第2話 魔法というもの



 入学二日目。

 新入生はもれなく全員校庭に集められていた。



「本日は魔力測定と魔具の選定を行います。もう既に自身の魔法属性を把握している生徒もいると思いますが、この機にぜひあなた方には自身の魔法と向き合ってもらいたいと思います。各自、教師の指示に従い、計測を行ってください。魔具の選定については自由に行動してもらって結構ですが、後日魔具を使用する授業がありますので皆さんひとつは選んでおいてください。では有意義な一日を」


 顔も名前も知らない教師の合図を皮切りに、新入生たちは校庭という名の馬鹿でかい広場に散らばった。



 テリオス魔法学校は魔法学校であるがゆえ、入学試験でも魔法の適性は審査される。

 しかしその目的は魔導師であるか否かの識別のみであり、実際に魔法を使って何かをしてみろというような試験はない。


 そのためか、入学直後の新入生には自分の魔法属性を知らない者も多い。


 まずはそれを知るところから始めるのがテリオス魔法学校の通例であった。




 校庭には数カ所に魔力測定装置が設置され、それぞれの前に新入生がクラスごとに列をなしていた。


「そう言えばみんなは自分の属性知ってる人?」


 例に漏れず列に並んでいたローズの問い掛けに三人とも頷いた。


「俺は知ってるよ。一応ね」


「まあオレら一応Bクラスだかんな」


「そうだね。ぼくたち一応ちゃんとした魔導師だからね」


「うんうん一応ね……あれ、なんかゲシュタルト崩壊?」


 自身の属性を知らない新入生も多いには多い。

 それでも上位クラスに割り振られた生徒はこれまでも日常的に魔法を使っていたような魔導師たちだ。

 自分の魔法を把握している人の方が多かった。


「ちなみに私は水属性なんだけど。あんたたちは?」


「俺は風属性だね」


「オレは火属性」


「ぼくはローズと同じかな。水属性」


 魔法には『光』『火』『水』『風』『土』『闇』の6つの基本属性がある。


 魔導師はいずれかの属性の魔力を宿し、その属性の魔法を扱うことができる。

 基本的には一人一属性だが、稀に複数の属性の魔力を持つ魔導師もいるらしい。



 次の人、と声をかけられ、ルベルも測定装置に近づく。


 魔法の使い始めに己の属性を知るためにはお馴染みの装置だが、ルベルにとっては初めましてだ。


 やり方は前に並んでいた生徒を見ていたから知っている。

 とりあえず初めから知っていました風を装って、装置に手をかざして魔力を流してみた。

 それに呼応するように装置中央には水が出現し、次の瞬間にはピシリと凍りついた。



 魔法は六つの基本属性に分けられるが、そこから派生した魔法は山程ある。


 例えば、光属性には雷魔法や治癒魔法、地属性には植物系の魔法など。

 その属性に関連した魔法は多種多様であり、基本属性は六つだが、魔法の種類は無数に存在するのだ。


 測定結果からもわかるように、ルベルが扱うのは水属性氷魔法。

 展開した魔法規模がやや小さめなことから魔力量は少なめ。


(うん、問題ないね)


 ルベルは満足げに微笑んだ。

 魔力測定装置は正確に自分の力を測定してくれたようだ。


「さてと。みんなはどうかな」


 他の三人も同じように、測定装置で各々の属性を展開していた。

 属性や魔力量によって出現するものも異なるようで、アッシュなんかは精巧な火の鳥を作り出していた。


(アッシュは言わずもがな火属性火魔法で、ローズは水属性霧魔法かな。レオンは………へえ、面白い)


