第11話 救出




 ザシュッ。


 ガキィィン。


 ぐわあぁぁぁぁっ!!



 人攫い常習犯の地下アジトからは、金属がぶつかる音と叫び声が響いていた。


 現れた敵を次々と倒していくエルシアとグレイの衣服はすでに真っ赤な血で染まっていた。

 その中に自らの血はない。すべて相手を切ったことで被った返り血だ。


 敵の中にはかろうじて息をしている者もいるが、その大半はすでに死んでいる。命を奪い合う戦場では躊躇や迷いが死へ繋がることを、二人はよく理解していた。



「……ふぅ、なるほどね。ルベルの言っていた平等ってこういうことね…」


「これって魔法か? 何属性だったらこんなことできるんだよ」


 通路に転がる屍を見下ろす二人には疲労が見える。

 いくら実践経験があるとはいえ、数多の犯罪に手を染めてきたイカれた集団を相手にするには、やはり精神的にも肉体的にも疲弊する。


 しかし魔法が使えない二人がここまで優勢に戦えたのも、ひとえにルベルの力添えが大きい。


 やはり敵には複数人の魔導師がいた。

 まともにやり合えばこちらが苦戦を強いられ、最悪殺されていた可能性も十分にあった。

 

 だが、いざ対峙してみると、魔導師からの魔法攻撃は一切なかった。

 正確には、彼らは詠唱し魔法を発動させようとしていたのだが、どれもこれも魔法陣すら出現せずにすべて不発に終わっていたのだ。


 そのような不自然な状況を振り返り、二人はルベルの言っていたことをようやく理解した。



『君たちにとって平等な戦場を提供することはできるよ』



 なるほどこれは確かに平等だ。


 この場において魔導師は魔法を使うことができないのだから、つまりはただの人間。

 普通の一般人も、魔導師なのに魔法が使えない者も、魔導師も。

 この戦場においては魔法という力が一切介在しないのだから、これ以上に平等・・なこともあるまい。


 魔導師が魔法を使えないのであれば、あとは正面きって肉弾戦に持ち込めばいいだけだ。

 魔導師の中には魔法に頼りっきりで剣や体術の心得がない者も少なくない。

 魔法が使えない代わりに己の体を鍛え、相手の動揺も誘ったエルシアとグレイに軍配が上がるのは当然だった。


「これで粗方片付いたか?」


「ええ。早いところイグナーツを見つけないと…」


 地上から降りてきて、現在地下二階。

 ひとつ上の階にイグナーツはいなかった。そしてここは地下二階までしかないと事前にルベルから聞いていた。いるとすればこの階だ。


 アジト内にいる敵は大方倒したはずだが、もしかしたら他にもいるかもしれないし、いつ敵が増えるかもわからない。


 目的は組織の壊滅ではなく、あくまでもイグナーツの救出だ。

 早く見つけて逃げ道の少ないこんな地下からは去りたかった。


「イグナーツ! どこかにいるの!」


「助けに来たぞ!」


 音が篭りやすい地下では叫んだ声が反響する。

 アジト内はそこまで広くない。どこかで声が届いてくれていればいいと二人が叫び続けていれば、向こうから駆けてくる足音がひとつ。


 咄嗟に戦闘態勢をとるが、次いで聞こえた声に警戒を解いた。


「……エルシア! グレイ!」


 パタパタと走ってきたのは真っ赤な髪の青年。

 囚われていたはずのイグナーツだった。


 周囲に敵はなく、追われている様子もない。


「よかった、無事だったんだな」


「はぁ〜…めっちゃ怖かった…」


「大丈夫?」


「うん、まぁ……二人ともありがと」


 ニッと笑うイグナーツに外傷はなさそうだ。

 ひとまず無事だったことに二人は安堵の息を吐いた。


「……ごめんな、また面倒かけて…」


「そんなの今更じゃない」


「気にするなって」


 申し訳なさそうに顔を陰らせたイグナーツを励ますように、それぞれがその背中をバシンと叩く。


 彼らの間にいまさら遠慮や気負いなんてものは必要ない。

 何かあればどこへでも助けに行くのが三人の当たり前。何度も共に窮地を乗り越えてきたからこその絶対的な信頼だった。


「それにしてもよく一人で抜け出せたわね。拘束や見張りはなかったの?」


「いや見張りはいたんだけど侵入者だってどっか行って…」


「ああ、それ私たちかしら」


「魔法で拘束もされてたんだけど、なんかいつの間にか消えてたんだよな。それで俺も逃げ出せたって感じで……そういえばなんで拘束解けたんだ?」


「…あー……あいつの魔法がここにも効いてたのか」


「…あいつ?」


 それもおそらくルベルの仕業だろう。


 ルベルが展開させたなんらかの魔法によってこのアジトでは魔法が使えない状態になった。

 ということは、イグナーツを拘束していた魔法にも作用したといったところか。


(……魔導師にとっては天敵もいいとこだな…)


