第3話 魔具というもの



 様々な魔具が並ぶエリアには、魔力測定の場所よりも上級生の数が多かった。

 上級生の今日の名目は魔具の選定なのだからこちらに人が集まるのは当然だが。


「お、あそこ火属性の魔具いっぱいあんじゃん。オレ向こう行ってくっから」


「きゃー!! なにあの魔具超かっこいい!!」


「俺はあっちの方見てくるね。面白そう」


「ぼくは適当に回ってるよ」


 という具合に四人はそれぞれ適当に散らばって行った。


 同じような人間ということで連んでいるが、そもそも全員根本は自由人だ。

 ふらっと連んではふらっとどこかに行く。

 各々思うがまま自由に行動するくらいがちょうどいい。


 


 魔具というのは、魔法をより使い勝手の良いものにするための道具であり、大きく分けて【助成魔具じょせいまぐ】と【創成魔具そうせいまぐ】の二つに分類される。


 【助成魔具】というのは、体内にある魔力を魔法として放出するためのアシストをしてくれる魔具だ。

 例えば、魔力を魔法に変換する作業が苦手な場合や、上手く魔力をコントロールできない場合などに使われる。


 魔法の習い始めや使い始めに度々用いられ、魔力操作が未熟な段階でも魔法を発動させることが可能となるアイテムだ。



 それに対し、【創成魔具】というのは、自身の属性ではない魔法を使いたい場合に用いられる魔具だ。

 仕組みとしては、魔具本体にあらかじめ対象となる属性の魔法陣が組み込まれているため、違う属性の魔力を流したとしても組み込まれた属性に変換され、その属性の魔法を放出することができるというものだ。


 【創成魔具】は、アシスト目的の【助成魔具】とは違い、その扱いは難しい。術者にはそれを使いこなすための技術と訓練が必要とされるのだ。



 以上のことからもわかるように、魔導師はそれぞれ己の属性を持ってはいるが、それはあまり重視しないという考え方もある。

 なぜなら創成魔具さえ使うことができれば様々な属性を扱えるからだ。


 ただし、創成魔具を使いこなせるのはほんの一握りの魔導師だけ。

 いわゆる”優秀な魔導師”と評される者たちのみであるため、助成魔具に比べてその使用者は少なかった。


 いずれの魔具についても剣や槍などの武器類、ブレスレットやピアスなどのアクセサリー類として魔導師が身につけるのが一般的なのである。




「へえ、けっこういろんな魔具が揃ってるんだ」


 見て回っている限りでは、そのほとんどが助成魔具ではあるが、魔法習得中の学生に与えるにはやや贅沢品とも思えるものばかりだった。

 将来有望な魔導師への未来投資というわけか。


 魔具選定エリアには試用場も併設されているため、気になる魔具は試用もできるらしい。案の定その場にも他学年の目は光っているわけだが。


「ほんと厭らし……っ、──」



 不意に、ぐいっと肩を掴まれた。



 驚きはない。

 たった今すれ違った人物が背後から手を伸ばすモーションを感じ取っていたから。


 それでもびくっと小さく体を震わせたルベルは、驚愕を装って後ろを向いた。


「……なっ、んですか…」


 顔と声には驚きを乗せる。

 振り向きざまに見えた相手のネクタイは青。つまりは上級生なので一応敬語も混ぜてみた。ちなみに一年は臙脂色だ。


 振り返った先。

 そこにいた人物を見て。


 今度は意図的でもなんでもなく、ただ純粋に瞠目した。


 目を惹く白金色の髪に鋭く冷たい視線。溢れる気品。

 端正な顔立ちも相まってか、まさしく豪奢という言葉が相応しいこの男の威圧感は凄まじい。


(……ああ、この人絶対やばいね)


 掴まれていた肩からはすぐに手が離れた。

 特別力を込められたわけでもないのに、離れた今でもそこに存在感が残る。


「………」


「………」


「………」


「……えっと…なんですか…?」


 引き止めたはいいがそのまま口を閉ざして沈黙する男。

 ただ、その視線だけはちらりとも逸らされずにルベルの目を見返していた。


(……ああ、これ……もしかしてぼくって今、探られてる?)


