月の神の妻になったお姫様

さち

月の神の妻になったお姫様

 とある小さな国。その国には美しいお姫様がいた。国は小さいが豊かで王は民衆に慕われていた。王妃も美しく才があり、王をよく支えていた。そんな王と王妃の娘であるお姫様もとても美しく、優しかった。

 そんなお姫様は毎日真夜中になると自分の部屋の窓から顔を出して空を見上げ、月に向かって祈りを捧げていた。

「どうか、戦争が早く終わりますように。どうか、早く平和が訪れますように」

晴れの日も曇りの日も、雨が降っていてもお姫様は毎日祈りを捧げた。

 この小さな国は、ある日突然隣国の大国に襲われたのだ。王であるお姫様の父は軍の指揮をとるため自ら兵を率いて前線に向かった。今、政は王妃である母が行っていた。

「私はまだ何もできない。戦場に行くことも、政をすることも。だからせめて祈らなくては」

そう言ってお姫様は毎日月が沈むまで祈りを捧げた。

 国は小さいが、王は武勇に優れ、軍はよく訓練されて強かった。大国といえど簡単には攻め落とせない。それでも数の差は歴然。時間が経つに連れて追い込まれるのは明白だった。大国もそれを狙って持久戦に持ち込もうとしている。王妃は周りの国に助力を求めているが、相手が力ある大国だけにどの国も尻込みしていた。


 お姫様が祈りを捧げるようになってどれほどの日が過ぎただろう。前線はジリジリと押され、王都に逃げてくる民も増えた。着の身着のままで逃げてきた民を王妃は城の一画に迎え入れた。食事を与え、寝る場所を与えた。お姫様は怪我をした人の手当てを手伝ったり、毛布や食事を配るのを手伝ったりした。

「神様、何の罪もない人々が傷つき死んでいきます。どうか、どうかお助けください」

お姫様はいつものように祈りを捧げながら涙を流した。

その日の月は満月だった。雲ひとつない空に満月が白く輝き、明かりなしでも歩けるほど夜だというのに明るかった。

『そなたの願い、聞き届けてやろう』

目を閉じて祈りを捧げていたお姫様は突然聞こえた声にハッとして顔を上げた。すると、目の前には白金に輝く長い髪の、とても美しい人がいた。お姫様が祈りを捧げる部屋は城の3階。その人は窓の外にいたが、当然足場などなく体がふわふわと浮いていた。

「あ、あなたは誰ですか?」

『そなたが毎日祈りを捧げている月に住むものだ。そなたの声は確かに私に届いていたぞ?』

美しい人はにこりと笑うとお姫様の頬に触れた。

『そなたがあまりに熱心に祈るのでな、そなたの願いを叶えてやることにした』

「本当ですか?本当に、助けてくれるのですか?」

美しい人の言葉にお姫様はすがった。この人が神でも悪魔でも、助けてくれるというなら誰でもよかった。戦況は日々刻々と悪化し、今日はとうとう王である父が負傷したとの知らせが入ったのだ。

『私は約束は違えぬ。だが、かわりにそなたは私と共にくるのだ。そなたが私の妻になるというのなら、今この国に攻め入っている国を退けてやろう』

美しい人の言葉にお姫様を目を見張った。この人の妻となればきっともうこの城には戻ってこられない。父とも母とも会えなくなるだろうと思った。だが、それでもお姫様の願いは変わらなかった。

「わかりました。あなたの妻となりましょう。ですから、この国をお助けください」

『よいのか?もうここには戻ってこられない。両親とも会えぬぞ?』

少し驚いたような美しい人にお姫様はにこりと笑ってうなずいた。

「わかっています。ですが、これ以上人々が傷つき、無為に殺されていくのを見るのは耐えられません」

『よかろう。そなたの願い、聞き届けた。夜が明ける前に迎えにくる。別れをすませておくのだな』

美しい人はそう言うと姿を消した。

 お姫様はすぐに純白のドレスに着替えると母に手紙を書いた。毎夜月に祈りを捧げていたら月に住まうものだという美しい人が現れたこと。その人の妻になるのなら助けてやると言われたこと。女の身である自分は戦場に出ることもできず、まだ成人していないため政で母を助けることもできない。それがずっと悔しかったこと。もし本当に美しい人が大国を退けてくれたなら、自分は約束通りその人の妻になること。そして、もう会うことができないこと。お姫様はそれらのことを手紙に書いた。本当は母に直接話そうかとも思ったが、連日遅くまで仕事をしている母の休息を邪魔したくはなかった。

 手紙を書き終えたとき、遠くでドォーンッ!という凄まじい音が聞こえ、地がかすかに揺れた。慌てて窓の外を見ると、晴れているのに稲光が見えた。それは、ちょうど前線がある辺りで稲妻が何度も大地に降り注いでいた。


 空が白み始めてきた頃、窓辺に座ってうとうとしていたお姫様はふわりと頬を撫でる風で目を覚ました。

「ぁ…」

顔をあげるとそこには月に住まうという美しい人がいた。

『約束通り、退けてきたぞ?』

「え?あ、もしかしてあの稲妻?」

お姫様が驚いたように言うと、美しい人はにこりと笑って手を差し出した。

『さあ、約束だ。私の妻となって共に来い』

「わかりました」

お姫様は意を決してうなずくと美しい人の手をとった。途端に体がふわりと浮かぶ。驚いて美しい人の手にすがりつくと、その人は笑いながら優しく抱き締めてくれた。

『そう怖がるな。我が妻となったからには、そなたに辛い思いはさせぬ』

そう言うと美しい人は空に舞い上がった。お姫様を抱いて空を飛ぶその人は前線の上を通ってくれた。

「お父様…ご無事だった…」

前線は大地のあちこちに焼け焦げた後があり、まだ混乱を極めていたが、大国の軍の姿は見えなかった。そして、負傷したと知らせがあった父が指揮をとっている姿があった。お姫様はその姿を見ると安堵の涙を流した。

「ありがとうございます。最後にお父様のお姿を見ることができました」

『我が妻の憂いは取り除いてやらねばな』

美しい人はそう言って笑うとお姫様を抱いて月に昇っていった。


 朝になり、お姫様の姿がないことがわかって城の中は騒然とした。そして、お姫様の部屋の机におかれていた手紙を読んで王妃は涙を流した。それからすぐ前線から戦争が終わったことを知らせる使者がきた。使者が言うには、真夜中、晴れていたのに突然雷鳴が轟き、大国の軍の上に稲妻が降り注いだというのだ。

 目も開けられぬ、塞いでいても耳が痛くなるほどの光と轟音の洪水が止むと、あれほどいた大国の軍の姿は跡形もなくなっていた。王は混乱する兵士たちを落ち着かせ、自国の兵に被害がないこと、大国の軍はどこにも姿が見えないことを確認した。

「そのあとすぐに使者があり、大国の王が代替わりしたとのことでございます。そして、それに伴い軍を撤退し、この度の侵略の賠償を行うと」

「わかりました。この手紙を、陛下に届けてください」

王妃は使者にお姫様からの手紙を託した。


 その後、新たな王が立った大国との間に和平条約が結ばれた。城に戻ってきた王は娘の姿がないことに涙を流した。

 戦争が終わったことを民衆は喜んだが、美しく優しかったお姫様がいなくなってしまったことを皆が悲しんだ。お姫様は月の神の妻になることで国を守ってくれたのだと人々は語り継いだ。


 美しい人と共に月に昇ったお姫様は両親に会えない寂しさはありつつも、美しい人にそれはそれはとても大切にされて過ごした。

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