女子高生レスラーがプロレスを楽しいと心から言える日まで

猫持ち上げると意外と胴伸びる

第1話 女子プロレス団体の日常

「ワン!トゥー!スリー!」

カンカンカンカン!

うぉーーーー!

レフェリーがカウントを三つ入れて試合が終わると紙テープがリングに投げ込まれる。少ないながらもお客さんが立ち上がって声を上げた。それを見てすぐに僕は出口付近へ行き、来てくれたお客さんや常連の人達へ頭を下げる。

僕、田中浩二は女子のみで構成されているプロレス団体「LPW」で営業をしている。

きっかけは大学時代にバイトしていたスポーツショップでの出来事だった。バイト中にあるプロレス団体の営業の人が来てチケットを数十枚と告知の貼り紙(ダンボールで補強されててガードレールとかに貼られてるやつ)を置いていった。店長は

「田中君。毎回チケット売れても1、2枚だし、うちに入るの売上の10パーだから売った分だけ君にあげるよ」

と言ってチケットを渡してきた。3000円と5000円のチケットがそれぞれ20枚ある。つまり····全部売ったら16000円の臨時収入!

翌日から僕は大学の知り合いやプロレスサークル、格闘技サークルに営業をかけチケットを売りまくった。

試合前日にスポーツショップに営業さんが来て売上と残りのチケットを持って行った。売上を渡した時、営業さんは目を丸くして驚いていた。

「26枚も売ったの!?君凄いね!卒業したらうちに来て欲しいぐらいだよ!とりあえずチケットあげるから見に来てね。」

僕は3000円チケット16枚、5000円チケット10枚を売り上げ、9800円のギャラを受け取っていた。目標には届かなかったが達成感がすごくあった。もちろん試合も見に行った。キャパ500人程度の市民会館に半分の250人程入っていて、仕事帰りのサラリーマンや選手のサイン入りTシャツを着た若いファンが声をあげて興奮していた。もちろん試合は面白かったし、初めてみるプロレスに興奮した。試合が終わると人気選手は売店でサインをして、若手選手はリングの撤収をしていた。こんな仕事もいいかもね···そう思った大学4年の春だった。まさかそのままの勢いで営業として入社するとは思ってもなかったけど···


「はいはい!サインは購入商品にします!こちらに並んで下さい!」

とりあえず売店のお客さんの整理をしながら常連さんに頭を下げていた。売店は人気選手レナの元にはサインを求める人でごった返していた。元々女子高生の時に練習生としてテストを受けに来て、エースだったミナミさんが

「うちで育てよう!」

の一声で入った選手。デビュー当時は現役女子高生レスラーとしてメディアにも取り上げられ、大きめの会場も満員にしたりして客入りも良かった。しかしあれから1年。レナが高校を卒業すると現役女子高生レスラーでも無くなるので次第に注目を失っていった。レナもそれをわかっていたようで必死に練習して良い試合をすることでファンを獲得していた。 

うちはスタッフは事務員が1人に営業は僕を入れて2人。選手は14人ほど。練習生を入れても20人ほどの小さな団体だ。なので地方興行は自主興行がほとんどであり、人気選手のグッズ売上が生命線となっていた。自主興行とは、すべて自分達で会場を押さえて宣伝してチケットを売り、利益を上げる。地方なら公民会館とかなら30万弱で押さえられるため、宣伝費、選手の移動や宿泊などの経費を入れて90万ほどで興行を打つことができる。ちなみに売り興行といって地方のプロモーターが興行を買ってくれて、我々はお金をいただき、そこへ赴き試合をして帰るだけの興行もある。うちは100万弱で売られており、あとはプロモーターがチケットを売ってそれ以上の利益を出すだけの事だ。チケットの売上も気にしないでよいため、大変ありがたい売り興行も滅多に無く、年間数回程度だ。基本自主興行で頑張ってチケットを売って利益を上げるしかない。

俺が控え室へ戻ると社長が今回ゲスト参加した選手へ封筒でギャラを手渡ししていた。

「すまないね。これぐらいしか出せないけど···」

「いえいえ、出していただけるだけでありがたいので」

ゲストレスラーのシュガー佐藤さんは女子メジャー団体に所属していた名前の知られたレスラーだ。ここ最近はフリーでいろいろな団体に上がっている。これほど知名度の高いレスラーに地方興行に出て貰えるのは正直客入りにダイレクトに効果があるのでありがたい。しかも

「お預かりしたチケット全部売りましたので···これ売上です」

と社長に封筒を差し出した。自らチケットを手売りしてくれたのだ。うちの場合、営業がチケットを売るだけではない。当日券が多くの売上を占めるが、レスラー自らチケットも積極的に売ってもらっている。だいたい50%でレスラーに卸しているので、5000円のチケットなら50%の2500円がレスラーの懐に入るのだ。うちのような弱小団体はギャラも安いので、チケットの手売りで選手は収入の足しにしている。シュガーさんはゲスト参加した団体でも積極的に売ってくれていた。人当たりが良く、怪我をしないレスラーはとても使いやすい。特に女子の中なら自分にはよくわからないが、人間関係が結構重要だったりする。それに若手と試合を組んだりすると予定外の動きで相手選手が怪我してしまう事もあるのだが、シュガーさんは技の受けが特に上手く、試合の流れを切らずに時にはジョバー(ジョブレスラーの略で負け役レスラーのこと)も引き受けてくれた。

