者になれる可能性を示す。
そこで己の可能性を広げることができるかどうかはその人次第だが、弱者は弱者だからと切り捨てているわけではない。
なるほど確かに教育機関としてはあるべき姿と言える。
(創設者も粋なことをする。優しいのか厳しいのか……生きるか死ぬかは己次第ってスタンスは大好きだけどね)
ローズやレオンの話を聞く限りではなかなかに愉快そうなイベントだ。
何より他クラス他学年の生徒を知るにはいい機会となるだろう。
「でもその校内乱闘って具体的にはいつなんだろうね。ぼくたち、魔法が使えないままでも参加できるのかな?」
「…あー……」
「もうそろそろ三ヶ月経つから、あの魔法も解除されるはずだけど。そうだな……魔法が使えないまま参加する可能性もあるってことか」
「そもそも参加資格ねェよとか言われそうだな」
「あはは、まっさかそんなわけ………」
「…………」
「…………」
「…………」
神妙な面持ちとなった四人の間ではそれ以降、『校内乱闘』についての話題が出ることはなかった。
◇ ◇
テリオス魔法学校の敷地内には大きな図書館が併設されている。
一般的な書物や魔導書から世界各地の奇書に至るまで、古書新書問わず膨大な蔵書量を誇るそこは、世界でも指折りの大図書館であった。
それ故か、『テリオス大図書館』と呼ばれるそこは、テリオス魔法学校の敷地にありながらも一般にも公開されている公共の施設となっていた。
図書館は校舎などと同じ敷地内にあるとはいえ、テリオス魔法学校の敷地は広大だ。
また、図書館以外での生徒と部外者の接触を避けるため、図書館は生徒たちの活動圏内からは少し離れた場所に建てられていた。
徒歩移動を前提とすれば、休み時間などの空き時間に生徒が気軽に立ち寄れる距離ではなく、少々不便な面もある。
それゆえテリオス大図書館とは別に、校舎内にはこれまた立派な図書室がある。
規模はやはり縮小されるが、こちらは学校での授業や魔法に関する書物などを中心に揃えているため、勉学に励む上では校舎の図書室でもなんの問題もなかった。
けれどもやはり、もっと多様な書物に触れたいときにはテリオス大図書館はうってつけの場所なのである。
「あら、いらっしゃい」
エントランスを抜け、一階の受付に差し掛かったところで、テリオスの制服を着た女子生徒に声をかけられた。
通路脇の椅子に座っていた彼女は読んでいた本から顔を上げ、ルベルを柔らかな笑みで出迎えた。
「どうもお久しぶりです。レアーネ先輩」
ストレートの長い茶髪に穏やかな微笑み、雰囲気からして優しい印象を受ける彼女は三年Aクラスの生徒である。
ルベルが図書館に来るのはこれで数度目だが、うち結構な確率でこの先輩に遭遇していた。
彼女曰く、学校側から図書館の見回りを任せられているそうだ。
この図書館は魔法学校と中立国アスファレスの協同運営となっているようで、それぞれから選出された者たちが司書として働いている。
また、テリオスの生徒も図書館を利用するため、レアーネのように定期的に見回りや業務に加わっている生徒もいるようだ。
軽く館内を見回してみると、いつもよりも外部の人間が多いように感じた。
そもそもが広々とした建物なので混んでいるという印象は全く受けないが。
「今日はなんだか人多いですね」
「ふふ、今日は新書の入庫日なのよ。本マニアには見逃せない日ね」
「先輩のそれもですか?」
「ええ。つい面白そうなのを見つけたから読んでいたの」
お仕事中なのにね、と恥ずかしそうに笑うレアーネ。
その表情を不意打ちで見てしまった男たちが頬を染めて顔を逸らしたのを横目に見たルベルは思わず苦笑する。
(…この人見たさに来る人も結構多いと思うんだけどね……)
見紛うことなく美人に分類される彼女は今日も今日とて美人だった。
レアーネと別れたルベルは二階へ続く階段を上がる。
テリオス大図書館は中央部分が吹き抜けとなった四階建構造だ。
まずはぐるりと壁一面に本が貯蔵され、その他にも多数の書架が整然と並んでいる。この光景だけでもいかに蔵書量が多いのかが窺える。
館内はあたたかな暖色照明で照らされ、ところどころに設置された読書・勉強スペースは陽の光が降り注ぐ。
ひんやりした静かな空間に本の匂い、その建築美に初めて入った時は思わず魅入ってしまったものだ。
目的の二階スペースには主に各海の歴史書や民俗書などが貯蔵されている。
背表紙から興味を引かれた本をいくつか取り出し、近くの椅子に腰掛けてパラパラめくる。
もともと本の類は好きな方だ。
なにか特定のジャンルが好きというわけではなく、こういった空間で紙の擦れる音を聞きながらゆっくりするというのはなんとも落ち着く。
流し見程度でざっくりと本の内容を頭に入れていく。
読み終えては次の本、読み終えては次の本と手を伸ばし、すべてに目を通したらそれらを書架へ戻す。そしてまた次の数冊を見繕う。
ルベルの読書はこのようにして行われていた。
なんせ目を通したい本の数が膨大すぎる。一冊一冊じっくり読んでいては何百年かかるかわかったものではない。
そうして再び数冊の本を手にしたルベルが椅子へ戻ろうとしたとき。
「きゃっ……!」
ドサドサドサッ。
書架を挟んだ向こう側から、小さな悲鳴と本が落ちる音がした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます