感じよう、考えよう
しょうが焼き
第2話 魔族に支配された世界
ここは我々が住む世界とは別の世界。
この世界には魔族という種族が存在し、人間と魔族は覇権争いをしていた。
人間には「勇者」という絶対的な存在がいて、また魔族にも「魔王」という絶対的な存在がいた。
両者の攻防は一進一退を繰り返し、そして遂に長きに渡る争いに決着が着いた。
勝者は………魔族。人間は破れたのであった。
―1000年後―
世界は魔族が支配していた。
争いの絶えない世界かと思いきや、ちゃんとした法治国家が成り立っていた。
人間はというと…その魔族に飼われている状態であった。
「ご主人様~、あのゲーム欲しい」
「また欲しいのかい?この前買ってあげたばっかりじゃないか」
「う~ん、でも欲しいの~」
「もう~しょうがないな~」
小さな男の子が人狼の魔族におねだりする。その姿は誰が見ても仲睦まじく、かつて殺し合いをしていたとは考えられないものであった。
人間は魔族の愛くるしいペットとして扱われていた。
「さぁ張った!張った!次はコロッセオの英雄ディランと斧使いのバランの戦いだよ~!」
「俺は英雄ディランに1万ゴールドだ!」
「俺もディランに賭けるぞ~!」
「私もディランよ!」
「やれやれ、これじゃあ賭けが成立しないよ」
人間はペットとして魔族に飼われるだけでなく、魔族の娯楽として、コロッセオで戦わされたりもしていた。しかし、これは強制ではない。自ら戦いたいと望んだ人間に対し、戦いの場を設け、エンターテイメントとして成立させていたのだ。ルール無しの真剣勝負になるのだが、選手が命を落とすことはまずない。ちゃんとレフリーのようなものを立てていた。
「ディランさん、今日もお疲れ様でした。今日もお見事でした。」
戦いを終えたディランにコロッセオのスタッフ、オークが控室で声を掛ける。
「ありがとうございます。でも、一歩間違えればやられていたのは私でした」
「またまたそんな謙遜しちゃって」
そこへ1人の魔族が部屋に入ってくる。
2人は後ろを振り返る。
「————!」
ディランもそしてオークもすぐさまひざまずく。
「魔王様!」
「ここは城ではない。楽にしてくれ」
魔王は優しく声をかける。
2人はその言葉を聞いて立ち上がる。
「ディラン、そなたの勇士。しかとこの目に焼き付けさせてもらったぞ」
「恐れ入ります、魔王様」
「そなたの勇猛果敢に挑む姿、そして必要以上に相手を傷つけない、決して命を奪わない姿に余は感銘を受けたぞ」
「魔王様にそのような言葉をいただけるとは…格別なるご厚情を賜り、誠に恐悦至極に存じます」
「はっはっは。そんな難しい言葉を使わないでくれ」
「パパ~!」
そこへ人間の小さな男の子がディランに向かって飛び込んでくる。
「こら、走らないの!」
その後ろからは男の子の親と見られる女の姿も。
この人間たちはディランの妻と子供であった。
「そなたの家族か?家族水入らずの時間を奪うわけには行かないな。私は退散するとしよう」
そう言って、魔王は部屋から出ていく。
「魔王様…ありがとうございます」
ディランとその妻である女は廊下に出て、魔王の背中が見えなくなるまで深々と頭を下げるのであった。
「ディランさん、外にデュラハンの馬車を用意してあります。そこまでお送りします」
オークがディランに声を掛けた。
「何から何までありがとうございます」
「いえいえ、あなたはコロッセオの象徴のような存在ですから。これからも頑張ってください」
「ありがとうございます。これからも粉骨砕身の思いで頑張ります」
―帰りの馬車にて―
「あなた、今日もお疲れ様」
「パパ、今日もとってもカッコ良かったよ」
「2人とも、どうもありがとう」
「魔族の方々にこんなによくしてもらって、本当に感謝してもしきれないわね」
「あぁ本当にその通りだ。魔族の方々に足を向けて寝られないな」
人間たちは魔族に飼われていることは間違いないが、決してぞんざいに扱われることはなかった。尊厳に近い物が与えられていたのだ。
しかし、それは魔族の狙いであった。「反乱」という意志を人間に持たせないためであった。
その日、コロッセオの戦士シリウスに非情な宣告がされた。それを告げるのは、コロッセオ専属の医師、デーモンであった。
「現在の医療技術、回復魔法ではシリウスさんの足は完全に治りません。このまま松葉付けの生活をすることになります」
「そんな…どうにかなりませんか先生!?」
「申し訳ない。今の私にはあなたの足を治す技術はない」
「俺には養わないといけない子供と妻がいるんです。なんとかなりませんか!?」
デーモンは目をつむり、首を横に振る。
それを聞いたシリウスは、がっくりと肩を落とすのであった。
「………」
デーモンはこのコロッセオで今まで何人も同じような人間を見てきた。しかし、何度見てもこの光景に慣れることはない。デーモンは知っているのだ。このような男のその後の運命を…
「シリウスさん、お話があります。別の部屋に行きましょう」
シリウスに語りかけるのはスタッフのオーク。
放心状態のシリウスに肩を貸しながら、別室へ連れて行くのであった。
「シリウスさん、これからの話になりますが…」
未だに放心状態のシリウス。目の焦点があっていない。
「シリウスさんは今日を持って、戦士引退とさせていただきます。つきましては、あなた方家族は一か月後に保健所に引き渡されます」
「————!」
その言葉を聞いて、我に返るシリウス。
「なんとかこのままあの家に住まわせてもらうことはできないんですか?」
このシリウスが言っている家とは、コロッセオで戦う戦士のためにスタッフが用意した家であった。
「あなたの残した成績では、残念ながらそれを叶えるわけにはいきません」
「そうですか…」
シリウスがもし、ディランのような英雄であったならばそのまま家に住まわせてもらうことができたであろう。しかし、シリウスは目覚ましい成績を残すことはできなかった。所謂、普通の選手だったのだ。
「…それじゃあ私たち家族は一か月後にはバラバラになってしまうんですね」
虚ろな目をしながらシリウスは語る。
「まだ、そうと決まったわけじゃありません。あなた方3人の家族をそのまま引き取る魔族が現れるかもしれません」
「…ははっ」
そんなことはあり得ないことだと分かっていた…シリウスも、オークも。
「外にデュラハンの馬車を用意してあります。家までお送りします。保健所が迎えに上げるのは今日より1か月後になります…それまでのお時間大切にお過ごしください」
オークはシリウスに頭を下げ、部屋を出ていくのであった。
―2か月後―
シリウスを含む家族3人は保健所に設けられた一室で暮らしていた。
シリウスの娘、3歳のティナは無邪気な笑顔をシリウスとその妻に向ける。
「パパ~」
シリウスは優しくティナの頭を撫でる。
そのとき、部屋を叩く音が聞こえた。ついにそのときが来たのだ。
「…どうぞ」
そこに入って来たのは保険所の従業員、魔導師のスケルトンであった。
「お迎えに上がりました」
シリウスはスケルトンに尋ねる。
「あの…この中の誰が?」
「ティナちゃんです」
「…分かりました」
「引き取り相手はサキュバスです。お二人にも話がしたいそうです。一緒に来て頂けますか?」
「はい…」
3人は保健所の廊下を手を繋いで歩いた。一緒に歩くのはそれが最後であった。
保健所の一室にて、サキュバスとシリウスたちは顔を合わせる。
「こんにちは」
サキュバスは会釈する。
それに倣って、シリウスたちも頭を下げる。
「ん?お姉さん誰?」
ティナは不思議そうな顔をサキュバスに向けていた。
「ティナ」
シリウスとシリウスの妻は腰を落とし、ティナの目線に合わせた。
2人にとって、ティナとの別れの時であった。
「ティナ、これからティナはこのサキュバスさんと、とっても素敵な場所へ行くんだよ」
「ほんと~?」
「うん!とってもとっても楽しい生活が待っているんだよ」
シリウスは必死で涙をこらえた。
しかし、シリウスの妻はこらえることができなかった。
「ティナ、これからサキュバスさんの言うことをしっかり聞くのよ」
妻は涙を流しながら、震える声でしゃべっていたが、決して笑顔は絶やさなかった。
「好き嫌いはしちゃダメよ。寝る前はちゃんと歯を磨くのよ」