「チケットも沢山売っていただいていつもありがとうございます。」

僕が頭を下げると

「いえいえ!東北地区は地元が近いので売りやすいのです。また呼んで下さい!では」

頭をペコリと下げてシュガーさんは出ていった。なんか準地元なのでお迎えが来ているらしい。

ちなみにチケットはもう一つ、地元のプロモーターやいろんな人達にパイプのある有力者に売ってもらう義理売りというものもある。これは売上の半分を売った人に持っていかれるのだが、営業しきれない地方なんかはとても助かるものだった。

シュガーさんを見送っていると会場に

「あと30分!急げよー!」

ベテランレスラーのマキさんの声が響いた。練習生はリング備品を急ぎ足でトラックに積んでいる。会場は時間厳守だ。延長すれば追加料金がかかってしまう。しかも次は地元埼玉での自主興行のため、すぐに戻らなくてはいけない。私はすぐにこちらのプロモーターや義理売りの方に挨拶して、社長やスタッフに一声かけると会場を後にしてバス乗り場に向かった。地元まで深夜バスで先に戻るのだ。新幹線なんて使えない。とにかくお金の無い団体なのだ。


地元に戻るとすぐさま会場近くのコンビニやスーパーに割引券を置かせてもらい、チケットを売ってもらっているスポーツ用品店やチケットショップをまわった。どうやら前売りはそれほど売れてないらしい。

会場に入ると若手選手と練習生がリング設営をしており、ベテラン選手が空いたスペースでアップをしていた。それを見ている時、社長が慌てて僕を呼んだ。

「田中君!義理売りの山田さんから連絡あった!?電話しても通じないんだよ!」

「えっ!?僕には無かったですけど···川田さんに電話してみます!」

僕はもう一つの営業マンの川田さんに電話してみた。

「川田さん!義理売りの山田さんから連絡ありましたか?」

「そっちも繋がらない?俺からも連絡してるけど、繋がらない··」

どうやら義理売りとしてチケットを100枚ほど預けていた地元の有力者、山田さんに連絡がつかなくなっているようなのだ。僕は

「とりあえず前売りのチケットがどれだけ売れてて、何枚当日券に出せるか確認しましょう!」

と社長に進言し別室へ移動した。こういった時は選手に不安が伝わるのは良くない。すぐに川田さんも合流し確認作業が始まった。

結論として義理売りに渡したチケット100枚のうち、どこの席が何枚売れてて何枚残っているのかがわからなくなっていた。僕は、

「当日券で100枚追加しますか?」

と言ってから気付いたのだが、飛んだ義理売りが売ったチケットもあるのだから、下手に当日券を出したら1つの席にチケット2枚といった事態が起きてしまう。

「···仕方ない!自由席チケットを用意して!」

社長は僕に指示した。不測の事態に備えて本来は使わない自由席と印字されたチケットを100枚取り出す。

「山田さんに持ち逃げされたチケットは西側の一区画だ。そこにもう少し後ろ側の席も追加し、2000円の自由席として開放して、どこでも座って良いことにする。ただ、そこの本来のチケットを持ったお客さんが来たら譲って他の自由席に移って下さいと説明して売ってくれ!」

なるほど!確かにそれなら上手いこと他の席も埋まる可能性がある。その区画に僕が常時居るようにしてトラブルに備えよう。

「わかりました!では試合が始まったら僕はその区画に行って備えます」

「頼む!川田は他の義理売りの確認してくれ!」

「わかりました!」

全員が会議室を飛び出した。すぐさまチケット売り場に行き、当日券2000円と書かれたダンボールを貼って売り子担当の練習生にチケットを渡した。本来チケットは高い席で7000円、割引チケットを使った後ろの席でも2500円なので自由席2000円は目を引いたのか飛ぶように売れた。

試合開始時間が迫ると席の方へ移動してお客さんを誘導した。予めチケットを買っていた人はおよそ40名ほど、自由席に設定した数は150席だったので自由席が売り切れても大丈夫だ。しかし慣れない形態のチケットに戸惑うお客さんが多く、その度に説明をして座って貰った。試合が始まると大きなトラブルも起きずホッと胸をなでおろした。

メインイベントは若手のエース、レナ対団体をずっと支えてきたエース、ミナミさんのLPW統一王座戦だ。この試合に関しては現王者にして地元埼玉出身のミナミさんの防衛というアングルで試合が組まれていた。何度も勢いのあるレナに追い込まれるミナミさん。若いファンも興奮してレナを応援していたが、ミナミさんの高度な返し技にレナが追い込まれていく。ミナミさんがフィニッシュ技のトップロープからのフライングボディプレスを放とうとトップコーナーに上がった時、前の技が不完全だったのか、レナはうつ伏せになっていた。ボディプレスはうつ伏せに受けると危険だ。できれば仰向けで受けてもらいたい。ミナミさんもトップロープからアピールするフリで時間を稼ぐ

「レナ!上!」

思わず声が出た。他のファンも上から来るから「気をつけろ」的な声を上げていたためか、レナは立ち上がろうとしたが力尽きた風に仰向けに倒れた。位置も完璧だ。ミナミさんはそれを見るとフライングボディプレスを放ちレナの上に落ちた。もちろん技は中途半端に打つと怪我に繋がるので本気で打っている。レフェリーが力強く3つカウントを入れた。

「勝者!ミナミ!」

ウォォォォ!!

お客さんが立ち上がって拍手していた。地鳴りのようなお客さんの声が響き紙テープが飛び交った。もちろん僕は余韻に浸る余裕はない。すぐにグッズ売り場に行き、ミナミさんのグッズサイン会に備えた。

ベテランとはいえまだ30半ばで顔の整ったミナミさんは地元とはいえ沢山のファンが押し寄せてきた。帰るお客さんの邪魔にならないよう列の整理をしつつその場を練習生に任せると、すぐさま僕らフロント陣の控室である会議室へ向かった。

「ちょっと田中、いいか?」

会議室に入るとすぐに社長に声をかけられた

「どうかしましたか?」

「実はちょっとレナが怪我したっぽくて、すぐに病院に連れて行ってもらえないか?」

聞くとどうやら試合中に左足首を痛めたらしく、かなりの痛みのようだ。やはりフィニッシュ前の不自然な形は怪我の影響だったようだ。

すぐさま選手控室に向かうと練習生に支えられながらレナが出てきた。

「大丈夫か?すぐ病院に向かおう」

そう言うと練習生に手伝ってもらいながら裏口から車に乗ってもらうと、会場から離れるまで後部座席で屈んでもらって脱出した。一応怪我で病院に行くところなどはファンには見せないほうが良いからだ。

病院で診断を待つ間、次の会場の義理売りの人に連絡をしようとしていたのだが、一緒に来ていた練習生、確かユキナと呼ばれているコに声をかけられた

「田中さん、ちょっといいですか?」

「うん、どうしたの?」

「実はレナさん最近ちょっと団体の方向性に疑問を持ってるようで···私と一緒に練習しているのでよく話してくれるのですが···」

僕は何となく気付いていた。なぜなら女子高生レスラーとして持て囃されていた頃は、すぐさま統一王座に輝くと長い間防衛する流れで試合が組まれていた。やはりメディアに取り上げられている以上、レナ目当てのお客さんが多いため、見せ場が多く設定されていたのだ。しかしレナが高校を卒業して注目度が落ちると、やはり団体を支えてきたミナミさんをメインに据えたストーリーラインで進行していくことになった。

「やっぱりか···何となく気付いていたよ。レナは他の団体に行くとか言ってなかった?」

「いえ、そこまでは···でも半年前の静岡大会で負けさせられたのがショックだったみたいです」

レナにとっては久々の王座挑戦だったのだが、ジョブレスラー(負け役)にされていた。もちろんミナミさんの地元なのでそれは仕方ない。しかし前回挑戦した時はレナの地元静岡大会だった。地元凱旋試合は勝たせて上げるのが本来の形だろう。そこにノーを突きつけたのがミナミさんと社長だった。

この二人は団体創設の頃から二人三脚で作ってきたため、ノーと言える人はこの団体には居なかった。

「とりあえず良い方向に向かうよう社長やミナミさんにも、それとなく話してみるから、レナのことよろしくね」

レナが治療が終わり診察室から出てきたので、ユキナに耳打ちするとレナに怪我の状態を聞いた。どうやら大したことは無いものの、捻挫なのでしばらくは安静ということらしい。

しかし、そのため一つ問題が発生したことになる。次の興行は来週末の土曜日。場所はレナの地元静岡。しかもレナ後援会の会長の方が経営するイベント会社による売り興行だ。我々はチケットの売上げに頭を悩ませることもなくお金をいただいて試合をするだけでいいのだが、レナが出場できないとなると話は変わってくる。試合まで5日ほど空くのでどうかだけど···

「レナ?足は現状動かせない感じ?」

「いえ、動かせますがちょっとまだ痛いですね···」

帰りの車の中で頭をフル回転させた。どうしよう?ここで無理矢理次の試合に出てとは言えない。団体側が選手を守らないといけないのだ。でも滅多に無い売り興行は欲しい。今月は埼玉での自主興行はかなりの黒字だったが、その他の道場を開放した道場マッチはトントン。地方興行2つは赤字となっていたため、ほぼプラマイゼロだ。この売り興行ができれば黒字化できる!そんな僕の心の声が聞こえたのか

「次の静岡は地元なので出たいですが···」

とレナが呟いた。正直ありがたかった。長く試合ができないにしろ、見せ場を作ってあげればお客さんも納得する。しかしレナは続けて

「負け役だったら無理に出たくはないです。怪我も悪化させたくないですし···」

そうだよな···僕も同じ立場だったら同じような事を考える。

「わかった。社長やミナミさんにも話してみる。あとさ··ちょっと僕に考えがあるのだけど···」

その日はレナと今後の事について長く話し合った。




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