 他のクラスにも珍しい魔法を扱う魔導師はいないだろうかと見回してみれば、意外にも外野の数が増えていることに気づく。


 ちなみに現在校庭にいるのは一年生だけではない。


 実は上級生も結構な数が集まっているため人は多めだ。

 彼らは魔力測定というよりは魔具の選定がメインのようだ。


「この魔力測定って全学年対象の新学期イベントなんだってさ。実際に測るのは一年生だけで、上級生は魔具が目当てらしい。まあ、どうやら目的はもうひとつあるようだけど」


 測定を終えたレオンも同じように周囲を見回した。


 その顔は相変わらず爽やか好青年だが、少し困ったような笑みも混ざっていた。

 彼も上級生たちの視線の意味には気づいていたらしい。


「新入生いびりも大概にしてほしいよね。ぼくみたいな普通の魔導師は興味の対象外なんだろうけど」


「やっぱりルベルも気づいてたんだ?」


「あんなにあからさまに観察されたらさすがに気づくよ」


「厭らしいよなほんと。上級生怖い」


 なんて言いながらもまったくそう思っていなさそうな顔で笑うレオンは置いといて。


 一年生の測定風景を見る上級生の目は完全に品定めをするそれなのだ。


 こうして他人の魔法が如何ほどなものかを知る合法的な機会などそうはない。

 魔法属性、魔力量からその人の容姿や立ち居振る舞いまでを観察し、どのような人間なのか、どのような魔導師なのかを推し測っていく。

 そうして得た情報を何に活用するのかは知らないが、どうせ碌でもないことに使われるのだろう。


 だがそういう興味の対象となるのは何か突出したものを持っている人間だけ。


 そう、例えば──。



「「「ワァーーー!!」」」



 隣の測定装置付近からどよめきが起こった。

 取り囲む人だかりが他の比ではないそこは一年Aクラスの測定場所だ。


 Aということは、入学時点で一年の中でも屈指の実力があると認められた者が所属するクラス。

 何か”特別”なものを持っている可能性が高く、当然上級生の注目度も高い。


「さすがフローレンスさんだ!」


「なんてお美しい…!」


「ぜひ私とお友達にっ!」


 上級生の注目のみならず、同じ一年生からも羨望の声が上がった。


 人だかりのせいで残念ながらその中心にいる人物の顔は見えない。

 それでも、周りの反応からして相当な人気者のようだ。


「…フローレンス……ヘレン・フローレンスか」


「レオンの知ってる人?」


「うーん知ってるっていうか…」


「一年ならほとんど知ってんじゃない? てか知らない方がおかしいでしょ!」


「ふーん、オレ知らねえな」


 ちょうど合流したローズとアッシュも話に加わってきた。


 聞く限りでは、一年生なら誰もが知っているらしいかの人物。

 しかし少なくとも二人、それを知らない人間がここにいる。


 首を傾げるルベルとアッシュに「お前らまじか…」と言いたげなローズ。それもすぐに納得したようなニヤケ顔に変わった。


「ヘレン・フローレンスっていえば一年の首席。入学式で新入生代表挨拶してた人だけど……そっか、あんたたち寝てたんだっけね」


 変に生暖かい目を向けられ、そりゃ知らんわけだとルベルとアッシュも微妙な顔で頷いた。


「まあ他の人のことはいいじゃん。魔力測定も終わったんだし魔具見にいこうよ!」


 話題にはあげたものの他人に対してあまり興味のない彼ら。

 次に魔具選定を行うべく、さっさと場所を移動し始めた。


 なんとなく、本当になんとなく、ルベルは最後にちらりとAクラスの方を一瞥した。

 その際、人垣の隙間から一瞬だけ見えた長い金髪を揺らす少女の姿。


 誰に聞かずとも彼女の名はわかった。


(ヘレン・フローレンス……あれが首席か…)


 またすぐに人で隠されてしまったが、確かに周囲が騒ぐのも頷ける容姿をしていた。

 この超エリート学校で首席を取るくらいなのだから、魔導師としても優れた実力を持っているのだろう。


(……ほんと、”キレイ”な人間だね…)


 今度こそ視線を外したルベルは三人の後を追った。

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