 決してあからさまなものではない。

 それでもなんとなく、訝しんでいる気配を目の前の男からは感じた。


 それに対して、ルベルは心からの苦笑を返すだけだった。


「ぼくに、何か用ですか?」


 困る。

 本当に困るのだ。


 こんな場所で、明らかに目を惹くであろう上級生に話しかけられては嫌でも注目が集まってしまう。


 ルベルを訝しむのも注目するのも彼の自由だ。

 それでも、それは知らないところでやってほしい。


 そういう思いが伝わったのか、いや伝わったと思いたい。

 男はすっと視線を外した。


「悪い。気にするな」


 それだけ言い残して何処かへ行ってしまった背中をしばし眺める。


「気にするなって……随分と無茶を言うんだ」


 わざわざ引き止めて、あんなにも意味ありげな視線を向けた末に気にするなとは。


 それではい分かりましたと受け入れられる人間がいるとでも思っているのか。


「もしそうなら、彼は人という生き物を甘く見過ぎだけど……まあ、うん。ぼくだしね」


 彼の望み通りに。


 すでに興味をなくしたルベルは再び魔具の物色を始めた。





 学生向けに陳列されていた魔具は一通り見て回った。


 途中、ビジュアルがどストライクらしい魔具に出会い大興奮だったローズに会ったり、何を考えているのかわからない微笑で魔具を眺めるレオンを見かけたり。


 そんなちょっとした変態性を感じた二人は見なかったことにして。


 魔具漁りに飽きたらしく木陰に寝転がっていたアッシュに近寄ろうとしたところで。



 ──ドンッ。



 誰かとぶつかった。


 向こうは走っていたのかぶつかった拍子にそれなりの衝撃を受けた。

 こちらも向こうも数歩蹌踉めく。


「わわわわわっ、ごめんなさいっ!!」


 ルベルが声をかけるよりも早く、相手からの謝罪が飛んできた。


 バチっと合った視線は少し上。


 第一印象としては『その髪色君によく似合ってるね』。

 いま一番言いたいことは「同学年だから敬語はいらないよ」だ。


 思わずぶつかってしまったのは、太陽と相性が良さそうな真っ赤な髪に同じ色味の臙脂のネクタイが印象的な少年だった。


「あああの、怪我とかはっ…!」


「ううん大丈夫。ごめんね、ぼくも不注意で」


 ついでに言うと、人とぶつかったくらいで怪我をするようなら到底魔導師としてやっていけないが、少年の人の良さが滲み出ていたのでなんだかほっこりした。


「はぁ〜よかった…」


「君のほうこそ大丈夫?」


「あっ、俺は全然、」


「ちょっとイグナーツ、なにやってるのよ」


 ぶんぶんと左右に首を振る少年の言葉は、その後方から飛んで来た女の声で遮られた。


「あ、エルシア」


「まったく、ほんとあんたはそそっかしいんだから」


「うう……ごめん…」


 別に怒られたわけでもないのにしゅんと項垂れたイグナーツはまるで忠犬のよう。


 その様子に特に何を言うでもない少女。その胸元にあるのも臙脂のリボン。同じく一年生だ。


「悪かったわね。こいつが迷惑をかけちゃったみたいで」


「ううん、こちらこそごめんね」


「あなたも新入生よね。クラスは?」


「Bクラスだよ」


「………そう」


「それがどうかしたの?」


「なんでもないわ」


 ルベルがBクラスだと言った瞬間、少女の纏う空気が確実に冷たくなった。

 もともとあたたかかったわけではないが、より一層鋭さが増したというか何というか。


 ここまで面と向かって負のオーラを出されてはもう笑うしかない。

 困ったように目尻を下げれば、なぜだか少女の空気が絶対零度にまで冷え込んだ。


「……引き止めて悪かったわね。私はこれで失礼するわ」


「あああ、ちょっとエルシア! 待って!!」


 早々に立ち去った少女の背を追おうとしたイグナーツだったが、一度足を止めて申し訳なさそうにルベルに笑いかけた。


「エルシアがごめんな。あいつ、魔導師が嫌いなだけだから」


「彼女も魔導師じゃないの?」


「あー…まあ……あいつが嫌いなのは、魔導師は魔導師でも”優秀な”魔導師の方、だな」


「そっか」


「だからあんま気にしないでくれ。あ、それとぶつかって悪かった! じゃあまたな!!」


 ニカッと太陽のように笑って今度こそ少女の後を追って行ったイグナーツの後ろ姿をまたもやルベルは眺める。

 つい先ほど、白金色の髪の男にしたのと同じように。


「気にしないでくれ、か。なんだか今日はよく聞く言葉だなぁ」


 それにしてもあの少女。

 ルベルがBクラス、すなわち”優秀な魔導師”だとわかった途端のあの目。


 あれは紛れもない嫌悪の瞳だった。


 彼女とは今日が初対面のはずだ。それなのに、何が彼女の気に障ったのか。

 しかしここでルベルが考えることなどひとつしかないだろう。


「よォ。オマエなんか絡まれてたっぽい?」


 ぽん、と肩を叩かれた。


 振り返ればアッシュがいつもの面倒そうな眠そうな顔ではなく、珍しくニヤニヤと笑っていた。

 これは一部始終を見ていた顔だ。


「んー、気にしないでって言われたし、ならそうするしかないよね。初めから気にするつもりもなかったけど」


「あ? なんの話だ?」


「ううん、なんでもないよ。こっちの話」


 誰がどんな秘密を持っていようと、何を隠していようと、関係ない。


 だから、声をかけられる寸前までアッシュの気配に気づかなかったことなど、些細なことでしかない。


「つかオマエ、この後どうすんの?」


「うーん、まだ魔具を見たい気もするけどなんかぼく今日はお腹いっぱいなんだよね。君はもういいの?」


「眠ィからいい」


「いいね。欲望に忠実で」


 結局ひとつも魔具を選ぶことなく、こうして入学二日目は終わった。


 


 


 

(……あれ、そういえば授業で使う魔具を選ぶよう言われてなかったっけ? まあいいか)

 




 ◇ ◇ ◇


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