 れっきとした魔導師たちにグレイが初めて同情した瞬間だったかもしれない。



「…あ、それよりもっ! 早くここから逃げた方がいいぞ」


「なにかあったの?」


「やばい魔導師が一人いるんだよ!」


「……いや、そいつが魔導師ならたぶん大丈夫だと思うぞ?」


「え、なんで?」


 ルベルの協力を知らないイグナーツに事の次第を簡単に説明すれば、やはり驚きに目を見開いていた。

 ルベルが来ていたことに対してか、この状況に対してか。


「そっか、あいつも手伝ってくれてたんだな。あとでめっちゃ礼言っとこ」


「とりあえず今は早く出ましょう。こんなところで敵に挟まれたら厄介だわ」


「それもそうだな。……通路入り組んでて出るのにも一苦労だろうけど」


「そうね…」


 この地下アジトは迷路かというほど複雑な構造になっている。

 イグナーツを助け出すことと敵を倒すことに気が向いていたため、どこをどう通ってここまで来たかは気にしていなかった。


 走り回っていればいずれは外に出られるだろう。

 しかしイグナーツの言っていた”やばい魔導師”の存在も無視はできない。


「とはいえここにいても仕方ないわ。とりあえず地上に…」


「大丈夫だよ。ぼくが外まで案内してあげるから」


 誰もいないと思っていたそこには、いつの間にかルベルが立っていた。


「あ、お前!」


「久しぶり。魔力測定の時以来かな? 無事みたいで何よりだよ」


「いろいろ手を貸してくれたって聞いて。ありがとな!!」


「どういたしまして」


 にっこり笑うルベルの服にはところどころ血が飛んでいた。

 てっきり手荒なことはエルシアとグレイに任せて上で待っているのかと思っていたが、ルベルがここにいるということは、どこかで敵と戦っていたのかもしれない。


「イグナーツ以外に囚われている人たちはいないの?」


「いなかったと思うけど。あ、でも…うーん……もしかしたらいたのかもだけど俺は見てない」


「そう。ならこのまま出ましょう。リスクを負ってまで人助けをしている余裕はないものね」


「ああ、あとは国の警備隊に任せた方が早そうだな」


 満場一致で頷いた四人は、ルベルの案内に続いて地上へと走った。


「ああ、そうだ。イグナーツ」


「ん、なんだ?」


「さっき言ってたやばい魔導師のことなんだけど。どんな人だったかわかる?」


 もしかしたらまだ潜んでいるかもしれない敵の攻撃に十分注意しながら階段を駆け上がっていれば、不意にルベルがイグナーツに話を振った。

 その話をしていた時はまだルベルはいなかったと思ったが、声をかけられるもっと前から近くにはいたのかもしれない。


「あー、なんか『ボス』って呼ばれてたな。他のヤツらも従ってたし、そのままの意味でこいつらのボスなんだと思うけど」


「そっか。じゃあ君たちが倒した敵の中にボスっぽい人はいた?」


「そこまでヤバいと思わせるような奴はいなかったと思うわよ。まあ、魔法が使えない状況だったから一概には言えないけれど」


 エルシアが戦った限りではそういった雰囲気の敵はいなかった。

 実際に剣を交えても、命を脅かされるような危機感を感じる手練れはいなかったように思う。


「………だとしたら、あいつは頭の首を獲りに来たってところか…」


「ん? なんか言ったか?」


「ううん、なんでもないよ。そのボスとやらに遭遇したら厄介そうだし、早いとこ上に出ようか」


「おう」

 

 いかにも人畜無害そうに笑うルベルの服に付着した血痕が足下にしか飛んでいなかったことには、結局誰も違和感を持つことはなかった。

 

 

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