しかしそれ以上しゃべることはできず、妻はティナを抱きしめた。
シリウスもまた、その2人を抱きしめるのであった。
「ねぇ、パパとママは一緒に行かないの?なんでパパとママは泣いてるの?ねぇ、なんで?」
ティナは意味が分からなかった。だがティナも同じように涙をぽろぽろと流すのであった。
シリウスは最後にもう一度、ティナの頭を優しく撫でた。
「元気でな、ティナ」
シリウスたちはもう一度、ティナに笑ってみせた。
「パパ~!ママ~!」
しかし、ティナは泣きっぱなしであった。
「どうされますか?」
スケルトンがシリウスに声を掛けた。
シリウスとシリウスの妻は顔を見合わせ、頷いた。
「消してください。ティナから私たちの記憶を」
「本当にいいんですね?」
「はい、我々の記憶が残っていては、サキュバスさんにご迷惑がかかります」
シリウスは強い意志を持って答えた。
「…分かりました」
魔導師であるスケルトンはティナの頭に手を置いた。
そして、ティナからシリウスたちの記憶が消されたのであった。
少しの間、ティナは茫然と立ち尽くしていたが、すぐに意識を取り戻した。
「ここは?」
ティナは辺りをキョロキョロと見渡す。
「ティナちゃん、ティナちゃんのご主人様のサキュバスさんだよ」
スケルトンはティナに声を掛けた。
ティナはサキュバスの方に向かって頭を向ける。
サキュバスはそれに応えるかのように、優しくティナの頭を撫でるのであった。
そこへ涙を拭いたシリウスの妻がサキュバスにしゃべりかける。
「これにティナの好き嫌いなどが書いてあります。お役に立ててください」
続いてシリウスもサキュバスにしゃべりかける。
「ティナが大好きだったうさぎのぬいぐるみです。後、寝る前はこの絵本を読んであげてください」
メモやぬいぐるみを受け取ったサキュバスは答えた。
「ありがとうございます。愛情を持ってティナちゃんに接することをお約束いたします」
サキュバスは2人に深々と頭を下げた。
「ティナを…どうかティナをよろしくお願いいたします」
シリウスたちもまた、深々と頭を下げるのであった。
「サキュバスさん、あちらで書類の手続きをお願いします」
スケルトンとサキュバス、そしてティナは部屋から出ていくのであった。
「ティナ…」
2人だけになった部屋でシリウスたちは身を寄せ合い、また涙を流すのであった。
「サキュバスさん、これから大変ですね」
「えぇ、2人がティナちゃんに無償の愛を注いだように、私もティナちゃんに愛情を持って接してあげないと」
「彼らの記憶は消しましたが、彼らの与えた温もりまでは消すことができません。ティナちゃんが寂しがらないようにしてあげてください。それと分かっていると思いますが…人間への虐待は厳しく罰せられます。それを決して忘れぬように」
「分かっています。魔族の誇りにかけて、決して虐待はしないと約束します」
「ねぇねぇ、ティナお腹空いた~」
「あっ、ごめんね、ティナちゃん。もうちょっとで終わるから。これが終わったらハンバーグ食べに行こう」
「ハンバーグ?やったあ!」
ティナはサキュバスに大切に
その後、シリウスの妻は別の魔族に引き取られることになった。
ティナは記憶を消したが、シリウスの妻はティナやシリウスの記憶を消すことはしなかった。大切な思い出として、しっかりと胸の奥にしまい込み、新しい生活へと旅立った。
そして足の不自由なシリウスに引き取り手が現れることはなかった。魔族の法律に則って…殺処分となった。シリウスは抵抗することなくそれを受け入れた。コロッセオを引退させられたその日にこの運命を悟っていたのだ。
シリウスが野に解き放たれることはなかったのか?
そんなことは絶対させない。
そんなことは決して許さない。
なぜならこの世界は魔族が支配する世界なのだから。生物の頂点は魔族なのだから。
魔族の幸せを一番に考え、魔族の危険となるものは摘み取るのが常識なのだから。
人間は魔族に管理されるのだ…永遠に。
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